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序章

 瓦斯燈の灯が揺らめいていた。石組みの橋上から欄干に身体を預けながら男が1人夜の街を所在無さげに見ている。時刻は深夜、男の姿以外には人影は見当たらない。

 橋が掛かっている川には、瓦斯燈の整然と並んだ灯りが緩やかに反射し朧気に街を映していた。石造り、レンガ造りないし、近年発達してきたコンクリート造成のビル群が並ぶ。

 男は着ている背広の内ポケットから煙草を取り出し、マッチを擦り火着けした。


「今日の仕事はこれで終わりか……」

 男は1人そう呟きながら、紫煙を燻らせる。


 ……年の頃およそ四十。髪は肩を少し過ぎるまで伸ばされた黒長髪。ボタンはリベットの様な無骨な様相で三つボタンセットアップスーツ。色はダークグレー。シャツは黒。ネクタイはグレイドット。ダークブラウンのプレーントゥ。長身痩躯の身なりと、この時代どこにでも居る壮年かと思われるも、ただ、腰には革の帯刀ベルトを巻き、サーベル式軍刀を帯刀していた……


 男の周囲には、平穏な街には似つかわしくないモノがいくつか散乱している様だった。


 空の薬莢……獣、否、異形の血……その骸……


 瓦斯燈の灯りが揺れる。灯りに照らされ異形の姿形がわずかに表出される。


 頭部の様相及び体毛は野犬ないし狼の如く、犬等と比べ牙爪は一段と大きく鋭く。


 切り刻まれた、撃ち抜かれた体の一つ一つを元あった形にて想像されるのは凡そ人の2倍程度の体躯はあろうか。そして何よりも“二足歩行”を行っていたと思われる骨格を呈しているのだった。


 “ワーウルフ”


 異形の正体はさながら当代においてその様な形容をされる怪物の姿形をしていた。


 数体分の異形の肉片が散乱している……


「最近はどうにも“こういう”のが多くて困る。盛大に汚ぇモンをぶちまけやがって……」

 男は、自身の衣服に返り血などがついていないかざっと確かめた。衣服は一切の返り血どころか、砂埃一つ浴びた形跡もなく、仕立てアイロンのプリーツがしっかりとつけられており、おおよそ大立ち回りをしたであろう後とは思えぬ姿であった。


「藤間さぁ~ん!」

 遠くから男を呼ぶ声が聞こえた。男はその声に一瞥もせず、心の中で(遅えよ……)と返す。

「うひゃ~、こりゃまた数が居ましたかね?」

 やってきた男は藤間と呼ばれた男の周りに広がる惨状に目をやりながらこちらへと近づいてくる。


 ……年の頃二十。髪はウェーブがかった自毛の明るいショートボブ。キャスケット帽にライトグレーのノーフォークジャケット。七分に切ったバラックパンツ。モカのローファー。その上から、濃紺の外套を纏いさながら文屋の装いとも見受けられる……


「和泉。検分もいいが、さっさと仕舞いの班を寄越せ。じゃねぇと俺がいつまでも帰れねぇじゃねぇか」

 和泉と呼ばれた男はヘラヘラとしながらも藤間と呼ばれた男から話に出た検分、すなわち骸の欠片を少量ずつ試験管の様な容器に採取していく。

「まぁまぁ。これもお仕事なので堪忍してくださいよ。……それにしてもやっぱり“鬼”幻十郎と呼ばれた方だ。的確に急所を抑えた後、瞬時に再生出来ないほどに刻んでまぁ……」

 会話から何らかの又、いずこからか検分役を仰せつかっていると思われる和泉という男。応答の間に試料採取、状況記録、致死傷の特定など手際よく進めていった。


藤間幻十郎(とうまげんじゅうろう)


 それが今宵のこの惨状を引き起こした男……その名。


「現し世の告がありゃ、どこにだって向かって異形を屠る。それが俺の様な存在の居る意味なんでね。まぁやり方、仕置方は好きにやらせてもらう。その為にお前や仕舞いの班が後衛についてんだろうが」

「そりゃその通り。私、和泉仙華が所属する異聞特務隊はそのための部隊ではありますがね……藤間さんの仕手が早すぎるんですよ。星詠み様から“告”を下賜されて数刻でこれじゃ常人の私達は付いて行くのが精一杯ってもんです」

「……そうかい」


 幻十郎は憮然とした感情ではあるが、表情には出さず言葉を切り上げた。特段に急ぎ仕事を行った感覚は無かった。“現し世の告”が発声された事から異形がこの世に現出する事は確定事項だ。

 ……それに加え、幻十郎には常人とは比較にならない異形の存在を感知する超常の才を含めその他“後天的”に獲得していたのだ。ひとたび星詠みの現し世の告にて大まかな異形の現出予測を下賜されれば、市中を徘徊している中で鋭敏な第6感で異形を補足する事が出来たのだった。


 そうやり取りしている内に和泉の更に後続として“仕舞いの班”と呼ばれる異形の骸の回収、場の清浄部隊も現れた。亡骸、その剣戟により分解された塊は専用の封印箱の中に回収し、辺り一面を覆う血を水らしき液体で流していく。


「これで始末はつきました。藤間さん。ご苦労さまでした」

 和泉はそう言うと大仰に幻十郎に向かって一礼をした。和泉の演技かかった所作にいつもの事ながらため息を一つ零すも幻十郎はさっと踵を返し、「後の処理は任せた」と背中越しに手をふりながら伝え、夜の闇に紛れて見えなくなった。


 ……時に明治32年、異形は跋扈し、市井の無垢なる民に牙を剥こうとしていた。その民草らへの不義討滅、正義の剣足るべき存在が人々の預かり知らぬ夜闇の中、日夜銀の剣閃を放つ。

 剣閃の輝きを知る者、支える者が少なからずいる。それを知る者はその輝きに敬意を持って彼の者をこう呼ぶ……


 異聞ハンター……と。

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