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9 逃げます

 「窓から放り投げる。それで終わりだ」

  「ギャアアアアアアウウウウッ」

ニャン吉が悲鳴をあげる。そして何かわめいたが、ニャン吉の星の言葉なのだろう。獣がうめいているようにしか聞こえない。

 古語は窓ガラスに手をかけた。ニャン吉のうめきが祈りのように聞こえる。


 ああっ! もう! 


 春菜はるな古語こがたりの手をつかんだ。

「うわっ!」

古語は反射的にすくみあがった。

 その隙にダンボールを取り上げ、ドアへ向かって突進した。


 ギャアアアアアッッッ! フギャアッ! ギャアアアアグッッ! ミャアッ!


 獲物えものが遠ざかるのに気づいたのだろう。窓の外の猫たちから一斉に叫び声があがった。全身の毛という毛が逆立つようなぞっとするうなり声。

「春菜っ!」

の声を背中に聞いて春菜は廊下に走り出した。そして、見た。廊下の外の窓の向こうにも、いっぱいに群がりこちらを見つめる猫の瞳を。

 春菜は走った。もう決めたんだ。走る。ダンボールのふたをしめた。ニャン吉の声は聞こえない。

 階段をかけあがって二階の渡り廊下に出た。天井の無い渡り廊下だ。春菜の走るのにあわせて猫たちが波のように追いかけてくる。フレアースカートが足にからみつく。

 さすがに異変に気づいたのだろう生徒や職員たちが教室の外に出て下を見ながら何か叫んでいるが、猫たちが二階の春菜を追いかけているのだとは気づかないようだ。

 春菜は走った。走った。次の棟の廊下を走って走って、非常階段に出た。

 春菜を見失ったのだろう、まだこの下には猫はいない。春菜はスリッパを脱ぎ捨てると、非常階段の手すりにのぼり、二メートル先の自転車置き場の屋根に跳びうつった。自転車置き場は約二十メートル。その上をひた走る。猫たちがその姿に気づいた。おたけびがあがった。押し寄せるけむくじゃらの波。後ろ足で地面を蹴って、体長の何倍もの距離を跳んでくる。その走り方、獲物の追い方が虎にそっくりだ。


 猫って虎科だったんだ。ああ、違う、虎が猫科なんだ。ああ、もう、ダメ。誰か助けて。

 虎に襲われるゼブラ。


 八つ裂きにされて血だけが地面に残っているシーンを想像して、春菜は歯をくいしばった。


 そん時はそん時だ。


 自転車置き場が終わった。その向こうには高鍋高校がある。間の塀に跳び移ろうとしてしたたかにむこうずねを打ち付けた。そんなことはどうでもいい。とにかくこの塀を越えるんだ! この塀は完全に東校との間を仕切っている。この塀さえ越えれば、越えれば、・・・越えた! 春菜は大きなソテツの横にとびおりた。猫の子一匹いやしない。


 助かった・・・・。


 さらに安全な場所へ逃れるために、歩き出そうとした。膝ががくがくする。ひさしぶりに走ったり跳び下りたりしたおかげで膝がだめになったらしい。心臓の方もばくばくと肋骨を持ち上げて痛くてたまらない。

 高鍋高校は全日制なのでもうとっくに放課で誰もいない。


 どこかの倉庫にでも隠れられたら・・・。


 しかしその時、首筋に殺気を感じて振り返った。

 猫が、猫たちが、塀の上に鈴なりに立ち、音もなく春菜たちを見下ろしていた。まばたきもせずひたっと春菜を見つめる、夕闇に光る目、目、目、目、目!

 普通の猫じゃないのだ。仲間の背中の上に乗って越えてきたのか。

 春菜は動けなかった。無意識にダンボールを抱きしめていた。

 真ん中の、巨大な灰色の猫が、ひげをふるわせて鳴いた。

「フギャアアアッ!」

塀の上の猫たちが一斉に跳んだ。

春菜の目の前に火花が散った。

 悲鳴をあげたのは猫たちの方だった。迫り来る数十匹の猫たちは火花にふれて一瞬に地面にたたきつけられた。

「やめろ!」

塀の向こう、自転車置き場の屋根の上に、黒い二丁拳銃を手にした古語が立っていた。

 あたかも月光仮面のようなポーズなのだが、春菜は月光仮面で育った世代ではなかったので、今の火花みたいなのはこの黒い拳銃から出てきたのかなぁ。電流かなぁ。不思議だなぁとばかりを考えていた。

「わたしの目の前で条例違反をしてみろ! 今度は殺すぞ! 全員だ!」

猫たちは不満気に毛を逆立てた。春菜の方からは見えないが、古語の下は猫でいっぱいだろう。遠くで人の声がするのは、東校の生徒達が騒いでいるのか。

 古語は春菜を見すえた。

「じゃまだ、失せろ」

春菜は後ずさり、そして、くるっと背中を向けて走り出した。足が動かないなんて言ってられない。逃げるんだ。

 高鍋高校の運動場を抜けると、その向こうは日向川の川原になっている。背たけよりも高いすすきの原の中に踏み込んで、春菜は今度こそ動けなくなってしゃがみこんだ。心臓が痛いというより、もう頭と顔が痛い。息を吸うことも吐くこともできない。

 春菜は少しずつ呼吸を整えながら、ダンボールのふたを開けた。


 ニャン吉は血の泡をふき、もう目を開けてはいなかった。


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