8 宇宙人のおきて
「すごい! みんなニャン吉が心配で集まったばいね。感動ったい!」
それは、違う、と春菜は思った。
「やっぱこういうことあるったい。うち知っとるもん、TVで見た。象の群れが病気の子供をとりかこんでじっと見てるやつ。なんで窓閉めると。開けてやろ」
「千佳さん」
春菜は珍しく強い口調で言った。
「もう授業が始まっていますよ。教室に行きなさい」
春菜が命令口調を使ったことはなかったので、千佳はちょっと面食らった。
「ええ? いいがもう欠席で」
「だめです」
「だってニャン吉ひろって来たのうちやし、責任があるわ」
「行きなさい!」
千佳は見る見るむくれてしまった。
「なんやブス!」
という独創性のない捨てぜりふを残し、ドアをバターン! としめて出ていった。
同時に、不本意ながら春菜は古語と顔を見合わせた。
「あれみんな宇宙人?」
「そうだ」
「私を殺しに来たんですね。それともあなたに復讐に?」
「それならとっくに襲っていいはずだが・・・」
「なんだ、あなたにも分からないんですか?」
「分からんね」
春菜はくすりと笑った。
「何がおかしい」
「あなたも私と同レベルで困惑してるってことでしょ。ざまーみろです」
「・・・おまえ本当に困惑してるんだろうな」
ニャアッ!
声が聞こえた。窓の外から、怒りを含んだ声だ。
「人語を話そうとはしていないな。未開の惑星で、人類以外の生き物に変化している場合、人類の前で人語を話すのは規則違反だ。
規則違反をおかした場合、この星から強制退去させられる。しかしわたしを殺せば規則違反の証拠は何もなくなるんだから、私を殺すなら人語を話してもいいはずだ。つまり、わたしやおまえを殺すつもりはないということだ」
「私も?」
「そうだ。他惑星の人類を殺害するのは重大な規則違反だからな。それをわたしに見られてはまずいはずだ」
「わしを殺そうとしているのだ」
春菜と古語は黙り込んだ。
なんだ今の声は。
「わしを殺すつもりだ!」
「ニャン吉!」
春菜はダンボールに飛びついた。ニャン吉は横になったままだが目を開けていた。
「殺される! きさまのせいだ!」
ニャン吉はわめいた。それにしても猫が人語を話すのがこんなに気持ち悪いとは・・・。
「助けろ! 助けるんだろうな! 助けろ! 八つ裂きは嫌だ!」
「どうしてニャン吉が殺されるの! 仲間なんでしょ!」
「規則違反を犯したものは処刑される。おおおおお、きさまを、きさまを殺せていれば、わしは英雄だったのだ。あんなところにあの男がいさえしなければ!」
「わたしのことか」
ダンボールの上に古語がぬっと顔をつきだした。ニャン吉は獣の悲鳴をあげると四肢をこわばらせた。
「まぁわかった。おまえは春菜を殺す刺客だったが殺し損ねた挙句それをわたしに見られたんで、今や種族のやっかいものなわけだな。種族に規則違反者が出ると、他の者もその惑星に住みにくくなるからな。それで規則違反者は身内で処罰される決まりになってる種族が多いが、おまえたちもか」
「た、助けるだろうな」
ニャン吉は春菜をねめあげた。
「ちゃんと死んでいたものを、わざわざ生き返らせたんだ。きさま、助けるだろうな」
「だまれ」
と言ったのは古語だ。
「犯罪者が口をきくな。おまえは死ね」
ニャン吉はビクビクッと二度ふるえて、春菜をぎろりと見上げた。
「下司め」
フギャアアアアッ!
窓の向こうでひときわ高い鳴き声が響いた。続けて小さい鳴き声が唱和する。配電室の壁にはね返るのだろう、うわんうわんとこもった声になって窓ガラスにぶつかる。
ニャン吉は目をむいた。
「死ぬ! 殺される! きさまのせいだ! きさまのせいだぞ!」
春菜は額の汗をぐいとぬぐった。
さて、どうしよう。
古語がニャン吉のダンボールをひょいと持ち上げた。
「どうするんです?」
「窓から放り投げる。それで終わりだ」