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7 人生いろいろ猫もいろいろ

 「あっ、そんなことどうでもいいが! 先生、大変ばい!」

と言われて、気づいた。千佳ちかが抱えているのはニャン吉だった。

「ニャン吉が! ニャン吉がケガしてて、死による!」

春菜はるなは声が出せなかった。

「先生? ニャン吉ばい、ほら! 先生! 可愛いがっとらしたやろ!」

千佳は目にいっぱい涙をためて、この血まみれの野良猫を抱えあげて来たのだ。休憩きゅうけい室には救急箱があるから、治療ちりょうして、生き返らせる為に。

「い、生きてるんですか?」

とりあえずそう言ってみた。

「生きとるばってんが、胸が動いとるし。先生、病院連れてった方がよか?」

春菜は横目で古語こがたりの顔を見上げた。古語の目が

 「とんでもない!」

 と言っている。

 そうだよね。内蔵は猫じゃないかもしれないし、医者に見せたりしたら大変なことになってしまう。

 どうしようもない。春菜は立ち上がった。

「野性の猫だから回復力が強いかもしれません。とりあえず傷を消毒して包帯まいてみましょう」

古語がすさまじい非難の目ににらんでいるけれど、見ないことにする。

 春菜にだって、今ニャン吉を手当することがいかにバカバカしいかぐらいよく分かっている。だけど、この場合どうしようもないじゃないか。まさか生徒に向かって、


 息の根止めて墓作ってやれ、


 なんて言えるもんか。

 春菜は気の弱い人間だった。このまま何もしないでもニャン吉は死ぬだろう。なにもわざわざ殺すことはないじゃないか。コンクリートの上でのたれ死にじゃなくて、ちゃんと手当してやってやすらかに死んで行けた、できるだけのことはした、と千佳に思わせてやったって悪くないじゃないか。

 ニャン吉は左肩のあたりがひどくえぐれていた。首がもげそうなぐらいだ。骨もけずれているだろうから固定しなければ。

「たいらなところに横倒しにしてちゃいけませんね。何かダンボールの中に布でもつめてその中に入れないと」

「あたしダンボール探してくる!」

千佳がとびだして行こうとした。その背中に春菜が叫んだ。

「待って!」

「へ?」

千佳は大きな目を見開いてふりかえった。

 千佳がここからいなくなったその瞬間に、古語はニャン吉を殺してしまうだろう。もちろんその方がいいのかもしれない。いいのかもしれないけれど・・・。

「そこにサンポールの箱があるでしょ。それ中空にして、トイレットペーパーしきつめてください」

 古語の非難の視線をビシバシ感じながら、春菜はニャン吉に包帯を巻いた。そして、千佳の用意した小さなダンボール箱にそっと抱き入れた。

「先生、服汚れたね」

と言う千佳の視線の先を追えば、さっきニャン吉がぶつかった時の胸の血だ。幸い今気づいたらしい。

「いいんです」

「ニャン吉どうしたとやろ」

「・・・どうしたんでしょうね」

「だれか石投げたとやない? 悪い奴がおるね!」

「ほんと悪い奴ですね」

古語は不満げにむっつりしている。


 ミャアウ


 鳴く声がした。三人はハッとして横たわるニャン吉の顔を見た。

 が、目はつぶったままだ。

「今ニャン吉鳴いた? ニャン吉だった?」

千佳が確信なさげに聞いた。

「いや、外だ」

古語はそう言うと、すりガラスの窓をからりと開けた。そして、開けたのと同じスピードでまた閉めた。

 その一瞬に、春菜も千佳も見てしまった。裏庭を埋めつくす猫の大群を。

 白い猫黒い猫灰色の猫シマシマの猫。


 猫猫猫猫猫猫猫猫猫!猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫! 


 休憩室の裏は、右手に配電室があって外からは見えにくくなっているのだが、とにかくありったけのスペースに、いや、猫の上に猫がかさなるようにして、じっとこっちを見ていたのだ。


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