31 もう遅い
「よくやってくれた!」
と叫んだのは首相だ。
「奇跡だ! 地球人類は永遠に君に感謝するだろう! 勲章だ! 国民栄誉賞だ!」
「・・・はぁ?」
「君のおかげで人類は助かったんだよ! そうですよね! 彼女は合格したんですよね!」
と外相が泣きながら祈るように叫んだのは、島村に向かってだった。
「今更やりなおしだとかまだはっきりしないだとか追試だとか二次試験が残ってるとか言わないでくださいよ!」
春菜は頭がぐらぐらしてきた。どうして島村がぺこぺこされているのか。
「島村先生・・・?」
島村はごくりと息を飲むと、一瞬空をあおいで、言った。
「朝霞さん。嘘ばっかついて悪かったけど、俺ぁ教師でもないし、防衛省の調査員でもない。実を言うと地球人でもない。俺ぁね、そっちの男、古語の上司なんだ。仕事上のね」
「・・・はぁ?」
「その男は実は刑事じゃないんだ。君たちにわかるように言うと惑星間連合の調査官でね。だから、俺も、そう。・・・最後まで秘密にしておきたかった。驚いたろうな」
・・・いいえ驚かないわ。宇宙人だろうと、ウルトラセブンだろうと、ダンはダンよ。ダンにかわりはないじゃないの。
「なんだって?」
驚いたのは古語だった。
「あんたが? いったい・・・。誰なんだあんたは」
「はは。君までだましてて悪かったな。試験監督が必要だったんだ。俺はБББББだよ」
春菜には分からない発音の言葉が発せられた時、古語の体に緊張が走ったのが分かった。かなりの上司だったらしい。
「μμμμμ星の方がわざわざ・・・」
「君のあの報告書を読んでね、朝霞春菜という人間に興味を持っていたんだよ」
それから島村は春菜の方を見て微笑んだ。
「地球人が外宇宙に出るほどに進化してきたんでね、我々は地球人を人類の一種族として認めるかどうか試験をする必要があったんだ。そのために選ばれたのが君でねぇ」
「・・・・・・・・・・・・・なにかよくわからないんですが・・・。つまり別に地球はふきとんだりしない、というわけでしょうか」
島村はコクリとうなづいた。
「コガタリ君が私を恨んでるってのも嘘なんですか?」
島村はコクリとうなづいた。
「ほんとに? 全然?」
島村はコクリとうなづいた。
春菜はザザッと立ち上がった。体の痛みがふきとんだぞ。
「じゃあコガタリ君は私を恨んでないんですね? なんとも思ってない? ホントに? うわーっ! じゃあコガタリ君はどうなったんですか! 最初から何の関係もなかったんですか? 今どこにいるんです? 星で元気にしてるんですか? ご家族も元気なんですね? よかったぁ! あ、じゃあコガタリ君は本当は地球になんか来てなかったんですね。・・・じゃあ、私、コガタリ君に会えないんですね・・・」
島村は目を丸くしていたが、苦く笑った。
「君の頭の中はコガタリのことばかりなんだねぇ。俺のことも試験のこともどうでもいいようだな。・・・コガタリならそこにいるだろ。再会の挨拶でもしたらどうだ」
島村は古語の方を指さした。古語はすべてをあきらめたような顔で、春菜を見ずに立っている。
春菜はいらいらしてきた。
「そうじゃなくって! 地球の表面をふきとばそうとしてたっていう、あ、違う、それが嘘だったって、あの、コガタリ君です。私の同級生で私を助けてくれたあのコガタリ君です!」
「だから言ってるだろう! そいつがその君の大事なコガタリ君だ。十二年前にも条約違反して君を助けたコガタリユウサクだよ」
「いや、そうじゃな・・・く・・・え?」
え・・・?
春菜は古語を見た。古語は春菜を見て、黙って目をそらした。
「嘘だ・・・」
と言うしかなかった。
「だって、全然、全然似てないのに・・・」
「今度は全然別な大人の形に変化してるんだ。当然だ」
島村が言った。
春菜はぽつんと立っていた。
どういうこと?
古語も黙って立っていた。島村はその二人を冷ややかに眺めながら説明をはじめた。
「十二年前、コガタリは地球を調べる調査官だった。君たちのクラスの生徒たちが地球人の子どものサンプルとしてデータが送られてきていたんだよ。
その中の朝霞春菜という子供が、もし他人が死にそうな場合は自分を犠牲にしてでも助けに行くべきだ、と発言していた。そこで我々は、地球人類を試験するためのサンプルとして君を選んだんだ。もし君が、自分の発言を実行にうつせる人物ならば地球人を我々の仲間として歓迎する。もしそうでなければ、地球人の知能の発展を抑えて、永久に地球人類が外宇宙にでられないように調節する。そういうことさ。そして俺とコガタリがその試験官だったってわけだ」
試験・・・!
春菜は自分の方を見ようとしない古語を見た。すぐ横に立っているのに、はるか遠くにいるような古語を。
「全部、嘘だったってこと」
「ああ」
古語は挑むように言った。春菜を見もせずに。
「嘘、つけたんですね」
「仕事だ。自分の星の習慣を捨てなければならない時だってある。言ったろうが、本当のことを知ればわたしを恨むようになるってな。好きなだけ蔑めばいい」
ああ、そうか。
春菜は蟻地獄のように砂にひきこまれそうな感覚に耐えきれず、その場に座り込んだ。吐き気がする。ひどい。
古語に愛されているなんて、一瞬でも信じた私が馬鹿だった。信じて、バカなことをした。抱きしめたり、口づけたりして。
「大丈夫かね!」
首相が砂山をかけおりてきて、春菜の肩に手をおいた。
「ほっとしたんだろうねぇ。うんうんよくやってくれた。君の行動はそっちの古語さんを通じて逐一知らされていたけれど、本当によくやってくれたよ。はらはらするとこともあったけれどね」
「逐一?」
「古語さんの腕時計は通信機にもなってるんだよ。音だけしかわからんかったがだいたい何をしてるかは想像できたよ」
春菜は屈辱と恥辱に燃え上がった。
じゃあ、さっきのあれもすべて聞かれていたのか。なんてひどい。あんまりだ。それで私が地球を見捨てて古語と一緒に行くと言ったら不合格だったってことか。
「我々もひどいことを言ったねぇ。だが途中で芝居とバレたらそこで終わりだと言うんで必死だったんだよ。どうだい? 真に迫っていたろう?」
「え・・・まぁ」
「そうかね! いやぁよかった! しかしひやひやしたよ! 君は母親を助けに行きたいなどと言い出すし、あげくのはてに窓からとび降りてしまったんだからね」
あ・・・。お母さん!
「母は? 死んだんですか! 試験のために? 犠牲になって?」
「いやそれは大丈夫! その危険性があると古語さんに注意されてね。事前に保護しておいたから無事だよ」
あ・・・それで古語は助けに行っても無駄だって言ったのか。とりあえず連れていってくれたのは私を落ち着かせるためだったのかな。それとも試験の一貫・・・・。
「じゃあニャン吉は? あれも試験の一部だったんですね? ニャン吉は仲間に殺されたりしないんですね?」
が、島村は首をふった。
「いやいや、あの連中も本当のことは知らんのさ。試験のために君を追い詰める必要があったんだが、パニックは可能な限り短時間におさえなければ面倒なことになる。
実は今朝の放送はただ宮崎県の人間にだけ行われたんだがそれでも大変な騒ぎになったろう。人類全体には知らせられんよ。そこで、連中を使ったんだ。今朝の放送と同じ情報を地球に来ている連中に知らせて、君を憎むようにしむけた。それで君がどんな対処をするかが試験のポイントの一つでね」
なんてことを・・・。
そんなことでニャン吉は・・・!
しかし、島村はあまりにもケロッとしているし、首相も外相も歓喜にあふれて泣いている。春菜は怒りの言葉をのみこんだ。
「・・・それで、私が殺されたら不合格だったんですか」
「んん? いやそうとも限らないよ。それまでのポイントによるね。まぁあの交通事故だけは予定外だったがね。古語が大ケガをしている間に君の行方を見失った。その間に殺されていたら合格なのか不合格なのかわからなくなるからひやひやしたよ。また別な人間でやりなおさなけりゃならなかった。まぁ逃げ出していたりしたら即座に不合格だったがね」
「・・・・・」
逃げてました。
古語が私を心配して探してくれていたのだと思ってしまった。
私は馬鹿だ。
「まったくはらはらしたよ」
高村外相が言った。
「調査官がやっと君を見つけたかと思ったらすぐさま異星人に襲われてな! まさかあんなことになっているとは想像できんかったよ! いやぁ興奮した興奮した。調査官の負った傷を一晩なめ続けてなおすあたりはよかったねぇ! わたしはあすこで合格を確信したね!」
「そんなことまで・・・」
知られていたのか・・・。
「しかしあそこで死んだら死んだまでがポイントになると聞いていたのに調査官がずいぶん助けてくれていましたね」
首相はちらちらと島村と古語を見た。
「不思議だと思っていたんですが、あれは彼女に好意を持たせるためだったんですか? さっきの、一緒に逃げよう、という最後の試験のために? あれは試験だったんですよね? 予定には入っていませんでしたが。あの薬を使ったのは本当に条約違反だったようですが。その調査官を捕らえるんですか?」
島村はじろりと首相をにらんだ。
「何が言いたいんです。この男が、本当に彼女を連れて逃げようとしてたとでも?」
「いやいやいや」
首相はあわてて手をふった。
「まさかそんな・・・。ただ、島村さんもずいぶんと怒っていらしたようだったので」
「俺が怒っていたのは、条約違反の薬品を使ったことに関してだ!」
島村は古語をにらんだ。
「昔のおまえの報告書からスキャンダルが流れたことは知っているな。おまえが未開人によからぬ感情を持ち、地球人に対して偏った意見を持ちすぎていると。あげくの果てに我々の薬品を使って本来なら死ぬはずだった人間を生き返らせた。だが、俺は君を信じていた。決してそんなはずはないと他の幹部を説得した。君は常に優秀で誠実だったからだ。今回確かに君は独断で動きすぎた。まるで・・・彼女に特別な感情を持っていて、試験に公正で無かったかのような印象を地球人に与えてしまった。
しかし、私には分かっている。君はそんな人間じゃない。さっきのは説明がつくよ。君は十二年前の件でやはりどこか彼女を恨んでいたんだろう。優れた経歴に傷がついたんだ。それが、ついここで出てしまったんだな。彼女を試験に合格させたくない、とね。
無意識だ。それぐらいのことは誰にだってある。そういうことなら問題にもできない。このまま忘れ去られる。実際彼女は君を選ばず試験に合格したんだからね。
どうだ? そういうことなんだろう?」
島村は口を閉じて、古語が、そうだ、と言うのを待った。古語はただうなずくだけでよかった。春菜も古語を見ていた。そういう事だったのかと思った。
古語は、頭をがっくりと後ろに倒すように上を向いた。何かを見るのではなく、何も見ないために。
「だめなんですよ・・・。もう、何もかも、遅いんです。わたしは、もう、十二年前に、春菜に【確定】してしまっているんです」
ビリッと、島村の体に電流の走るような震えが走った。
「春菜が、何も知らないことをいいことに、わたしは、好きなだけ手をつないで・・・」
そして古語は目を閉じ、深く、息を吐いた。
島村は身じろぎもしなかった。春菜もまた。
怒りを口にしたのは首相だった。
「じゃあ、何ですか? この試験官は、自分の欲望のために、彼女を連れて行こうとしたんですか? でも、それでも試験には不合格になってしまうんでしょう? 彼女が断ってくれたからよかったようなものの。これはいったいどういうことなんですか。島村さん。これが公正な試験と言えるんですか。これはあんまりだ。いくらんなんでもあんまりだ」
島村は何も言えずに目を泳がせている。
春菜は、何もかもあきらめたように立っている古語を見た。立ったまま死んでいるようにさえ見えた。
春菜は動けなかった。古語を苦しみから救いたかった。だけどどうしたらいいのか、自分に何かできることがあるのか分からなかった。春菜は地球を選んでしまったのだ。
「あの・・・」
ごくりと息をのんで、春菜は首相や大臣、島村に視線をさまよわせた。
「試験は、終わりなんですよね。私、もう、用済みですよね。だったら、あの・・・」
春菜は古語のほうに視線を向けた。
「今更もう遅いのかもしれないけど、私、一緒に行っていいかな・・・」
古語が、ゆっくりと目をあけた。が、表情が虚ろなままで、春菜はひどく間の抜けたことを言ったような気がした。だけどあきらめたくなかった。
「ほら、星屑送りになるっていうから、私でよければ、一緒に行きたいけど。もうだめなの? あの、さっきは、古語より地球の方が大事っていうことだったんじゃなくて、古語の方がずっとずっと大事だったから、そんなこといけないって思ったんであって、だから、連れてって、私、なんでもするから、一生奴隷になるから、お願い・・・」
古語は上を向いて脱力していた首に力を入れてもとに戻し、春菜を見た。
「わたしを、許すのか?」
春菜は考えた。
許す? 別に許さなくてもいいけど。
「あの、好きだから、だけではだめ?」
バサッ、と古語は翼を広げた。あ、飛んで来る、と春菜は思った。