28 コガタリ君
ややあって古語が説明をつけ加えた。
「星屑に追放になっている間に母親が死んだらしい。その頃からコガタリは君を恨みはじめたんだな。そして地球人を」
外相が叫んだのはこの時だった。
「君個人のことなんだよ! たった君一人だけのことで! 地球人はみんな君のような人間だと思われてしまったんだよ! 君だけが死ねばよかったんだ! どうして我々まで・・・! なさけないことだと思わんかね! もっと、もっともうしわけないと思ってくれ! なんだそのすました顔は! ふざけるな!」
春菜は言葉を失った。
すましてるんじゃない。あの事件の後、春菜は表情をなくしてしまったのだ。
古語が口をはさんだ。
「星屑から出た後、コガタリは強硬な手段を使ってのしあがった。悪党としてだ。それが地球に復讐するためだとはまさか気づかなかったんだ。我々も気をつけてはいたんだがな。責任を感じているよ」
そうだった。コガタリ君は古語の星の人間だったんだ。口から出た言葉には絶対に責任を持たなければならない星の住人! コガタリ君は確かに私の言葉で破滅したんだ。コガタリ君の人生を私が狂わせた。
春菜は耐えられなくなった。ここに存在していたくなかった。だけどもちろん体がかき消えてくれるわけもなく、耐えられない苦しみに耐えるしかない。
「全世界に向けての放送は日本時間の今朝七時に行うそうでな。今六時四分前だからあと一時間四分だな。同時に富士山を壊して見せるなんて言っとるんだよ」
と首相。
「富士山に人は?」
と古語。
「連絡と同時に退去させました。もっとも退去ったってどうせ五時間命がのびるだけですがねぇ」
沈黙が落ちた。
春菜以外の視線が、古語に集まる。
「なんとかなりませんか」
すすり泣くような外相の嘆願。祈り?
「可能性は一つ」
と古語は言った。外相がごくりと息をのんだ。春菜もふりかえった。
古語は冷ややかに言い放った。
「この朝霞春菜をコガタリにさしだしなさい。コガタリが恨んでいるのは地球人全員じゃない、もともとこの女ただ一人なんだから、この女を殺せばそれで満足するかもしれない」
春菜の心は、強い悲しみと、強い歓喜にひきさかれそうになった。
歓喜。もし、自分に地球を救えるかもしれない可能性があるのなら、運命に心から感謝します。自分の責任に、おとしまえをつけるチャンスをくれた運命に。
だけど、古語の口からそれを聞きたくなかった。
不思議だとは思っていた。古語が私を守ってくれるのが。私の命をそのチャンスにかけるためだったんだ。それまで私は生きていなければならなかった。ただ私を殺させる為に生かしておいたんだ。
春菜はゴムのような唇を開いた。
「本当のことを知れば私があなたを恨むようになるだろうってのはこのことだったんですね」
古語は冷ややかな目を向けた。
「・・・だからなんだ。勝手に誤解したのはおまえだ。どうだ、私を助けたことを後悔したろう」
「とんでもない!」
春菜は立ち上がった。
「あなたは全然関係ない地球を救うために、命をかけてくれたんです。ありがとう。あなたは地球の恩人です」
恨みはしない。チャンスをくれたのは、運命じゃない。この古語だ。
古語は不愉快げに眉をひそめた。
「ふん。きれいごとばかりなんだな。コガタリをきれいごとで破滅させ。今度は地球一つ破滅させるかもしれないんだぞ。もう成功したような確信めいた言い方はやめろ。コガタリの怒りがおまえの命一つで溶けるかどうかまだわからないんだ」
「いや、ちょっと待ってくれ」
と口をはさんだのは島村だ。首相と外相がびくりとして島村を見た。
「総理、あなたはそれを許すんですか? 地球のために朝霞さんの命を犠牲にするって?」
首相が口を開く前に春菜があわてて言った。
「島村先生、やめてください。私その方がいいんです。その方が気が楽って言うか、私のまいた種だし」
「馬鹿言うな! よく考えてみろ、本当に君のせいか? 違うだろう、コガタリが逆恨みしただけじゃないか! 子どもの言うことを鵜呑みにして自分の判断で行動しなかったのが悪いんだろ。奴は馬鹿だよ!」
春菜は思わず叫んだ。
「コガタリ君の悪口はやめてください!」
叫んでからハッと唇をかんだけれど、もう遅い。島村も、古語も、首相も外相も唖然として春菜を見つめた。
「朝霞さん? どうしてコガタリの肩を持つんだ。地球を滅ぼそうとしているんだよ?」
「でも、それはコガタリ君が悪いんじゃないです」
「何を言ってるんだ?」
古語がイライラと口をはさんだ。
「コガタリは悪党だ! 精神がねじまがってるんだ! 星の恥さらしだよ!」
「やめてください!」
春菜は必死だった。
「コガタリ君はいい人です。絶対にいい人です。私が悪いことをしたからコガタリ君を怒らせたんです」
古語は目を見張った。それはほとんど怒っているようにさえ見えた。
「どうかしてる。おまえがどんなにコガタリをいい奴だと思い込もうとしたって、コガタリはおまえを憎んでいるんだぞ!」
そのとたん、春菜の顔が氷のように蒼白になった。誰もが倒れると思ったが、春菜は倒れなかった。
「コガタリ君はわかってくれる」
危うい均衡で春菜の精神はふみとどまっていた。コガタリが春菜を恨んでいるということ、それは春菜にとって最大の打撃だった。左腕のやけどの跡を愛しいとさえ思えるほど、コガタリの記憶を大事にしていたこの十二年間のすべてが無意味になるほどの打撃だった。
しかし人間の精神というものは狂気から身を守るために時に防衛機能を働かせる。
春菜は、コガタリと理解しあえる可能性を信じているのだ。コガタリと会い、話し合えば、コガタリは地球をふきとばすことを思い止まってくれるのではないかと。
「まぁどうだっていいさ」
古語は吐き捨てるように言った。
「おまえに人間の善悪をわけられる権利があるとは思えんがね。我々としてはおまえがコガタリのところに行ってくれればそれでいいわけだ。そこで問題が一つあるんだがね」
「問題? それは?」
外相が目をむいた。古語はじろりと外相を見た。
「コガタリの居場所がわからないということだ」
「そ、そんな・・・! それじゃあ何の意味も・・・」
「うるさい」
古語の視線に、首相も外相も縮みあがった。
「何もできない人間が口をはさむな。今わたしの仲間が月からコガタリの居場所を探している。おまえらだって宇宙空間には無数の星屑がただよっていることぐらい知ってるだろう。それが邪魔で場所が特定できないんだ。しかもこっちの通信は受け取っているはずなのに、向こうからの返信は一切無い」
通信を受け取っている?
春菜は顔をあげた。
「私に通信させてください」
「なに?」
「コガタリ君と話をさせてください! コガタリ君が私をそこまで憎んでるんなら絶対に何か反応がかえってくるはずです!」
古語と島村は顔を見合わせた。
「なるほどね」
と古語が言った。
「その方が確かに連絡を取れる可能性は高いな」
「そうだ。それにそうやって呼び寄せれば、朝霞さんと会う時にコガタリを捕らえられるかもしれない」
「それはだめです!」
島村の言葉を、それが自分のためだとわかっていながら春菜ははねかえした。
「コガタリ君をだましたくないんです。地球人は約束を守らないって思われたくない」
「しかし・・・」
「議論はあとだ」
古語がピシャリと止めた。
「月から仲間の船を呼ぶ。地上から通信しよう。それまでは朝霞春菜、おまえをこのほてるに監禁する」
「・・・逃げませんよ」
「わかるものか」
春菜は情けない思いで古語を見上げた。
なぜ? あんなに私の言うことを何でも信じてくれていたのに。さっきまで心が通い合っていたような気がしたのは錯覚だった?
古語が視線をそらした。
その瞬間、あたりの物質が銀色に染まった。メタル色の光が差し込み、視界を奪い、消えた。首相と外相が悲鳴をあげるのが聞こえる。
「な、なんだ、今のは・・・」
島村が答えた。
「今、富士山が消えたんです。七時です」
「そんな馬鹿な!」
と叫んだのは外相だ。
「静岡の山なんですよ? なんで宮崎の空が光るんだ! 原爆だって長崎の光が届いたなんて聞いたことがない」
「原爆で山がふきとびましたか? 違うんですよ。我々の常識とは、ケタ違いに」
外相と首相は顔を見合わせ、ぞっと震えた。春菜は両手で耳をふさごうとして、左腕がしびれて持ち上がらないのに気づいた。
「おまえ何やってんだ」
古語がそれに気づいて眉をひそめた。
「爆発の音聞きたくない。もうすぐ聞こえるでしょ」
「ばか、地球の爆弾じゃないんだ。富士山は爆発でふっとぶんじゃない。消えるだけだ、ただプシュッとね」
「消える?」
「ああ、消える」
「プシュッと? 消えた・・・」
日本のシンボル富士山。
春菜は空を見上げた。真っ青なきれいな空だ。富士山を消したということは、この日本の上空にコガタリはいるはずだ。
「ま、待てよ、七時か。となるとコガタリの放送があるはずだな」
外相がTVをつけようとした。そのとたん、全員が額にハンマーを打ちつけられたような衝撃を感じた。
脳裏に、無残にかき消えて、月のクレーターのような大穴になった富士山の跡が見えた。土やマグマがあたりにふきとぶこともなく、まさに消えてしまっている。
と、その映像はかき消え、一人の少女の肖像が見える。黒い、意思の強い瞳と、赤い頬をした利発的な子ども。名前は朝霞春菜。十二才。
宇宙には数多い知的生命体が存在する。科学の進んだ星の人々は自分たち以外にも知的生命体が存在することを知っており、くりかえされた疑惑と不信と戦いの後に、手を結び会い、連合を作った。連合から送られた調査官コガタリ。
コガタリは地球人朝霞春菜を憎んだ。朝霞春菜のために背負わされた苦しみ、悲しみ。闇、孤独、絶望。コガタリは復讐のために地球の表面をふきとばすことにした。時間は今からきっかり五時間後。
それだけの情報が頭に定着するまで、おそらく一秒もかからなかっただろう。地球人は無理やりに、この新しい情報を知っている状態にさせられたのだ。
「い、今のが“放送”か」
首相が額をおさえてうなった。
「異星人の存在も知らない地球人が突然これだけのことを知らされたらパニックがおこるぞ」