27 理由
最上階でドアが開いた。
廊下に出ると思っていたのに、いきなり部屋の中に出た。そして、春菜の目の前のソファには二人の男が座っていた。
春菜はそのうちの一人の男を知っていた。
あれ? 誰だったっけ。生徒の保護者だったっけ?
考えた後で、あ、と口の中で声をあげた。
日本の内閣総理大臣。その右側は外相だ。
驚き疲れたさすがの春菜も驚いたけれど、考えてみれば人類滅亡がかかっているのだから日本で出てくるのはこの人以外ありえないわけだ。どうせならオバマ大統領の方がよかったような気もする。
「君が朝霞春菜か!」
外務大臣がうなった。
「えらいことをしてくれた!」
「日本人のせいで地球が滅びるなどとは、諸外国にいったい何とおわびをすればいいんだ」
「君はいったいこの責任をどうとるつもりかね!」
首相も外務大臣もすっかり涙目になっていて、ひどく憔悴しているようなのだ。
弁解しようにも、春菜には自分が原因を作ったという地球滅亡のその原因に全く心当たりがないし、疲れと緊張と恐怖のあまり脳みそがボーッとしていて何も考えられやしない。
首相は春菜から目をそむけて古語に言った。
「今からでも回避の為の話し合いはできないものでしょうか。できる限りの補償はするつもりです」
その辺の若造にしか見えない古語に日本国首相がペコペコしている様は悪夢のようだ。
「わたしたちも通信で可能な限りの話し合いを続けてきたのですが、向こうの態度があまりに強硬で説得を聞こうとしないのです。彼はすでにいくつかの罪を犯していて犯罪を重ねることを恐れていません」
「しかし、星一つですよ、星一つふきとばそうなどと、こんなことがあっていいんですか。それも、たった一人の、それもこんなゴミのような娘一人のために」
外務大臣に恨みのこもった流し目で見られたけれど、わけがわからないのでとりあえず黙っているしかない。
「それより、わたしたちを呼んだのはなぜです。何か状況に変化でも?」
と古語。首相が代表して言った。
「さっきあの男からの連絡がありました。今日正午に地球をふきとばすそうです」
古語がごくりと息をのんだ。
春菜は、いよいよわけがわからなくなって、Yシャツの胸のあたりをつかんだ。
正午に地球がふきとばされる。地球が、ふきとばされる。私のせいで? あの男って、誰?
外務大臣が後を続けた。
「そしてそのことと、その原因を、もうすぐ全世界に向けて発表するそうです。全世界ですよ。日本人の為に人類が永遠に滅び去ることが全世界に知れ渡ってしまうんですよ。日本はいったい諸外国からの非難にどう対処していけばいいか」
「対処のことはいいだろう。どうせ数時間のことだ」
首相の言葉を聞いて大臣が両手で顔をおおって泣きだした。
苦しい。胸が痛い。全身の細胞がしぼられているようだ。いったい私はどんなひどいことをしてしまったんだろう。いったいどうして、いったいどうして、いったいどうして・・・。
「あの・・・」
春菜は勇気をふりしぼって唇を動かした。
「私はいったい何をしたんでしょうか」
そのとたん、ぞっとするほどに室内の空気が緊張した。怒り、憎悪、ほとばしる感情が春菜に向けられている。
「何をしたかだと!」
立ち上がる外務大臣を首相が止めた。
「まぁ待ちなさい。この子は何もわかってないんだから。まず説明をしようじゃないか」
首相は胸ポケットから写真を一枚だして春菜に見せた。
それは一人の人物の顔写真だった。わかったのはそれだけだ。見覚えが無いどころか、それはどう見ても地球人ではなかった。なんとなく毛の生えたウルトラマンという感じがしなくもない。
「?」
春菜が不審の目をあげたとき、首相が言った。
「君は、小学生の頃彼に会っているはずだ。もちろんその時は地球人の姿をしていたらしいがねぇ」
あ・・・!
「これ! コガタリ君ですか?」
「地球ではそう呼ばれていたようだね。実名は我々には発声できないからとりあえずコガタリと呼んでおくことにしよう。地球をふきとばすと言ってきたのは、このコガタリだ」
限界だった。人の脳みそは、本当に考えることをストップすることがあるんだということを春菜は初めて実感した。突然床がせりあがるように感じ、グラッと倒れかかるのを、島村に支えられた。首相は春菜に座れとも言わなかったのだ。
島村は首相に承諾も得ずに春菜をソファに座らせた。首相は春菜の様子になど何の頓着もなく話を続ける。
「君の通っていた小学校で爆発事故があったのは二月の二十一日だった。その時現場には生徒四十二名と教師一人がいた。教室の中は燃え上がり、出入り口は爆発で瓦解。四十三人は確実に死亡するはずだった。しかし実際にはみな奇跡的に助かっている。そして君はその中の一人だった。そうだね」
春菜はうなづいた。
「その時君はコガタリに助けられているはずだ。覚えているかね」
春菜はまたうなづいた。
「その時の君のやけどの状態はどんなものだった? つまり、治療すれば地球の医療でもなおせるものだったのか、どうか」
首相はチラッと春菜の左腕を見た。
「か、体が、コゲていました」
と春菜は言った。声が自分の声でないように遠い。
「夢だと思ってたんですけど。でも、覚えてます。体がコゲていました。私、知ってましたそれを」
「そうか・・・」
首相と外相は顔を見合わせた。暗い顔を。
「その時コガタリは君に何かしたはずだ。覚えていないか? 何か、注射のようなものだったはずだがね」
「あ、白い・・・白いボールのようなものが体に押しつけられたのを覚えています」
外相がうなった。首相は続けた。
「今度はそれから数日前のことについて聞きたいんだが、君は何かコガタリ君から相談をうけなかったかね。つまり、自分がもしも宇宙人だったらと」
「・・・え?」
「宇宙人だったらどうするかと聞かれたことはないかね? 覚えていないか」
「ウルトラマンだったらどうするかと聞かれたことはあります」
首相と外相はまた顔を見合わせた。
「おそらくそのことだろう。それで、自分に意地悪をする悪い友達が死にそうになっていたら助けるかどうか聞かれたかね?」
春菜はだんだんとその時のことを思い出してきた。今まですっかり忘れてしまっていたのだが。
「聞かれたのか! どうなんだ!」
外相が叫んだ。
「聞かれました」
ハッと我にかえって答えた。
「どう答えた」
「・・・助けに行くと言いました」
大臣と首相はまた顔を見合わせた。ひどく消沈している。
何なの? 助けに行くのが何かまずいの? それ以前に、そんな相談がいったい何なの?
首相は続けた。
「その時コガタリは、その為に正体をあかしたら地球にはもういられなくなるのだということを君に話したか?」
「あの・・・」
「これは重要なことなんだよ。正直に言ってもらいたい。話したか?」
「・・・話しました」
外相は一つうなづいて、続けた。
「すると君は、コガタリが地球にいられなくなるということを知っていながら、助けに行くべきだと言ったんだね」
「コガタリ君が、じゃなくて、私なら助けに行くと言ったんです」
「同じことだよ。コガタリは君のその言葉によって君も君たちをいじめたクラスメートたちも助けたんだ。そしてその時地球にはない特殊な薬品を使った。それはコガタリの属する宇宙にとって重大な違反行為だったんだ。
他種族・・・この場合我々地球人のことだがね、他種族の生死に干渉することは禁止されていたらしい。特に、その時コガタリは地球人の調査に来ていたんだよ。
君たちのクラスのことは地球人のサンプルとして逐一報告されていた。そこでコガタリの助けた人間の中には、悪意の芽を持つ人間が大勢いたことが知られてしまった。しかもコガタリはそれをよく知っていた上で助けたということが問題になったんだ。それが後の地球に悪影響を与え、悪い方向に地球を導くかもしれなかったんだから。
コガタリは犯罪者として裁判を受け、有罪となった。地球の時間でだいたい五年程、星屑の上で、他人との接触を全く許されず強制労働させられたんだそうだ」
五年?
春菜はぞくりとした。
星屑の上でたった一人ぼっちで強制労働? 誰とも話もできず?
「でも・・・」
春菜はかろうじて口を開いた。
「知らなかったんです。コガタリ君が宇宙人だったなんて」
外相は眉をひそめた。
「知らなかった? しかしもし宇宙人だったらという前提での話だったんじゃないのかね」
「それは、確かに。でも・・・」
「はっきりしてほしい。コガタリが宇宙人である可能性を示唆されて、そしてコガタリが正体をあらわして地球人を助けたらどうなるかという結果も聞かされて、その上で君は、助けに行くべきだと言ったのか、それとも言わなかったのか」
春菜は混乱していた。あの時コガタリ君が宇宙人だとはわからなかった。わからなかったんだ。でも、例え話としてすべてを聞いて、行くべきだと言ったのは確かだ。
「・・・・・言いました」
首相は息をはいた。
重たい沈黙が落ちた。