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25 そのときが来た

  古語こがたりは、ぼんやりと目をさまし、自分が何やらほこりだらけの床の上に倒れているのに気づいた。やたら瓦礫のつみかさなった床の上だ。黄色い色に染まった・・・。

 そこで、完全に目を覚ました。そして思い出した。自分が二度と目を覚ますはずがなかったことを。

 なぜ助かったんだ? 

 古語は考えた。仲間に助けられたのか。しかしそれにしてはさっきと同じ場所にいるのはなぜだ。

 その時、すうっと背中を何かあたたかい奇妙な感触がつたった。古語は反射的にはねおきた。背骨が折れていたのになぜ体が動くのか不思議に思うのも忘れて。

 がつんと何かが背中にぶつかった。体をねじってふりかえると、鼻を押さえて不機嫌そうな春菜はるなが座っていた。

 隣の校舎はすでに炎上をやめ、熾火おきびが時折赤い色をおこすのみ。しかしあたりからは闇が失われ、春菜の姿は白っぽく浮き上がっている。

 両手も、唇も、口の中も、額も鼻もあごも顔の全部も髪の毛ものどもシャツもすべて黄色い血でこわばらせた春菜の姿が。

 それでも何事がおこったのか古語にもすぐにはわからなかった。

 手術の時は医者が患者をなめるんだ、と考えた春菜は間違っている。切り傷程度ならなめてなおすが、大ケガならちゃんと手術をするのだ。こんな大ケガをなめてなおすなんてことは古語の星の人間なら考えつかなかったろう。春菜はそれを不可能と知らなかったからやる気になったのだ。

 だから、次に春菜がしゃべろうとするまで、古語はまさか春菜が一晩中自分をなめて命を助けたのだとは気づかなかった。


 「はんれいきやいおいああうんれすあ」

         ― なんでいきなりおきあがるんですか

と春菜は言った。


 「あえ? あええあい」

         ― あれ? しゃべれない


 六時間か、七時間か、なめてなめて内蔵も骨も筋肉も再生させたのだ。舌どころか顔の筋肉も酷使されて、使い物になるわけがない。

 舌を動かす力なんか一時間もしないうちになくなった。舌のつけねが激痛をおこし、つってけいれんした。しかたないので舌を動かすのではなく、体全体を動かすようにした。今度は腕が痛んできた。それでも休みはしなかった。舌の下にもりあがる確かな手ごたえが、春菜をつき動かしていたから。

 春菜はしゃべるのをあきらめて、もう一度床に寝よ、とジェスチャーで伝えようとした。まだ皮膚が再生されていないのだからして。

 古語は、その春菜のまつげが血でかたまってそそり上がっているのをぼう然と見た。きっぱりとしたまつげだ。


 古語が反応しないので春菜はだんだん心配になってきた。

 おかしいなぁ。わからないんだろうか。ちゃんと生き返らなかったんだろうか。一度死んだから別な魂が入り込んだんだったりして。それともゾンビ・・・。それは嫌だな。

突然、古語が右手を持ち上げた。そして、春菜の額にはりついた前髪を乱暴にはらった。ザリッと音がする。古語はほとんど春菜をにらみつけた。そして言った。

「わたしを助けて満足か」

春菜は思わずハッと息をはいた。

「おまえはきっと後悔する。あの時殺しておけばよかったと思うだろう」

春菜は肩をすくめた。がっかりした。

 別にありがとうと言ってもらいたかったわけじゃない。わけじゃないけど、やっぱりがっかりした。

 春菜はよろりと立ち上がった。ひびのはいった左腕でずっと体をささえていたものだから左腕が熱を持ち、はれてきている。

 右手は、何かやってきた時の為に銃を握っていた。

「どこへ行く?」

春菜は答えずにひらひらと手をふって、水道へ向かった。顔を洗って口をゆすぎたいのだ。

 水道管が壊れていて水が出ないかと思ったけれど、立派に水がふきだした。口の中をゆすぐと、なんとなく舌が動くようになってきた。黄色い水が流れて行く。

 それを見ながら、ほっと息をはいた。


 古語が生きてる。よかった。


 手を洗った。それだけで左腕が痛む。

 手がすっかりきれいになると、両手に水をためた。あごで蛇口をしめる。

 そっと歩いて、古語の方に戻る。古語は不審そうに春菜を見上げる。春菜は両手を古語の口もとにさしだした。

 古語は両手いっぱいの水を見た。そして春菜の手に唇をつけた。春菜がそっと手を持ち上げる。古語ののどが動く。あっと言うまにそれだけの水を飲み干した。

「もっとくんで来ましょうか?」

古語はわずかに目をあげた。

 春菜は立ちあがってまた水道に向かった。そして、蛇口をひねろうとした時、すぐ後ろに、古語が立ってきているのに気づいた。壁に手をつきながら。

「あ・・・動ける?」

古語は黙って春菜の横に立つと、体にただひっかかっているだけのありさまになってしまったシャツを破り取り、水道で洗った。春菜が背中を見ると、皮膚も回復してきている。表皮は自力で回復できるのだろう。


 ああ、よかった。


 突然、顔に濡れたものがベシャッとぶつかってきた。

「ぶっ!」

なめくじに変化している異星人に襲われたのかと思ったけれど、違った。古語が濡らしたシャツを春菜の顔にぶつけたのだ。

 これにはさすがの春菜も怒った。濡れたシャツをはらいのけようとして、そして、春菜は、人の表情として今まで見たこともないような厳粛な顔で春菜を見つめる古語の顔に向き合ってしまった。

 古語は濡れたシャツをぶつけたのではなかった。春菜の顔をふいていたのだ。真剣に。

 春菜はごくりと息をのんだ。

 古語は言った。

「おまえはわたしに助けられたと思ったかもしれないが、そんなことを負い目に思う必要はなかったんだ。おまえは必ず後悔する。わたしを助けたことを。そしてよけいにわたしを恨むようになる」

「・・・どういうことですか?」

「すぐにわかる。嫌でもだ」

古語は春菜の髪の毛一本一本の血をていねいにふいた。春菜は古語の顔を見上げながら、古語がなんだかひどく苦しんでいることを思った。

 秘密があるのだ。そのことを知った時、春菜が古語を恨むようになるだろうと、そう思って苦しんでいるのだ。

 それに気づいて、春菜はふるえる程嬉しくなった。

 以前同じことを、島村先生に対して思った。島村先生に恨まれたくないと思った。憎まれたくないと思った。同じことを、思ってくれてるんだろうか。

「あの、何だかよくわからないんだけど、私は別に、恩返ししたわけじゃないし、恩着せようと思ったわけじゃありませんよ。私のせいで死んだら寝覚めが悪いからできるだけのことをしようと思っただけです。そしたら偶然助かった、それだけのこと」

「・・・そうか?」

「そうそう」

だから気にしないで。

「だって本当に、今日助かったのは古語さんのおかげなんですから。私一人で手のある蛇とか立って歩く犬とかパイナップル持った島村先生とかに会ったらそれだけで気が変になってたでしょうね」

古語は何か思い出したようにまばたきした。

「そういえば、奴に何か変なこと言ってたな。指輪と花束がどうとか。プロポーズって何だ」

春菜はちょっと赤くなった。

「それは、あなたが知らなくていいこと」

「・・・おい、わたしにはすべてを知らせろと言ったろうが。あれで奴がにせものだとわかったんだろう? なんだったんだ」

「なんでもありません」

「教えろ」

「地球人同士の話ですから」

古語は口をつぐんだ。すうっと表情がなくなる。傷ついた顔をしたわけじゃないが、春菜はドキッとした。


 しょうがないな。


 「・・・結婚を申し込まれたんです。その時に持ってきたのは指輪だったか花束だったか、という質問で、正解は何も持ってこなかった、だったんです。・・・あのねぇ、こういうプライベートなことには立ち入っちゃいけないんですよ。地球のしきたりでは」

あ、プライベートがわからないか? と思ったが、古語はそれについては何も聞かなかった。かわりに、ひどく変な顔をした。

「それで、おまえ何と答えたんだ」

「え?」

「結婚を申し込まれたんだろう? なんて返事したんだ」

春菜はもっと赤くなった。

「そんなこと聞くもんじゃありません」

「・・・そうだな」

おとなしくなられると気になるじゃないか。

「断りました」

「え?」

「断りました。だって受けられるわけないでしょう。私のせいで地球がどうなるかって時に。それこそ本当のことを知れば島村先生は私を恨むようになるでしょうから」

「・・・じゃあ本当は受けたかったのか」

その件については、以前千佳に断言したことがある。

「申し込まれた時はすごく嬉しかったけど、でも結局、受けなかったと思うんです」

「なぜだ」

「ん〜」

春菜は躊躇した。そんなこと口に出すようなことか。

「なぜだ?」

春菜はため息をついて答えた。この男は答えるまで延々と聞き続けるだろう。

「・・・コガタリ君のことが忘れられないから。だから」

その言葉に、古語は意外な程衝撃を受けたようだった。衝撃の深さがありありと顔にあらわれた。

「おまえ、奴を愛してたのか?」

「愛・・・って」

春菜はどっと照れた。日本人は愛するなんて言葉使わないよ。

「愛してたって程じゃないんですけど、大事な友達でした。・・・いいえ、正直言って初恋だったかも」

「初恋?」

日本語なのに、古語はきょとんとした。

「初めての恋か? そうか、おまえたちは生涯に何人も愛せるんだったな」

「嫌な言い方をしますね。でも、まぁそうです。初恋は、たいてい実らないものです」

「実らない? なぜだ」

「さあ・・・。初恋は実らないぐらいでいいんです。だから、一生忘れられない想い出になるんです」

「・・・精神異常者扱いだったって言ったな。その間に父親が死んだって? それでコガタリを恨んだりしなかったのか」

春菜はムッとした。

「コガタリ君は、私の友達でした」

「・・・だから?」

「だから?」

「友達だったぐらいで何だって言うんだ。たかが友達だろう? コガタリがいなければおまえは何も苦しむことはなかったんじゃないのか」

春菜はキッと古語を見上げた。

「コガタリ君がいなかったら、私はあの時死んでました」

「・・・コガタリはおまえのようには思っていないかもしれない」

 チ ―――――― ッ!

奇妙な電子音がした。古語は左腕の例の腕時計を見た。赤く光っている。古語は眉をひそめた。額に深いたて皺がきざまれて消えない。

「どうしたんですか?」

「・・・おまえ、なぜおまえが地球を滅ぼすのか教えろと言ったな」

春菜の心臓がドンッとはねた。

「おまえがそれを知る時が来たんだ」


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