24 黄色いプール
メスは奇跡的にもまっすぐとんで、島村の足につきささった。
「うおっ!」
島村の目がいっきに四倍に見開かれた。つまり縦横二倍。
春菜は古語の手から銃をもぎとって撃った!
見事に・・・はずれた。床の瓦礫がふっとんだ。
ま、そんなもんだよね。と照れてる場合ではない。
「どうして信じないんだぁっ!」
島村 ― に化けた異星人 ― はパイナップルを春菜に向けた。
あ、死ぬ。
しかし、その腕に何かが飛びついた。くずれた壁の間からとびこんできたオレンジ色の物体が。
「フギャアアアアアッ!」
「ニャン吉!」
ニャン吉だった。ニャン吉が、島村もどきの腕にしがみついていた。
「きさまっ! 裏切り者がっ!」
島村もどきが腕をふりまわしてニャン吉を壁にたたきつけようとした。その寸前に、ニャン吉の身体がふくれあがった。
背中が広く、広く。腕が太く、二本足で立つ脚の形に・・・。島村よりも一回り大きい。オレンジ色の、とがった耳ととがった鼻の、精悍な顔つきの虎だ。二本足で立つ虎。
ニャン吉は指先から爪を出すと、島村もどきの顔を横にひっかいた。
「うっ!」
頬を流れる血の色が緑色だ。葉緑素? まさか。
つかみあいになった。ニャン吉は相手のパイナップルを握った腕を両腕でつかみあげ、つかみあげ、逆にパイナップルを相手の顔に向けた。
「や、やめ・・・!」
ボスッ! と鈍い音がして、島村もどきの顔は、霧になって消えた。緑色の血液が空中に流れた。
胴体は床に倒れた。ニャン吉は深く息をはいた。
春菜は目の前の光景を信じられない奇跡のように眺めた。嬉しかったのは助かったことじゃない。ニャン吉が助けてくれたことが。
ああ・・・教えてくれてたんだ。ニャン吉は、今日のことを。逃げろって言ってくれてたんだ。
地球にいる異星人がみんな私を憎んで殺そうとしているのに。
「ニャン吉・・・」
ニャン吉はふりかえった。なんとなくタイガーマスクに似た顔だ。
きさまを助けたかったわけじゃないぞ」
いきなり言った言葉がそれだ。
「人を助けることが功徳になるんだ。この時間におまえに助けが必要だってことは知ってたから、てっとり早く助けられるからな。これを利用しない手はないだろ」
「・・・なるほど」
「わかってるのか? きさまなどが」
ニャン吉は体をしならせて春菜の前に歩いてきた。そして、春菜の頭をなでた。肉球がぽんぽんする。
「ニャン吉・・・」
「飯はうまかった。・・・助けさせてくれてありがとう」
春菜は思わずニャン吉の手をとった。が、ニャン吉はその手をあわててふりはらった。
「うわっ! やめろ、肉球にさわるのは求愛行為だ!」
またか・・・。
「これからどうするの? 仲間のところには戻れないの?」
ニャン吉は首を横に振った。
「・・・きさまも早く逃げろ。そっちの(と古語をあごでさして)奴がいるのを知っておおかたの奴はあきらめて帰ったが、まだ残ってる奴がいないとも限らん。・・ではな」
「ニャン吉! ありがとう・・・私・・・、なんだか夢みたいで。ニャン吉が助けてくれるなんて。どんなに嬉しいか、伝わらないだろうけど、すごく、すごく、すごく、嬉しい」
「きさまが俺を抱いて走り出した時の方が・・・」
と言いかけてニャン吉は頬をムニッと持ち上げて微笑み、また春菜の頭をぽんぽんした。そして、ひとっとびにとびはねて、壁から出ていった。二階だがさすがに猫だけあって平気なのだろう。
春菜はぐっと自分の身体を抱いた。身体が震えていた。
よかった・・・。嬉しくて泣きたくなる日がまた来るなんて信じられない。
古語の言った通りだった。
「古語!」
ふりかえった春菜は、今度は全く別の感情に震え上がった。古語の目にはもはや生気がなかった。身体は異様に折れ曲がって右にかたむき、口からは唾液が流れ、脂汗のせいで髪が額にはりつき、両手足はだらりとして床の上に落ちていた。
「古語!」
春菜は古語にかけよった。
「古語! 回復するって言ったじゃない!」
目の前にいるのに、古語の視線は春菜にあわない。春菜は古語の髪をかきあげ、かきあげた。
「古語! 古語!」
「・・・聞こえてるよ」
意外な程はっきりした声で古語が言った。しかし動いているのは唇だけだ。
「わたしを選んだな・・・」
「古語! どうしたら助かるの? 仲間を呼べないんですか? ねぇっ!」
「よかった・・・、に、にせものでも、島村が相手じゃ、勝ち目がないと・・・」
「古語! しっかりして! 聞こえてないんですか! あなたの仲間は呼べないの!」
「い、生きてるな・・・。よかった」
「 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ! 」
何も言えなくなった。
春菜の目に涙があふれ、流れ落ちた。
あんなにも必死になって、信じてくれと言ってくれた。ただ、私の命のために。
冷たい人だと思った。人の心がわらかないんだと思った。だけどこの人はやっぱり地球上のどんな人より優れた人なんだ。
ハルナ・・・の形に古語の唇が動いた。
それが最後だった。
かくっ、と古語の頭が力を失って前に折れた。そして、その反動で体がゆれて、ぐにゃりと床に倒れた。うつぶせに。
―――――――――――― !
背骨が折れているのだと古語は言った。それは間違いじゃない。だけど、正確でもない。そこにはだいたい、背中自体がなかったのだ。
爆風でふきとんだ鉄筋の瓦礫は、古語の背中につきささり、背中の肉と骨と内蔵をえぐった。古語のすさまじい精神力が、それでもしばらくの間生き続けることを許したのだろう。本体と切り離され、死ぬことは既に決まってしまったとかげのしっぽが、しばらくの間動き続けるように。
その時、春菜は、その地球人のものとはあきらかに違う内蔵の一部がビクリと動いたのを見た。黄色い血のプールの中で。
―――― まだ生きてる!
古語は強い。とても強い。地球人とは身体のできが違うんだ。
どうすればいい? どうすれば、どうすれば、どうすれば!
春菜は一つの可能性にかけた。
そして古語の内蔵の中に顔をつっこんだ。