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23 どちらを信じればいい

  グシャッッと嫌な音がした。物体の倒れる音が・・・ずっと後ろの方からした。春菜は前方の甲虫の足に目をやった。足は動かなかった。それから、音のした方をふりかえった。そして、まるで車にひかれて道路のわきに転がっているような姿の、黒い犬とまともに目があった。

「 〜〜〜〜〜〜〜〜 !」

しかし目に生の色がない。犬は赤い血を流しながら死んでいた。

 ああ、足の形が変だ。太く、まっすぐに伸びている。

「やれやれ。一部分、変化へんげを解いてくるな。こりゃあやっかいだぞ」

古語こがたりの声がした。古語は春菜はるなのすぐ横に立ち、階段の方に銃を撃ちはなした。甲虫の足・・・ががんぼのような機械が、ガシャンと崩れた。

 「おとり用の機械だよ。ばかだねぇ。あんなのを使えば本人は後ろにいますと教えてるようなもんだ」

 春菜はじっと古語を見つめた。

 じゃあ敵は後ろだと見て私を前の方に、自分の後ろに、つきとばしたのか。

「何ぼけっとしてるんだ。とっとと立て。また腰が抜けたか」

春菜は立ち上がった。

「? 何見てるんだ。なんだ、つきとばしたぐらいで文句を言うな」

「ありがとう」

と春菜は言った。

「えっ?」

「助けてくれて、ありがとう」

古語はまばたきを三回した。

「別に助けたわけじゃない」

「だって、今・・・。さっきも・・・」

「ん?」

古語は首をかしげて考えて、言った。

「ああ、あれは、なんとなく、だ」

「なんとなく?」

「なんとなく、ついうっかり」

「・・・・・」

  なんだそれは。

「よし、今からなんとなくはやめだ。おまえ自力で助かれ」

「はぁ・・・」

「見ててやるから」

「見てられると緊張するんですよね」

 と、ふいに、古語が天井を見上げた。この棟は三階建てだ。

「どうし・・・」

たの? を言う前に、古語はまたも春菜をつきとばした。いや、押し倒したという方が正しい。したたかに後頭部を床に打ちつけた春菜の上に、古語がおおいかぶさったからだ。そして春菜は、古語の肩ごしに、天井に亀裂が走って行くのを見た。

 廊下の端から端までビ シ ビ シ ビ シ !  と音をたてて刻まれる亀裂。そして、天井が、下に向かってふっとんできた。

 古語の両手が春菜の頭をすっぽりと覆っていた。春菜の額と古語の額はほとんどふれそうに重なり、春菜の両肩は古語の両ひじの中にあった。

 鈍い爆発音が、もう一度、そしてもう一度聞こえた。

 瓦礫の一かけらも、春菜の上にはふりかかってこなかった。それなのに、春菜は全身がつぶれひきちぎれるような痛みを感じていた。

 春菜の目が、痛みに歯をくいしばる古語の顔を見ていた。

 春菜の耳が、古語の歯と唇のすきまからもれるうめき声を聞いていた。

 古語の肉体につきささる瓦礫の大きさを、ありありと感じた。

 誰かに全身で守られたことがありますか。春菜はその恐ろしさに戦慄した。


古語が死ぬ!


 瓦礫がれきの降る音がおさまった。

 古語が、かすかに息をはいた時、春菜もまた古語が生きていることに感謝して全身をふるわせていた。

 古語は歯をくいしばって、ぐっと両腕に力を入れた。背中を持ち上げると同時に、背中に降り積もった瓦礫が持ち上がる。背中にふってきたのは三階の床にあたるこの二階の天井だけではなかった。三階の天井と壁も崩れて落ちてきたようで、炎に赤く染まる空が見えた。

 古語は瓦礫をすっかり持ち上げてしまうと、春菜の上からはなれ、立ち上がろうとして失敗し、教室の方の壁に背をあずけて、ずるずるとくずれ落ちるように腰をおろした。

 古語がずるりと座りこむのにあわせて壁に黄色いあとが残る。


 窓の向こうは真っ赤な炎。


 春菜も恐る恐る起き上がる。全身がふるえていて、声がかすれる。

「古語・・・」

「背骨が折れたんで動けそうにないな」

古語があっさりと言った。

「たいしたことじゃない。じきなおる。わたしの体はおまえらと違うからな。それよりおまえ逃げたほうがいいぞ。来るぞ、すぐに」

 平気そうな口調だった。しかしその声はかすれ、瞳はうるんで視点を結ばない。銃を握る右手はだらりと床におとされ、もはや握る力は無いのか指は開いたままびくりとも動かない。痛みのためだろう額や頬からふきだす脂汗がもりあがり玉になって流れ落ちる。

 春菜は、ぺたんと座り込んだまま、その古語を見ていた。


 なぜ・・・。


 何度も何度も何度も浮かんだ問いを、もう一度問う。

 なぜ古語は私を助けてくれるんだろう。地球を破滅させるようなことをした私を? こんなに血を流してまで。

 血?

 春菜の胸で何かがはじけた。

 そうだ、血。黄色いペンキ。おびただしい量の黄色い血。昨日車の中は血だらけだった。地球人の私はほとんど無傷だったのに。

 無傷のはずだ!

 古語が助けてくれたんだから!

 ちょうど今と同じように、古語が私をかばってくれたんだ。だから私は無傷で、古語が大ケガをした。

 春菜はごくりと息をのんだ。

「監視だって言いましたよね」

古語は、それがどうした、というように右眉をあげた。

「あなたは・・・私を守ってくれていたんじゃありませんか。最初から。ニャン吉からも、猫の大群からも。ずっと私のそばにいたのは、監視の為じゃなくて、守るため、そうなんでしょう?」

古語の頬が強張った。

「違う・・・・!」

そうだった。猫の大群に襲われた後、古語が探しに来て、私の名を呼んだ。あの時、何故あんなに嬉しかったのか。古語がケガしてるのを見て治療しようと思ったのか。

 あの声には、心配する気持ちがあふれていた。そうだ、さっきここに探しに来て名前を呼んだ時も。古語の残酷な物言いにとらわれて気づかなかったんだ。

「私、あなたにひどいことして・・・」

「違うと言ってるだろう! 早く行け!」

「置いては行けません」

「・・・・・!」

視線がぶつかった。まるでにらみあうように。ここに置いていっては、異星人たちが春菜を襲った証人となる古語も必ず殺される。そして今の古語は指一本動かせやしないのだ。

「拳銃借りますね」

「・・・おまえなんか・・・すぐに殺されて終わりだ」

春菜はそれには答えず、ひざで瓦礫をよけながら歩き、古語の手にひっかかっている拳銃に手をのばそうとした。

 その時、声が呼んだ。

朝霞あさかさん!」

聞き慣れたこの声。

 どうして? 

 春菜はゆっくりと階段の方をふりかえった。島村先生が、息を切らして立っていた。

 右手にはパイナップルに似た、どうやら武器の一種らしい物体を持って。

「朝霞さん! そいつから離れろ! そいつは地球人じゃない! 食人種のインベーダーなんだ!」


 なんだって?


 「近づいちゃいけない! 罠だ! 油断させて気を許したとたんに食いつくのがそいつのいつもの手だぞ! そいつは人間の絶望を食ってやがるんだ!」

「・・・・・?」

って言うか、なんで島村先生がそういうこと知ってるの。なんでここに来るの。なにその変な機械は。

 島村はさらに必死で声をはりあげる。

「宇宙刑事だと名乗ったろう。そいつは刑事じゃねぇ、悪党だ。・・・俺が刑事なんだよ朝霞さん。俺・・・地球人じゃないんだ」

「・・・・・」

春菜は、ウルトラセブンの最終回を思い出していた。


 僕は地球人じゃないんだ。宇宙人なんだ。僕は、ウルトラセブンなんだよ。・・・驚いたかい、アンヌ。


 そしてアンヌが答える。


 驚かないわ。あなたが宇宙人だろうと、ウルトラセブンだろうと、ダンはダンよ、ダンにかわりはないじゃないの。



 春菜は驚いた。

 可愛がっていたニャン吉は私を憎んでいて、敵だと思っていた古語は実は私を守ってくれてたのかと思ったらやっぱり敵で、尊敬できる先輩教師だと思っていた島村先生は、宇宙刑事ですか・・・。

 「くそっ・・・!」

古語がうめいた。

「動くな!」

島村は古語にパイナップルを向けている。

「少しでも動くと撃つ! 朝霞さん、こっちに来るんだ!」

 銃を取るために、古語の吐く息が顔にかかる程接近してしまっているのだ。古語の方を見るのが怖い。古語の顔が、獲物を食う化け物の顔に変わっているようで。

「は、春菜、違う。奴を信じるな。奴がおまえを狙ってるんだ!」

冷静だった古語の声が、悲鳴のように聞こえる。

「朝霞さん! 急いで! 大丈夫だ、俺が援護えんごするから、来るんだ!」

不思議なことだが、春菜はびくとも動けなかった。動けばそのとたんに古語にとびかかられるから?

 違う。ただ、単に動けなかったのだ。島村の方に。

 春菜の顔や、のどぶえのすぐそばで古語がささやく。

「春菜・・・行くな・・・逃げるんだ。そいつは、島村じゃない・・・ど、どこかの星の奴が島・・村に変化してるだけだ」

「朝霞さん! 俺を信じないのか!」

島村が叫ぶ。

「春菜・・・わたしを信じてくれ」

古語がささやく。

 そこで、春菜はようやく、ヒントに気づいた。どちらに動けばいいのか。

 変じゃないか。古語は背中が折れているはずだ。それがいくらなんでもこんなに声が出せるだろうか。

 春菜はとうとう古語の方を見た。そして息を飲んだ。

 声を出すために古語がどれほどの犠牲を体に強いたことか。体に残った力をどれほどふりしぼったか。上体は壁にそってぐにゃりと折れ曲がったまま奇妙なバランスでかしげており、両手はだらりとぶらさがり、指の力はぬけきっている。唇からは唾液が黄色い泡と

一緒にあふれ、両眼は焦点を結ばずしかし何かを必死に見ようとしてあえいでいる。


 古語はあきらかに死んでいこうとしていた。背骨が折れて、無事なはずがなかった。なおるはずがなかった。

 しかしその唇は血の泡と一緒に動いた。

「わたしを、信じてくれ、に、逃げるんだ。お願いだから・・・」

 春菜はよろりと立ち上がった。

「は、る、な・・・・っ」

その気配を察知したのだろう古語が嘆きの声をあげる。

「よし、朝霞さん、こっちに!」

島村がほっとした声で呼ぶ。そして春菜は言った。

「さて、ここで島村先生に質問です」

「・・・は?」

「島村先生はこないだ私にプロポーズしました。その時私にくれたのは、バラの花だったでしょうか、それともダイヤの指輪だったでしょうか。はい正解は?」

島村はうっと息をのんで、そして迷った。

 一秒・・・二秒・・・。

 春菜にはもう一本メスが残されていた。春菜はそれを島村に向かって投げた。メスは奇跡的にもまっすぐとんで、島村の足につきささった。


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