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22 炎上

  次の瞬間、春菜はるなの天地がひっくりかえった。古語こがたりが春菜を抱き上げ、廊下に向かってつっぱしっていた。

 続いておこったすさまじい爆発音を、春菜が聞くことはなかった。その前に爆発の圧力で両耳がまったく聞こえなくなったからだ。春菜は無音の世界の中で、教室のガラスが全部粉々にふきとび、カーテンを切り裂きながら舞い散るのを見た。

 廊下に向かって走ったため、散りそそぐガラスの破片からは逃れられたが、爆風で古語と春菜は廊下の壁にたたきつけられた。古語に抱かれていなかったら肩の骨を折っていたかもしれない。

 いや、それでも春菜は痛みを感じる余裕がなかったろう。春菜の両眼は、窓の外の光景に釘付けになっていた。

 向かいの校舎が炎上していた。

 学校というのは鉄筋だから燃えないと思うかもしれない。間違いだ。カーテンのせいか進路情報などの雑誌類のせいか教科書のせいか木製の教壇や教卓や机、イスのせいか、窓から炎がふきだしており、太陽が近づいたように明るかった。

 春菜はその炎を見つめていた。まばたきもできなかった。

 十二年前。春菜は炎の中にいた。体が燃え、指先からこげていくのがはっきりとわかった。 痛い。痛い! 体が燃える。教室が燃える。そこに落ちているのは誰の腕。悲鳴は誰の悲鳴。うなり声は。頭の上で燃えているのは誰。

 コガタリ君が炎の向こうからやってくる。やってきて、抱き上げる。来ちゃだめだコガタリ君。私を助けたら、コガタリ君はもう地球にはいられなくなるんだよ。

 炎の向こうからコガタリ君がやってくる。

 ハルナ! 

 呼ぶ声がする。ああ、コガタリ君、会いたかった。


 この時春菜は正気と狂気の間のきわどいところにいたのだったろう。もちろんほんの短い間で、春菜の強靱な精神はなかなか狂うことで春菜を休ませようとはしない。

 春菜は正気を取り戻した。

 同時に強烈な恐怖が戻ってきた。

 悪い夢からさめた時、自分があたたかいふとんの中にいることはわかっても、まだ夢が現実を追いかけてくるようで、恐ろしさに身動きできない。ちょうどそんな感じ。

 それに、今いるのはあたたかいふとんの中じゃなかった。なんだかもっと固い・・・。

 声が聞こえた。ようやく聴覚が戻ってきたらしい。

「春菜! ・・・春菜! ・・・春菜!」

春菜を狂気の世界から呼び戻そうとする声。

 あ、古語だ。

 古語が春菜の両頬に手をそえ、春菜の目をのぞきこんでいた。春菜に炎を見せないようにするように。

 春菜も古語の目をのぞきかえした。普段はどこか眠そうで何考えているかわからない目。

 隣の校舎はまだ爆発的に燃えているけれど、春菜はもう平気だった。よくものが見えて都合がいい。

「春菜? わたしがわかるか?」

「宇宙刑事を名乗る異星人。口も悪いし目つきも悪い」

「ばぁか」

古語はほっとしたようだった。手を離した。

「とっとと出るぞ。向こうの職員室にいるだろうと思って向こうを燃やしたんだろうが、こっちもやられないとは限らん」

古語はひょいと立ち上がった。春菜も立ち上がろうとして、体が動かないのに気づいた。ショックで腰が抜けたのか。

「なんだ。甘ったれるなよ。置いていくぞ」

  ム・・・。

「どうぞどうぞ。言ってるでしょう。ここから離れてくださいって」

今度は古語がムッとしたようだった。

「馬鹿なこと言ってないで・・・」

と言いかけて、古語は今ガラスがふきとんだばかりの教室の中を鋭く見た。春菜もつられて見て、後悔した。

 白い巨大な蛇が、それこそ人間程もある太さの、しかし人間の四倍は長い、巨大な蛇が、教室の天井をぬるぬると這い進み、天井から逆さまにとぐろをまいて、春菜に襲いかかろうとしていた。

 何かがやってくるのはわかっていたから、蛇自体にはさほど驚きはしない。が、大蛇にやはり白い蛇のような四本の腕らしきものが ― 蛇足、という言葉を春菜は思い出し、こういう蛇がいたらあの中国の人も酒を飲みそこねはしなかったろうに、と残念に思ったのだが ― はえていて、その腕がワイングラスに似た半透明なものをそれぞれ握っていたからだ。

 気色悪いにもほどがある。あまりに気色悪いので立ち上がる気力を取り戻した程だ。

 ワイングラスがいっせいにゆれた。次の瞬間、古語は春菜をつきとばすようにころがって、同時にいつのまに手にしたのか例の黒い日本警察型拳銃をぶっぱなした。

 床には無数の白銀の針がつきささった。ワイングラスはワイングラスでなくて大蛇式ニードルガンだったらしい。そしてそのニードルガンは、腕ごとふきとばされていた。

 間髪おかず立ち上がった古語に大蛇がとびかり、白い体がうねって古語をしめあげた時、春菜はボキボキと折れる古語の骨の音を聞いたような気さえした。


 ああっ、蛇の弱点、なめくじ! なめくじを探さないと!


 そんなことを考えて混乱している間に、古語は大蛇の頭をつかまえると、しめつけられているのと逆方向にひょいっとまわった。大蛇はとぐろをまいた固い形のまま、わずかに浮きあがる。そのすきに、古語は頭をつかんだまま大蛇をおもいきり床にたたきつけた。

 ぐえっ! と蛇らしからぬうめき声があがる。二度、三度とたたきつけた大蛇の口の中に古語は両手を入れた。

 まさか・・・。

 と思う間もなかった。古語は蛇の体をまっぷたつに切りさいた。紫に近い体液がほとばしる。腹までさけた大蛇は、それでもびたんびたんとしっぽをくねらせながら、断末魔のもがきをもがいた。

 「うえぇ・・・」

 この蛇、どこかの人類なのに。

 こみあげる吐き気をおさえる春菜のところに、手についた体液をシャツでふきながら古語が戻ってきた。古語もひどく苦々しげな顔をしている。

「わたしがいるのに襲ってくるとは、わたしも殺して条約違反の証人をなくそうというんだろうな」

「・・・・・」

声が出せない。

「こんなふうにまだ何組か襲ってくるわけだな。なぜそれを知ったんだ。いつだ」

春菜は深呼吸をして、やっと言った。

「こないだ、猫に襲われた時です。ニャン吉がそう言ってました」

「ニャン吉・・・?」

古語は春菜を見下ろして、まばたきを二度した。なんだかものすごく馬鹿だと思われているような気がするけれど気のせいだろうか。

 「おまえ、それでなぜ逃げなかった」

「逃げようとしたんだけどうまくいかなくて。それに、逃げたって無駄だってニャン吉が言うもんだから」

「・・・おまえな、そりゃあ逃げろって意味だろ、どう考えても」

「・・・・はえ?」

「でなけりゃなんでわざわざおまえにそんなこと教えるんだ。おまえに助けられたんで恩を感じたんだろうよ。あの星の人間は恩義に厳しいんだ」

「そ、そうでしょうか」

「・・・仲間を裏切ってまで教えてやったのに肝心のおまえがおまえだよ。地球人の頭の中はどうなってるんだ」

あなたに言われたかないよ。

「ただの捨て台詞のような気がしましたけど」

「まぁこの際どっちでもいい。急いでここから離れるぞ。どうりでここらが知覚迷宮ちかくめいきゅうになってるわけがわかった」

「知覚迷宮?」

「ここに来ようとして二度も迷った。地球で知覚迷宮遊びをやってる奴がいるとは思わなかったからな。

 ・・・なに、ただの子供のおもちゃなんだ。つまり視覚と知覚の間のつながりを狂わせて、見えているのにそれがなんなのか判断できなくするんだな。目では右側に道が見えているんだが、頭の方ではそっちに行かなければならないことがわからない。そうすると、迷路を作らなくても迷路ができあがるわけだ。

 どこの星の子が遊んでるのか知らないがこれじゃおまえがここに来れた可能性は少ないなと思いながら一応来てみてよかったよ」

  悪かったな。

「とにかく、連中ここを迷宮にして地球の人間が入って来れないようにしているわけだ。ゆっくりおまえをぶっ殺せるようにな。何するかわからんぞ。そこの爆発がいい例だ」

「じゃあ、消防署とか警察とかも来ないってことですか? これだけ派手に火が燃えてるのに?」

「来ないね。火が燃えているのが見えていてもそれが火だとは認識できないんだ。おまえのことだ、ここを選んだのは他の人間に迷惑かからないようにだろうが、よかったなぁその目的だけは達成できそうで。どこでも同じだったにしてもな」

「あなたの星の人って嫌味言う習性でもあるんですか」

「当然だ。より鋭い嫌味を言える人間がより優れていると判断されるんだ。地球じゃ違うのか」

「・・・嫌な星」

「冗談に決まってるだろう。信じるな」

春菜がうふっと笑ったので、古語は驚いた顔をした。

「なぜ笑う?」

「冗談なんでしょ。冗談言われたら笑うのが地球の礼儀です。それがどんなにつまんなくとも」

「・・・・・行くぞ」

と先に立って階段の方に歩き出した古語の背中が止まった。

「どうし・・・」

「しっ!」

右手に消えていた拳銃が再び現れた。

 そして古語はそっと後ずさり、左手で春菜を抱き寄せた。

 まただ。

 何故この人は私を守ろうとするんだろう? 監視の仕事には対象を死なせちゃいけない義務もあるんだろうか。

 階段から、どこか甲虫の足に似た黒い棒のようなものが廊下にはいあがるのが見えた。その瞬間、古語はそっちの方に、どんっ! と春菜をつきとばしたのだ。

 ズキッ! と痛んだのは床にぶつけたひざだったか古語に敵の前につきだされたと知った心だったか。


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