12 黄色い血
「おまえ何してるんだ」
気がつくと古語が立ち止まって春菜を見ている。
「とっとと歩け」
「急ごうがどうしようが私の勝手です。あなたこそとっとと行ったらいいでしょう」
「私にはおまえを監視する義務がある。もう一度言っておく。私の許可なく行動するな」
監視する義務、で思い出した。
「あなた、本当に私のせいで地球がなくなる理由知らないの」
「知ってるよ」
「!」
なんだって?
「それがわからなきゃおまえのところに来るはずないだろう」
「だって、心あたりはないかって聞いたのは・・・」
「おまえが、地球が消されるほどのことをしでかしておきながら、何の罪の意識もなくのうのうと生きているということを確認したかっただけだ」
「------------------------ っ ! 」
春菜は思わず手をあげた。ひっぱたく、つもりだった。古語は眉一つ動かさずに冷然とその春菜を見おろしていた。春菜は手をそのまま下ろした。古語の言うとおりなのだ。何も知らずにのうのうと生きている。こんな情けないことがあるか。
「どうして地球が消えることになったんですか」
「地球全体が消えるわけじゃないだろう。表面がふっとぶぐらいのことだ」
生き物はみんなその地球の表面で生きてるんだ。
「だから、どうして? どうしてそういうことになるんですか? 私は何をしたんですか」
「それは教えられないことになっている」
がくがくがくとひざが震えだした。座り込みたかった。
だけど私にその権利があるだろうか。
「来るんだ。おまえが行方不明になっているから学校では探しているだろう。戻って、猫の大群が怖くて逃げて隠れていたと言え。言っておくが、おまえがよけいなことを言えば、その話を聞いた人間すべての命がないぞ」
春菜は歩き出した。脚がひどくだるい。さっき打ちつけたむこう脛からは血が流れて乾きベタベタする。
運動場に上り下りする階段の上の灯火の下に着いたら、どうなってるか見てみよう。手の甲も・・・。が、手の甲を見る前に、春菜は奇妙なことに気づいた。
灯りの下で見ると前を行く古語の服が変だ。白いシャツだと思ってたらなんだか右の袖のあたりに色がついている。黄色い色。右の袖全体に。よく見ると袖の部分が裂けている。その間からのぞいている腕も黄色でそでも黄色・・・はて?
あ・・・・・っ!
わかった。
血なんだ!
ニャン吉が古語は強いって言うからてっきり簡単に猫たちを追い払ったんだと思ってた。
古語が私に助けさせてくれてありがとうと言わなかったということは、古語の星では助けられた人が礼を言うんだよね・・・。しまったぁ、これじゃあ地球人がますます未開人と思われてしまうじゃないか。お礼を言わないと。それにケガの治療を。
「ちょっと、宇宙人!」
古語はすばやくふりかえった。
「変な呼び方をするな。わたしのことは古語と呼べ」
「・・・あの、その名前だけど、変えてもらえませんか」
「・・・なぜだ」
「コガタリって私にとっては大事な想い出の名前なんです。ニセモノに使うのは嫌って言うか・・・。だいたいあなたコガタリ君とどういう関係なんですか」
「コガタリは以前この星に来ていた調査官だ。関わった人間から記憶を消したはずだが上手くいったかどうか確かめるためにコガタリの名前でおまえと接触した。覚えていたのは残念だよ。それから学校ではわたしはもう古語裕作ということになっているから名前は変えられん」
春菜は驚いた。
「あなたまだ学校に行くつもりなんですか!」
「あたりまえだ。おまえが学校にいる以上学校に行くしかないだろうが」
春菜は愕然とした。
「私も学校に行くんですか!」
「ああ? おまえ学校の教師だろう」
「地球がどうなるかって時なんでしょ!」
「仕事しないで何をするつもりだ」
「何って、私のせいで地球がふっとびそうなんだから私がどうにかしてそれを止めないといけないんでしょ? だからあなたも私のところに来たんでしょ?」
「馬鹿を言うな。おまえに何ができる。おまえにできることはただ最後の日までおとなしく何もできずに生き延びて自分がしでかしたことの結果を見届けることだけだ」
虫の音が聞こえた。虫じゃなくて耳鳴りなのかもしれない。これは夢だ。こんなことがあるわけない。
「ちょっと待って。だって、止められるんでしょう?」
「何が」
「地球がどうのって、あれ。なんとかなるんでしょ? あなた、地球なんか勝手に滅びろって言いましたよね。ということは、なんとかする手があるんですよね」
古語は黙っていた。灯りが古語の左の頬を照らした。灯りのせいか、古語の表情は冷たそうではなかった。迷っているように見えた。緊張に体がこわばって、春菜は目の前がぐるぐる回る錯覚に襲われた。
「・・・・さあな」
やがて古語はそう言った。春菜はかすかに息をはいた。
絶対にだめだとは言われなかった。
じゃあ可能性はあるってこと。だけど、もしかして私を憐れんで、あいまいな言い方をしたんだったら。・・・私を憐れんで? 憐れむはずなんかない!
「学校には出ろ。疑われるような行動を取るな。それより何故わたしを呼びとめたんだ。さっさと用件を言え」
春菜はゴクッと二度ほどのどをならした。頬が冷えてものを言うのに時間がかかった。
「その腕、ケガしてるみたいだから手当した方がいいって言おうと思っただけです」
「うん?」
古語は腕を持ち上げて顔をしかめた。
「これならとっくになおっている」
「血が・・・」
「わたしの体はおまえたち未開人種とはできが違うんだ。見ろ」
と言った時には、古語の右の手の中に小さなナイフが握られていた。古語はそのナイフで左の手のひらを切りつけた。
「ああっ!」
「わめくな」
手のひらから黄色い液体が流れ落ちる。やはり古語の種族の血液は黄色いらしい。まぁ赤よりは不気味じゃないかもしれないが。
古語は痛いのだろう顔をしかめながら手のひらを春菜に見せた。
「切れているだろう?」
いかれているよ。
「見ていろ」
古語は手のひらをなめはじめた。血をなめているのかと思ったらそうではないらしい。しばらくなめていて、もう一度手の平を春菜に見せた。傷はあとかたもなかった。
「・・・唾液成分を研究して切り傷の薬として売り出したらもうかるかもしれませんね」
「ばか。唾液なんかおまえらと変わらん。体の作りが違うんだと言ったろう。我々の体はな、特別性なんだぞ。宇宙でもこれほど進化した種族はそういないだろう」
古語の表情にちょっとだけ誇らしげな色が見えた。
地球じゃ切ったしっぽがすぐはえてくるようなのは下等生物だ。と春菜は思ったけれど、もちろん口にはださなかった。