11 窮鳥もし懐に入らば
「しかしすぐに我々の恨みは晴らされる。三日後の八時、きさまは八つ裂きにされて殺されるからな」
・・・・・・・・・・え?
「地球に来ているのは我々だけではない。地球で暮らしている移民たちが一種族に一人代表を出しあってきさまを殺すことに決めた。しかし母星を失ってこの星に来ている民族はわしたちだけだ。わしたちはわしたちだけできさまを殺す権利があるはずだ。だから代表のわしが、今日きさまを襲ったんだ。奴さえいなければわしは英雄だったんだ。
本当は、三日後の午後八時、一斉に決行する予定だ。八つ裂きにして、それぞれの種族が体の一部分を戦利品として持ち帰る。あとかたも残るまい。逃げても無駄だぞ。地球の上のどこにもきさまの逃げ場はないんだ」
ニャン吉は、笑みさえ浮かべずに、よとっよとっと、すすきの中に消えていった。
春菜はしゃがみこんで、両手で顔をおおった。涙は流れなかった。泣いていられる場合じゃなかった。
じゃあ私は本当に何かやらかしたんだろうか。でも、そんなはずはない。何も心あたりがないんだから。
わからない。 ・・・なぜ!
春菜は空を見上げて、ニャン吉の太陽を探そうとした。すすきの上の空は昼間よりもはるかに広く、深く、そして星はあまりに多すぎた。この宇宙には大勢の生き物が暮らしているんだろうなぁ。あくせくと思いわずらいながら。
秋風はうそ寒く、虫の声がうるさい。ひざを抱えたまま、疲れ果てて動きたくなかった。人間じゃなければ動かなくてもいいのではないかと思った。猫だったらここで眠る。虫だったら鳴く。すすきだったらゆれていよう。そうだ、私はすすきなんだ。目を閉じて、開いたら、すすきになっているんだ。
名前を呼ぶ声が聞こえた。
遠くで春菜の名前を呼ぶ声が聞こえた。
春菜は顔を上げた。その声はわきあがる泉のように春菜の心をうるおした。今この瞬間、誰かが名前を呼んでくれている。
「春菜!」
今度ははっきりと声がして、誰かが走ってくる足音がする。川原に姿をあらわしたそれは、古語裕作と名乗ったあの男だった。
古語はすすきの中の春菜を見つけると、顔をしかめて堤防を駆け下りた。春菜は思わず逃げようとして、すすきに足をとられて思い切り転んでしまった。
駆け下りて来た古語が春菜の腕をつかんで立たせた。恐ろしい力だ。春菜は歯を食いしばってそれに耐えた。
「いいか、二度と勝手なまねをするな」
古語が言った。
「今度妙なまねをしたら、おまえだけでなくおまえの家族も、生徒も、全員殺す」
春菜は古語をにらみあげた。暴力で威嚇するような奴に負けてたまるか!
「殺す殺すって簡単に言うけど、他種族に危害を加えるのは条約違反じゃないんですか」
「私には権利が与えられている」
「そんな理不尽な!」
「秩序を守るためだ」
古語は放り投げるように春菜の腕をはなした。
「連中には連中のしきたりがあるんだ。条約違反をした仲間は殺す。それを厳格に守ることで、この星の上で生きていられるんだ。他種族のしきたりの邪魔をするのは条約違反だ。おまえにあの猫を助ける権利は無かった。おまえが未開人でなければ捕らえられるところなんだぞ。忘れるな」
「ああ、そう」
春菜もそろそろ頭にきた。
「こういう言葉知ってますか? 『窮鳥懐に入れば漁師もこれを助く』。救いを求めてる者を助けるのは地球のしきたりなの。私には地球のしきたりを守る権利があります!」
「・・・えっ?」
古語は目を見はった。
「そうなのか」
「そうです」
「そうか。ならしかたないな」
古語は春菜に背を向けて歩き出した。春菜もそれに続いた。こんなにあっさり納得されたら困ってしまう。
「え〜とそれで、あれからどうなったんですか。ニャン吉が仲間のところに戻れるように話つけてくれたんですか」
「馬鹿を言うな。わたしにそんな義理があるか。奴は見つかりしだい殺されるさ」
ああ・・・。
春菜は立ち止まって空を見上げた。どの星かがニャン吉の太陽なんだろう。ニャン吉を助けてよ。あんたんとこの人間だよ。かわいそうだと思うんだったら。