10 助けてもいいですか
ニャン吉は口から泡を吹き、もう目を開けてはいなかった。
「ニャン吉!」
「ふぎゃ?」
ニャン吉はビクッと目を開けると、何が起こったか分からないようにキョロキョロとあたりを見回した。
元気だ。タフな種族らしい。
ほっとした。これで死んでたら自分のしたことがすべて無駄だったどころかかえって悪かったことになる。
「無事だった・・・」
よかったね、と喜びあおうと思った。しかし、ニャン吉の口にしたのは呪いの言葉だった。
「きさま・・・よくもわしを箱に閉じ込めたな・・・」
春菜(はるな9は怒らなかった。
人生も、世界も、こんなものだ。助けても恨まないでくれたのはコガタリ君だけだった。
「悪いことをしましたね。ただ、助けろと言われたのでそうしようかと思ったんです」
「うるさい! 地球人のぶんざいで何を生意気な。しかもさんざんゆさぶりやがって。どういうつもりだ!」
「走らないと捕まるもので」
「死ぬところだった・・・」
ニャン吉はうめいて、上体を起こした。
「ここはどこだ」
「日向川の川原」
「よく仲間をふりきれたものだな」
ニャン吉はだいぶ早くから気を失っていたらしい。古語に助けられたことを知らないのだ。
「・・・なぜ礼を言わない?」
とニャン吉が言った。
「え? 誰に? 古語に?」
「わしにだ! 決まってるだろう」
「・・・・・」
意味が分からない。
ニャン吉の顔が険しくなった。
「きさまはわしを助けたろう。なのになぜ礼を言わない」
「・・・助けて、礼を言うんですか」
ニャン吉は目を見張った。
「あたりまえだ! わしを助けておまえは功徳を積めたろうが、わしのおかげだ。礼ぐらい言ったらどうだ」
「ああ・・・」
ニャン吉の星は仏教圏か。
「残念だけど私功徳を積み損なったようです。あなたを助けられたのは古語裕作のおかげだから。今度古語に会ったら礼を言わせるといいですよ」
「二度と会ってたまるか!」
ニャン吉はブルブルッと震えた。
「奴さえ出てこなければすべてうまくいっていたんだ。法の番人面して法を無視し、辺境人種なら平気で殺す奴だ」
「でも今回はそのおかげで助かったんですよ」
「あんな奴食われてしまえばいいんだ! 奴という証人が無ければわしの条約違反は無かったことになる。そしておまえを殺せば、わしは仲間のところに戻れるんだ」
ニャン吉は悲しげにひげを震わせた。
「だが無理だ。変化を解けば奴も倒せるかもしれんが、今のままでは猫の力だ。変化を一度解いてしまっては、もとに戻るには時間がかかる。奴はおまえを自分の獲物だと思ってる。捕獲してさらに成績を上げるつもりだ。わしたちに殺させてくれはしない」
捕獲? 取り調べて監視するって言ってたけれど、結局私はどこかの星に連行されるんだろうか。
「でも、そんなに強いんならニャン吉の仲間は解散させられたんじゃないんですか? もう出て行ってもいいでしょうか。ススキがかゆいし、暗くて・・・」
「死にたきゃ出てけ。わしは嫌だ。まだその辺に散らばってるはずだ」
「このあたりの猫はみんなニャン吉の仲間なんですか。たくさんですね」
「たくさんだと?」
ニャン吉はギロリと目をむいた。
「母星には四十億人の同胞がいたんだ。それが、突然侵略をうけた。自分の星が侵略される気持ちがきさまにわかるか」
春菜は答えなかった。日本は有史以来一度も他民族の侵略を受けていない国だ。
「どうにもならなかった。我々はわしたちを作りあげたわしたちの星を捨てて、逃げ出した。残った者は奴隷となった。見ろ、あれが我々の太陽だ」
春菜は空を見上げた。宮崎の空というのは、やたらと星だらけで、どれがどれやらさっぱりわからない。
「わからんのか! 見ろ、その、赤くて強く光っているのから右に二百光年行って、その角をまた右に百光年程行ったところだ」
わかるか!
「我々は宇宙空間を旅した。気の遠くなるような旅だった。途中でまた大勢が死んだ。我々の船はこの辺境の星にたどりついたからいい。他の方向に向かった船はどうなったのか・・・どこかの星にたどりつけたのか。
・・・この星はいい星だ。やっと見つけた星だ。我々は目立たぬようにこの小さな生き物に姿をかえ、この星の人類に害を与えぬよう、いや、気づかれもせぬようひっそりと暮らしてきたのだ。かけがえのない第二の故郷だ。
それなのに、きさまのせいで、この星が無くなる!
・・・わしを助けたぐらいで善行だと思うな。きさまの罪は、もっと、ずっと、はるかに重いのだ!」
ニャン吉は言うだけ言ってしまうと、はぁっはぁっと息をついて、目をつぶった。出血多量で大声だしたら目まいぐらいおこす。
リーリーリーと虫がないた。
「それは、何かの間違いです」
春菜は小声で言った。だんだん確信がなくなってきてしまったが。
「私に地球が滅びるほどのことができるはずがないんです」
「きさま・・・何も知らんのか。さっきの男に聞かされてないのか」
「古語? 古語は知ってるんですか?」
「あたりまえだ」
「・・・そんな・・・」
だったら私に心あたりはないかと聞く意味がないじゃないか。
「教えてください・・・。私もう、気が狂いそうです」
「狂え! 教えてだと、きさまが俺に教えてだと! 狂え! 死ね! 狂い死にしてしまえ!」
ニャン吉はよろりと立ち上がろうとした。ダンボールの箱がひっくりかえった。
「ニャン吉!」
とさしだした手を、ニャン吉は思い切りひっかいた。
「助けさせてやるものか。今は・・・これだけしか恨みを晴らせないのが残念だ」
春菜の手の甲から血が流れる。
「しかしすぐに我々の恨みは晴らされる。三日後の八時、きさまは八つ裂きにされて殺されるからな」