1、もしもウルトラマンだったら
六年生の一学期に転校してきたコガタリは、聞き慣れない言葉をしゃべる男の子だった。
お父さんやお母さん、クラスの他の友達の話す言葉とどこか違っていた。それを聞くと背筋がぞわぞわして、おちつかない気持ちになった。
それが、気持ち悪いぞわぞわなのか、気持ちいいぞわぞわなのかは分からなかったけれど。
転校してきた最初のうちは、一生懸命だれそれに話しかけていたコガタリも、この頃ではそれが人に笑われるもとになっていると気づいて、すっかり口をきかなくなっていた。
コガタリにとって不幸だったのは、クラスで一番強いと言われているアツシがすぐ斜め後ろに座っていたことだ。授業中の班学習や給食の時間に机をくっつけると、いつも同じ班になってしまうのだ。
アツシはしつこくしつこくコガタリに話をさせたがった。
例えばこんな具合に。
「前の学校でも給食やったとか。火曜と木曜はご飯か。返事せんか」
コガタリはコッペパンを少しずつちぎり、黙って口に運びながら、大きな目でじっと銀色のお盆を見つめている。
そう、コガタリがクラスで孤立してしまったのは、話し方のせいだけじゃなかったかもしれない。この大きな目のせいもあったかもしれない。
コガタリは六年生にしてはあまりに小さかった。
二年生にしか見えない程に小さかった。そして肥満していた。
色が白くぽっちゃりとして、あごの肉に埋もれて首が見えなかった。髪の毛はたっぷりと多くて坊ちゃん刈り、それもどこかさらさらと金色がかって見える色の薄い髪で。
目は、それ自体大きすぎた上に、黒い瞳の部分も大きすぎて、まるで度の強い眼鏡をかけているように見えた。
「おらぁ、今給食の時間やろが。給食の時間は班で楽しく話をせんといかんとぞ。先生が言うたやろが。おまえ先生の言うこときけんとか」
コガタリはそれでも黙っていた。
「先生の言うこときけんとならおまえ、うちんクラスの生徒じゃねぇが」
「そうじゃ。こいつうちんクラスじゃねえっちゃ」
アツシの隣のコータローも言った。
「よそもんじゃよそもんじゃ。出てけ。おら、おまえうちんクラスじゃねえっちゃかい、ここんおったらいかんとぞ」
ふいに、コガタリは顔をあげて、ひたっとアツシを見つめた。そして言った。
「僕は間違いなくこのクラスに在籍しているよ。その証拠に名簿に僕の名前がのっているからね。出席簿を見てみたらどうだい」
コガタリ君に話をさせる、という目的を達成したはずのアツシは、コガタリをあざ笑うのも忘れて息をのんだ。なんと,コガタリが口ごたえをしたじゃないか。口ごたえを!
この時、アツシが怒りのために顔色を変えたことに気づいた人間が一人だけいた。それはアツシの隣のコータローではなく(彼はコガタリに嫌がらせをすることなんてすぐに忘れてクリームシチューに没頭していた。)、コガタリの隣で、つまりアツシのまん前でプリンを食べていたハルナだった。
ハルナは気が弱い子だったので、押し黙ってしまったアツシが何かコガタリによくないことをするんじゃないかと、びくびくしながら様子をうかがっていた。
アツシは牛乳ビンに手をのばし、牛乳を口いっぱいに含んだ。これはアツシの必殺技で、彼はこのあとおもいきりくしゃみをしたふりをして、コガタリに牛乳を吐きかけるつもりなのだ。
そうして、うえっ、汚ぇこいつ! と騒いで、クラスのみんなに、コガタリは汚い、コガタリは汚い、と言わせるつもりなのだ。
いじめられることに慣れてしまった子たちが、こうやって牛乳を髪や服からしたたらせて、それでもうつむいて黙っているみじめったらしさが、アツシは大好きだったのだ。
アツシが鼻から息を吸い込むのを、ハルナは見た。
ハルナは気の弱い子だった。誰かがみじめになるのに耐えられなかった。
だから、アツシがおもいきりくしゃみをした瞬間、ハルナはコガタリに体当たりするようにイスをずらして、アツシのはいた牛乳を体中にかぶった。
教室中に悲鳴があがった。
アツシはほんのちょっとの間、何がおこったのかわからずに目をむいていたが、すぐさま、ハルナがコガタリをかばったのだということに気づいた。
同時に、その行為はせっかくの楽しい遊びをだいなしにしただけでなく、アツシのしようとしたことが悪いことだと責めていることにもなるのだと気づいた。
だから、アツシはものすごく怒った。
「ハルナ! なんすっとか!」
「なんすっとかじゃないやろ!」
ハルナはどなりかえした。
「コガタリに牛乳ぶっかけようとしたやろが!」
「あ、ハルナ、コガタリんことかばったっちゃね? かばった! ハルナはコガタリが好きなっちゃ。好きなっちゃ!」
「好きなっちゃ! 好きなっちゃ!」
今やクラス中がハルナを取り囲んでいた。ハルナはアツシの吐いた牛乳をしたたらせながら、同級生たちの、好きなっちゃコールにさらされていた。
ハルナはぼう然としていた。こうくるとは思わなかった。好きなっちゃコールのいけないところは、ハルナだけでなくコガタリまでが対象になってしまうところだ。ハルナはコガタリをかばおうとして、かえってクラス中の嘲笑の中にコガタリを置いてしまったのだ。
ハルナはなさけない思いで立ちつくしていた。
好きなっちゃ! 好きなっちゃ! 声はだんだんと大きくなり、先生が席をはずしていたおかげでどうにも収集がつかなくなってきた。
こういう時はハルナが泣き出さなければならないのだが、ハルナは気が弱いかわりに肝がすわっていたので泣くことができなかった。ハルナはみじめなまま、なすすべもなくつったっていた。
その時、白いハンカチがハルナの額にさしだされた。ハルナよりもずっと背の低いコガタリが、ハルナの前髪からしたたる牛乳を拭くために手を伸ばしたのだ。
好きなっちゃコールをものともせずに。
見上げる真っ黒い瞳はハルナへの感謝にあふれ、ハルナを励ますように微笑んでいた。
好きなっちゃコールは、言われている人間が嫌がらなければしらけてしまう。教室は静まり返った。そしてみんなが、ハルナの顔を拭いているコガタリと、ふかれているハルナを見つめた。
助けられたことを感謝するには勇気がいるものだ。とくに子どもの世界では。ハルナはコガタリの中に、力強い勇気を見た。
さて、その子どもの世界の中では、いじめられっ子をかばうような奴は悪党である。あるべき世界の秩序をこわすような奴は、世界の中に置いておくわけにはいかない。
そういうわけで、それまで人気ものだったハルナは、牛乳まみれになったこの日から、クラスののけものになってしまった。
一学期が終わり、夏休みが終わってもそれは変わらなかった。誰もハルナと話をしようとする者はなく、うっかり触れでもしようものなら、悲鳴をあげて、ハルナからくっついた目に見えない汚いものを誰か他の者にくっつけた。くっつけられた生徒もまた、それを別なクラスメートにくっつけた。しかし、人間よりゴミに近くなっても、ハルナは不思議なほど淋しくなかった。新しくできた友達コガタリの圧倒的なキャラクターが、ハルナに淋しがる暇を与えなかったのだ。
「でね、僕が以前一人で旅行している時、恐い目にあったんだ。すっごく引力が強いところでね。あんまり引力が強いもんだから、光も出て行けないんだ。うっかり限界領域スレスレに近づいちゃってさ、あの時は恐かったなぁ。危うく永久に落っこち続けて素粒子になってしまうところだった」
ハルナはコガタリの使う意味不明な言葉が大好きだった。コガタリも絶え間なくひっきりなしにしゃべった。自分のせいでハルナを一人ぼっちにしてしまったことが、コガタリを饒舌にしているようだった。
休み時間中ぴったりと一緒にいる二人を、周囲はほっておいてくれなかった。
「バイキンとバイキンが結婚しちょる」
「きっさねー、バイキンの子がふえるじゃねぇか」
「くせーがこの辺」
「バイキンマンとドキンちゃんじゃ。は〜ひふへほ〜」
汚いと思うのならばせめて無視してくれればいいものを、二人の楽しげな様子がよほど気にさわるのだろう。ゴミはゴミらしくみじめで悲しい顔をしていなければゴミの役割がはたせないのだ。
その頃には、二人は学校からも一緒に帰るようになっていた。
ここ宮崎県は高千穂町で学校から家まで帰るのは決して簡単なことではない。獣道を通って山をいくつも越えなければならない。大雨の日に集団登校中の児童ががけくずれで生き埋めになったこともあったぐらいで、毎日がスリル満点命がけなのだった。その道連れになるということは、お互いが絶対に信用できる友達だということなのだ。
しかし、初めてコガタリと一緒に帰った日、ハルナはかなり驚いた。ハルナの家の裏はすぐ渓谷になっており、高千穂でも標高が高い位置にあったのだ。それなのにコガタリは、ハルナの家の前で、さようなら、また明日、と言った。
「コガタリ君ち、もっと上なの?」
「うん」
コガタリは小さい背中にランドセルをしょって道を登って行った。
うちより上には集落はないけど、お父さんが観測所か何かで働く人なのかな。それで都会から家族で引っ越して来たのかな。ハルナは思ったものだ。
高千穂じゃ、うちより上には神様しか住んでないのかと思ってた。神様しか・・・。
一月になった。
二人は白い息をはきながら今日も二人で帰ろうとしていた。みぞれが雪にかわって空気が白くなる。観光用の杉の巨木が影になる。二人が校舎の下を通りかかった時だった。突然、ハルナの目の前にイスがふってきて、ぬかるんだ地面にグサリとつきささった。
「 ―――――――――――――― !」
きわどく命が助かったらしいと気づいて、ハルナの体はそそけだち、動けなくなった。先を歩いていたコガタリは奇妙な気配にふりかえり、ななめにつきささったイスを見た。あぜんとした時、二階のベランダから声がふってきた。
「くそが! はずれたじゃねぇかよ。もっとはよ歩けぇ」
ハルナは顔をあげて、アツシやコータローやタカユキやダイゴが自分たちを悔しそうに見下ろしているのを見た。
そのハルナのわきを、コガタリがものすごい勢いで走っていった時、やっと、ハルナはそのイスが自分たちにぶつける遊びのために投げ下ろされたのだと気づいた。
コガタリはアツシ君たちに立ち向かう為に走り戻ったのだ。ハルナはあわててコガタリのあとを追った。止めないと、こてんぱにやっつけられてしまう!
急いで靴箱に戻ったのに、コガタリの姿は階段にすらなかった。
こんなに足速かったっけ?
上履きを履く間もおしんで靴を脱ぎ捨て、ハルナは階段をかけあがり、教室にとびこんだ。机が並んでいるだけで誰もいない。
と思ったらベランダからコガタリが戻ってきた。怒りのために大きな目がつりあがってしまっている。
「奴らは逃げたよ」
とコガタリが言ったとたん、廊下からひょいとアツシが顔をだし、死ね、ばーか! と言ってまた走っていった。コガタリは机を押しのけてそれを追いかけようとしたが、ハルナが腕をつかんで止めた。
「追いかけまわらせて喜ぶつもりやが。のったらいかん」
「しかし子どもの悪戯にしては度が過ぎている! 許していいことと悪いことあるぞ。君はもうちょっとで大けがするか、下手すると死んでたんだぞ!」
ハルナは嬉しくなった。私のために怒ってくれたのか。
「いんだよ」ハルナは言った。
「怒ってムキになったらアツシ君たちの思うつぼやが」
「だが泣き寝入りするのは・・・」
「無視すんだよ。意地でもね、それこそ死ぬことになってもね、相手にせんとよ。・・・帰ろ」
二人は白い冷たい空気の中を並んで帰った。こんなふうに強い風で上空から運ばれてくる雪はつもらない。風と雪の吹き荒れる中で、コガタリが言った。
「ハルナちゃん。君がもしウルトラマンだったらどうする?」
「ウルトラマン?」
「そういう、M78星雲出身の種族が宇宙警備隊として活躍する子ども向けTV番組があったはずだ。知らないか」
「知ってるけど・・・」
「M78星雲には実際には人類は存在しないんだが、それでもなかなか興味深い話だよ。体があまりに大きすぎるのが奇妙だが、重力の強い星の人間が地球にくればあれくらいは戦えるだろう。地球は宇宙の中でも重力が軽いほうだからね。で、ハルナちゃん。もし君がウルトラマンで、地球人類よりもはるかに強い力を持っていたとしたらどうする?」
質問の意味がやっとわかったハルナは、今度は即座に答えた。
「怪獣と戦う」
コガタリはちょっとの間黙っていたが、やがて言った。
「怪獣なんかいないじゃないか」
「・・・怪獣いなかったらウルトラマンもいないんじゃん?」
「ああ・・・」
コガタリは大きすぎる目をまたたかせて言いなおした。
「言い方が悪かった。つまりクラスの中で君と僕がおかれている状況を考えてほしいんだ。他の人間から不当な暴力をうけてるだろ。精神的にも肉体的にもだ。そういう今、もし君が地球人じゃなく、本当は地球人よりもはるかにすぐれた力と知性を持った人類だったらどうする? 文化的にたちおくれて性情卑劣な地球人類に、自分たちの存在と行動がいかに下劣であるか知らしめてやるために、いくらかの制裁を加えるべきだと思わないか」
「・・・・・」
ハルナには、コガタリが何を口ばしっておられるのかさっぱりわからなかった。しかし、
「何言ってんのか全然わかんない」
などと言ったらコガタリが一生懸命一人言を言っていたことになってしまうので、
「せいさいって何するの?」
とだけ聞いた。
「力を見せるのさ。そう、何人かの腕の骨ぐらい折ってやってもいい。そうすれば自分たちが卑小な存在であることを思い知るだろう。僕がいつでもあの連中を叩きのめせたのに慈悲の心で勘弁してきたのだと知れば、自分たちが思い上がった愚かな行為をしていたことを反省するだろう」
ハルナはコガタリの大きな目を見おろした。コガタリはひどく怒っているようだった。が、ハルナはただでさえものごとを深く考える方ではなかったし、それでなくても小学生の考えることは単純だった。
「腕折るのって暴力やないと。人が暴力するからって暴力したらおんなじやわ。人のこと悪いって言えんわ」
コガタリはとたんにむっつりとして、雪を顔に受けながら歩き出したが、またハルナの方を見た。
「君の言うことは確かに正論だ。しかし、正論が常に正しいとは限らない。結果的に、それで彼らが自らの間違いを認め、正しい行いにたちもどるのならば、暴力も正当化されるはずだ」
セイトウカ?
「なんかわからんけど、人の骨折ったりしたらいかんて。いかんことしたらいかんて」
「君は博愛なんだな。僕に優しくしてくれるのとまったく同じようにアツシ君やコータロー君にも優しくできるというわけだ。じゃあ君は、もしアツシ君が川でおぼれていて、君がウルトラマンなら助けに行くのかい?」
ハルナはギョッとした。そして小さな声で答えた。
「・・・あたりまえやわ」
「あたりまえだって?」
コガタリはあきれたように叫んだ。ハルナはなんだかコガタリが恐ろしくなってきた。
「じゃあコガタリ君は助けないの?」
「助けないね」
「だって、死ぬかもしれんわ」
「死んだ方がいい人間もいる。君は悪人の命を助けることを正しいと思うのか。そのために大勢の人間が苦しめられるかもしれないんだよ」
「死ぬまで悪人とは限らんわ。いつかいい人になるかもしれんよ。生きてれば」
コガタリはまた黙って歩いた。獣道は足もとに注意しなければ木の根で転ぶことがある。コガタリは何度もつまづきながら何も言わなかった。彼がひどく怒っていることが、ハルナにはわかった。もうアツシに怒ってるんじゃなく、今はハルナを怒っているのだった。
やがて、コガタリは顔を上げた。どうやったらハルナにアツシたちをこらしめてもいいと言わせられるかずっと考えていたようだ。
「じゃあ、もしそれが自分の命とひきかえだったら? 君は助ける?」
ハルナは目をパチクリとした。
「ウルトラマンなんやろ? 溺れるの助けるぐらいで命かかったりせんわ」
「あ、そうか。・・・じゃあ、人を助けて、それでハルナちゃんがウルトラマンだと知られてしまうことになるとする。それで、正体を知られたらその罪で、宇宙のはての星くずの上にでも送られてしまうとする。それなら? 星くずの上はここよりずっと冷たくて何も見えないんだ。真っ暗で。星しか見えない。お父さんにもお母さんにも会えない。地球でできた友達とも別れなければならない。それだけの犠牲をはらっても、君はアツシ君を助けに行く?」
考えた。ハルナは考えた。十二才のひたむきさで真剣に考えた。真っ暗で冷たい星の上にたった一人・・・。コガタリ君とも二度と会えないで。ハルナの今にも泣き出しそうな横顔に、コガタリはすでに勝利を確信していた。しかしハルナは言った。
「・・・助ける」
「どうして!」
「ウルトラマンだから。だって、だいたいからウルトラマンが正体隠してるのは人を助けるためやろ」
コガタリは小さくうなった。
「・・・そうとは限らないよ。・・・・ウルトラマンは正義の味方だ。悪人を助けたりしない。僕はハルナちゃんが好きだけどね、そういうところは無節操に偽善的だと思うな」
突然、ハルナの足がピタリと止まった。コガタリはハッとした。いけない、言い過ぎた。が、ハルナは、雪のせいだけではなく顔を赤くして、言ったのだ。
「私も」
「え?」
「私もね、コガタリ君のこと好き」
コガタリは、あ、と口をあけてハルナを見上げていた。そして、ハルナに負けないほど真っ赤になって、それでも嬉しそうに目を光らせて、急いで言った。
「僕も、僕、ハルナちゃんのこと好きなんだ。生まれて初めてなんだ。こんなに人を好きになったのは」
まだやっと十二才なのに、とはハルナは思わなかった。十二才の人間にとって、十二年間というのははるかに長いみちのりだったのだから。
コガタリは、そっと手をのばして、ハルナの手をとった。そして二人は、夕焼けの中を手をつないで歩いていったのだった。
事件は、2月におこった。
その日六年生は、調理室でコロッケをあげていた。
なんでそうなったのかはわからない。ガスもれのにおいに気づくのが遅れたのか、それとも壁の中にガスもれしていて気づくことができなかったのか。
突然だった。調理室はこの世の終わりのような音をたてて大爆発をおこした。窓ガラスという窓ガラスがすべて粉々になって外にふきとんだ。爆発と同時に床に流れたおびただしい量の油に火がつき燃え上がり調理室の中に炎のうずがまいた。
カーテンも燃えあがった。
テーブルも燃え上がった。
何より子どもたちの着ている白いエプロンや三角巾が、セーターやカーディガンやスカートやパンツが一瞬のうちに火をふいた。そして髪の毛が皮膚が肉が。獣の焼ける匂いをたてて。
ハルナは、爆発にふきとばされて床に転がったまま、自分の体からふきあがる炎を見つめていた。最初の爆発のショックで、体はビクリとも動かなかった。足や手の指はもう炭になっているのかもしれなかった。
目の玉が燃える、と思った。炎の色は、赤でだいだいで黄色で青い。青い色が一番温度が高いのです。いいえそれともこれは骨の燃える色。
そして、ハルナは、炎の色の向こうから近づいてくる人の形を見た。コガタリ君だと思った。服は焼けてしまったのだろう、すっかり裸でハルナの方に進んできた。炎はコガタリの肌を焼かなかった。コガタリは焼け焦げようとしているハルナの体を持ち上げた。運ばれているうちに炎の色がなくなった。すべての青の中、ところどころが白い。
空だ。
これは空だ。外に出たのだ。
コガタリが何か言っている。聞こえない。裸のはずのコガタリの手に何かが握られている。白い、丸い、ボール? ボールがハルナの胸に押しつけられた。
それから、何も覚えていない。