プロローグ
ときたま能力を発現する人間がいることは知っていた。
テレビで有名な回復術士だったり、テロを未然に防いだ空飛ぶ超人だったり。
だが誰一人としてどのようにその力を手に入れたのかを明かす者はいなかった。
普通、こんな能力者が存在したら実験施設送りにされそうなものであるが、能力者に対して不当な扱いを行おうとした者はことごとく悲惨な死を遂げるという話もあり、彼らに対して害をなそうと思う人間は存在しなかった。
俺が能力を発現したのは本当に意味の分からない偶然だった。
道端に倒れていた見たこともない生き物の死体を覗き込んだ時、その目がカッと開いて
その巨大な口で俺を飲み込んだのだ。
気づいたら一人暮らしの自室のベットに横たわっていて、自分の内側に確かな力が備わっていることを本能的に理解できた。
能力は化物に変身することだった。
ただ、この力を手に入れてから一度も、全身を完全に変身させたことはなかった。
右手だけ、頑張って右手足を変身させた段階で、自分の思考が遠のいていくのを感じ慌ててもとに戻したのだった。
今俺は場所もわからぬ深い山奥の小屋に閉じ込められている。
手足は鉄の錠できつく拘束され、床の上には顔の届くぎりぎりのところに高カロリーなエナジーバーのような食料が雑にさらされている。
目が覚めてから一つだけ口に含んだものの、水分を持っていかれる口当たりに咳き込んで、なおかつ食用とは思えないほどのまずさにそれ以来一切口をつけていない。
目の前に置かれていた小さなモニターが鏡代わりとなって、今の俺の状態を映しだしていたが、
ぼろぼろの衣服に生傷が複数あることを見るに、どこかで争いごとを起こして隔離されたとみるのが妥当かもしれない。
ふと、そのモニタに明かりがついてぼやけた映像とともに音声が流れ始めた。
「…化物の能力を持った君へ、私たちは君の味方です。あなたに私たちを害する気持ちがないのであれば、そこであと3日過ごしてください。食料は近くに用意してあります。決しておいしくはないかもしれませんが、栄養価は高く安全は保障されているので、安心してください。今あなたは眠っているかもしれないので、この映像は12時間ごとに再生されます。それでは、お会いできる日を願っています。」
一方的に告げるとモニタの映像は落ち、元のみすぼらしい俺の姿が写った。
本来俺はそれほど怒りっぽいほうではない。
だがどうしてか、映像から感じられた上から目線な物言いが気に障ってか、化け物の力のせいかはわからないが、ふつふつと怒りがこみ上げ、それは瞬く間に沸点を超えた。
自室で変身を試したときは指先からゆっくりと、様子を見るようにしていた。
が、今はそんな気も必要もさらさらなく、一気に右手を、左手を変身させ拘束を砕いた。
足枷も両手で握りつぶし、小屋の壁をこぶしでぶち抜いて外に出た。
まぶしい光と鳥たちの声に包まれて、ようやく俺は深呼吸をした。
それと同時に、俺をこんな目に合わせた自称仲間の連中を探し出して問いただしてやりたいと、それだけを胸に山を下り始めた。
これが一度目の隔離。この時点では俺がこの後、超人含む全人類の敵として水星に隔離されるとは思ってもいなかったため
これだけでも大分ショッキングな出来事だったことを覚えている。