六人の英傑姫《ロイヤル・シックス》―王女カトレアの旅―
此処はブラスナー王国と呼ばれる国にある王城。
そこで一人のメイドが誰かを探すために声をあげていた。
「カトレア様~? どこにいらっしゃるのですか~? カトレア様~!」
「ここよ、ナトリー」
「あ、カトレア様。何で木の上にいらっしゃるのですか~! 危ないですよ!」
「あら、私が誰だか、わかってるでしょ?」
そう言ってカトレアと呼ばれた少女は木の上から飛び降り、地面に着地する。
「それで? ナトリー。何か用事があったんじゃないの?」
「そうでした! カトレア様、国王様がお呼びです」
「お父様が? 分かった。すぐに向かうわ」
「私もご一緒いたします」
「ありがとう。お願いね」
カトレアは部屋に戻って服を着替える。
ナトリーもそれを手伝い、準備を終わらせた二人は玉座の間の扉の前に移動して扉の前に立つと、門番の二人の内、一人が声をかけてくる。
「これは! カトレア王女殿下!」
「お疲れ様です。お父様は中で?」
「はい、国王陛下は中でお待ちしております。今、扉をお開けしますので!」
門番の二人は玉座の間の扉の左右それぞれの取っ手を持ち、声をあげた。
「カトレア王女殿下、ご入場されます!」
扉が開き、カトレアとナトリーは国王のいる玉座の間に入る。
左右には王侯貴族達が立ち並ぶ。
その中でカトレアは玉座の間の中央に立つとカーテシー(お辞儀の一種)をする。
ナトリーはカトレアの斜め後ろで跪いて待機した。
そのカトレアに対して玉座に座っていた初老の男性…ブラスナー王国・国王ダイナック・ブラスナーが渋い声を出す。
「…来たか。カトレア」
「はい、お父様。ブラスナー王国第二王女カトレア・ブラスナー参りました」
「うむ、今回カトレアを呼んだ理由はな…またしてもカトレアの力が必要になってしまったようなのだ……」
顔に手を当て、言いづらそうに言うダイナック。
そして、言われた張本人のカトレアは先ほどまでの凛々しい体勢から一変…皆の前だというのに頭を抱えて蹲っていた。
その様子を見て、ダイナックは言葉を続ける。
「頭を抱えたくなるその気持ちはよくわかる…が、どうにか頼めないだろうか?」
「………それで、その内容は…?」
「それはだな……」
苦笑いから真面目な顔に戻したダイナックは言葉を紡いだ。
「異界から召喚されし者…勇者のわがままを止めてほしいのだ…」
ダイナックからの予想していなかった言葉にカトレアは目を見張って口を開いたまま、固まってしまった。
その後、玉座の間から退出したカトレアとナトリーは自室に戻る為に廊下を歩く。
カトレアは国王からの思わぬ頼み事について、言葉を漏らした。
「まさか勇者召喚が隣国で行われていたなんて…」
「そうですね…今年に入ってから魔物が各地で増えてきた事といい、去年に大賢者の魔王復活の兆しありと予言された事といい、とどめに速すぎる勇者召喚とその勇者のわがままを止めて来いなんて…」
「あ~…過労死しそう。もう嫌だ~。全部ほっぽり出して旅に出たいよ~。…お父様め、毎回断れないようにわざわざ玉座の間で貴族たちの前で依頼するなんて…」
「仕方がありませんよ…いろんな意味で……それにカトレア様は六人の英傑姫の一人なのですから…いやでも周りから期待されますよ」
「その称号自体、私は要らないの! それに『万能姫カトレア』何て二つ名、嫌味か! 嫌味なのか! 私はただ、器用貧乏なだけよ!」
「器用貧乏なだけって…カトレア様が言ったら他の人はそれこそ嫌味にしか聞こえませんよ。それと、カトレア様は市民や貴族…多種多様な人達に慕われているではないですか! …他の六傑の方々と違って!」
「まぁ、他の六傑は個性が強すぎるからね…」
六傑…六人の英傑姫とはその名の通り、神々により選ばれた英雄級の才能を持つ六人の姫・王女で構成されており、六傑に選ばれると身体のどこかに六傑である事を示す紋章が現れる。
そして、現在の六傑には『万能姫カトレア』のほかに『爆砕姫・ステラ』『氷姫・ユリ』『鬼神姫・サクラ』『死神姫・アネモネ』『歌姫・ミント』がいる。
「ステラは家族思いだけど何でもかんでも拳で破壊しようとする脳筋だし、ユリは人見知りが激しくて家族と六傑以外とは緊張してまともに話せない上に相手凍らせちゃうし、サクラは見た目こそ清楚で可憐だけど中身はただの剣術馬鹿だし、アネモネは神出鬼没で基本何考えてるか分かんないし、ミントは仕事と私生活の落差が激しいから…一応歌姫だからそれでも私は一向に構わんッ!ていうファンからの人気は結構あるけどね」
「皆様は総じて絶世の美女と呼ばれる程の方々なのですが…改めて六傑の方々の性格の事を聞くと余計にカトレア様はいたって普通の…言うなれば常識人枠なのだと分かりますね」
「なんか言い方が気になるな~。まぁいいけど。…取り敢えず出立の準備をして、隣国のカルト帝国に向かうわ」
「畏まりました」
部屋に戻って再度外出用の服に着替えを終わらせたカトレアは現在、ナトリーが馬車の準備に行っているので私室の中で考え事をしていた。
(異世界から召喚された勇者…か。私は転生の方だったみたいだから、少しは思うところがあるかな)
実を言うとブラスナー王国第二王女カトレア・ブラスナーは転生者である。
ただ、前世の記憶はあまり残っていない、前世の自分の事は少ししか覚えていない。
そして家族や友達の事は何一つ覚えてはいなかった。
唯一覚えていることは前世は男性の学生であった事と短い前世で学んだ僅かな知識や経験のみ。
もしかしたら召喚された勇者は前世の自分の知り合いかもしれないが記憶のないカトレアにとっては些細な事だった。
そんなことを考えていたカトレアだったが扉を叩く音が聞こえ「カトレア様、馬車の準備が整いました」と言うナトリーの声でカトレアは座っていたベットから立ちあがると「分かったわ」と返事を返し、部屋の扉を開いて廊下に出るとナトリ―と共に馬車へと向かった。
馬車のある場所に着き、乗り込み前に王国騎士が三人がかりで持ってきたカトレアの武器…片刃戦斧・イプシロンを片手で持ち、くるりと手の平を使って一回転させた後、後ろ腰に落ち着かせる。
その様子を見た騎士の一人が声をかける。
「相変わらずの怪力ですね、カトレア殿下。私達騎士が三人が全力で持たないと抱えられないほどの重量を持つ、この国の国宝。イプシロンを片手で軽々と…」
「逆にこんな感じだから六傑に何て選ばれちゃったのよ。私達六人の英傑姫は全員が全員、一騎当千、鎧袖一触、大人の男性が何十人一斉にかかってこようが拳で返り討ちなんて当たり前の実力を持ってるんだから。…まぁ、稀に能力に全振りして戦えないって六傑はいるんだけどね」
「今代のミント様がそうですね。ミント様は癒しの歌や士気上昇の歌など、歌に能力を乗せて味方を支援する方ですから」
「それでも六傑がいる国に騎士なんていらないのでは?と、殿下を見ているとどうしても思ってしまいます…」
「何言ってるの。たとえ強くても、六傑だって人間…国を一人で護る事なんてできないのよ。ミントに至っては自分を守ってくれる人が居なかったら意味がないし…それに、今回みたいに国外に出ていくことがある。その時に民を護り、巡回して悪さする者を捕らえ、裁き、時には冒険者と協力して魔物を討伐する…国の根本を守護するのは強力な個人ではなく手を取り合って平和を守る為に戦う貴方達騎士の役目よ」
「「「殿下…」」」
「だから、私がいない間。この国を頼むわ」
「「「お任せください!! そして、行ってらっしゃいませ!」」」
騎士達三人に見送られ、カトレアを乗せた馬車は街道へと進み始める。
城門を抜け、街道に出た時、カトレアはなんとなしに馬車の窓から街を眺めて、言葉を漏らす。
「この街の景色もだいぶ良くなったわね…」
「カトレア様が街を良くする為に尽力してくださった結果ですよ」
「そうね。昔は本当に酷かったわ…帝国からの侵攻が幾度とあり、国全体が疲弊して街に活気がまるでなかった」
窓の先に幼い子供達がいて馬車に乗っているカトレアに元気良く小さな手を振っている。
カトレアは子供達に笑顔で手を振り返すと、続きを語りだす。
「だからこそ、私はそれが許せなかった。このままではこの国は衰退し、帝国に飲み込まれるのも時間の問題だった」
「だからカトレア様は動いたのですね。私も幼いころからずっとカトレア様に仕えていますけど、当時はカトレア様が何言っているのか本当に分かりませんでした」
「仕方がないわ。本来ならば幼い子供からあんな意見が出て、それが国を強くしかも良くしていくことに繋がるなんて思うわけがない」
「でも国王様はカトレア様の案を実行した」
「お父様は自分の子に甘い部分があるから。でも、それを抜きにしても当時のお父様は私が出した意見に何か感じるものがあったのでしょうね」
「その結果。帝国の侵攻は止まり、国は活気良くなっていき、カトレア様は天才児と呼ばれ、のちの六傑の一人に選ばれた」
「当時の私はただ単に旅に出たい一心で大人になるまでに国を私がいなくても大丈夫なようにしたかっただけなんだけどな~」
「あはは…私はカトレア様が何処に行こうとも、何時までもお傍におります」
「…うん。いつもありがとう…ナトリー」
カトレアを乗せた馬車は街の門をくぐり、街の外に出た。
外に出て少しした後、ナトリーはカトレアに今回の帝国の勇者召喚の件について気になったことを質問する。
「そういえばカトレア様。帝国は何故、早すぎる勇者召喚をしかも他国に報告なしで、無断で行ったのでしょう?」
「現帝国皇帝は焦っているのよ。帝国からは六傑は生まれなかった。あの馬鹿は支配欲が強い。でもそれだけで、その欲を叶えられるほどの能力が無い。先代の皇帝の方がかなり厄介だったわ」
「先代皇帝は当時の幼いカトレア様と競い合って、最終的に病に倒れ、カトレア様が勝利したのでしたね」
「相手が病に倒れなければ、負けていたのは私の方だったわ。だからこそ、あの人の息子である現皇帝には正直物足りなさしかないのよね。後、今回の勇者召喚は強い駒を自分たちの手に持ちたかっただけってところかな」
「でもそれなら何でカトレア様を帝国に呼び出すような真似を?」
「あの馬鹿は私にご執心だから。勇者を餌に私を帝国に留めておいて、出来るならそのまま…。他の人でも簡単に考え着く、浅はかな策ね」
「成程…では、勇者の性格って…」
ナトリーが言葉を続けようとしたその時、御者から「敵襲ー!!」と大きな声が上がる。
窓の外を見ると周りの草むらから顔つきの悪い男連中が出てきて、馬車を取り囲んで広がっている。
「そういえば、ここら辺に最近盗賊が出没するって話があったね。それがこいつらか」
「どうします? もう囲まれてますよ。奴らがおとなしく道を開けるとは思いません。まぁ、カトレア様がいれば何も心配することないですけど…むしろ相手が可哀そう」
「…放置すればここを通る商人や旅人達が襲われる。手っ取り早く片付けちゃおう。御者さん中に入ってください」
「は、はい」
御者が馬車の中に入ってきたとき外から盗賊の声が聞こえてくる。
「へへへ、隠れても無駄だぜ~? おとなしく出てきて、中にいる貴族様と荷物を差し出せば命だけは助けてやるぜ~?」
「自分たちが襲っている者が何者かもわかっておらず調子に乗ってますね」
「そうね。…私が出るわ。ナトリーは御者さんをお願い」
「畏まりました。お気を付けて」
ナトリーの言葉に頷くとカトレアは馬車の扉を開いて降りる。
「………」
「お頭、出てきましたぜ」
「ほう、これは随分な美人さんが出てきたじゃないか。…うん? どこかで見覚えがあるような……」
「そんなことより、早く終わらせちゃいましょうぜ。この依頼をしてきた奴に感謝ですね」
「依頼?」
「余計なこと言ってんじゃねぇ! 悪いな嬢ちゃん。恨むんなら自分の運の悪さを恨みな! お前ら捕らえろ!」
盗賊のお頭が腰の剣を抜き、自身の配下に命令する。
それを合図に一斉に襲い掛かってくる盗賊たちをカトレアはイプシロンを後ろ腰から手に持つと迫ってくる盗賊に向かって振るい、盗賊達をまとめて吹っ飛ばした。
「何だと!? 全員吹っ飛ばした!?」
「お、お頭!」
「……思い出した。どこか見覚えがあると思っていたが…片刃戦斧を軽々と使い、今気づいたが、脇腹に六傑を示す紋章がある。最悪だ…よりにもよって万能姫を依頼とはいえ襲い掛かるなんて…」
「その依頼した人物について話してくれるなら、半殺しで済ませてあげますがどうします?」
「魅力的な提案だが…こっちにもメンツというものがあるんだ。…が、流石に六傑相手ではメンツも何もないか。なら、悪いが逃げさせてもらう!」
そう言うが否や速攻で背を向け、逃げようとした盗賊のお頭だったが…
「ギャー―!」
「!? オイ! 何があった!?」
「お、お頭! 帝国の奴らだ! 帝国兵が後ろから襲い掛かっ…て…」
盗賊のお頭に報告に来た盗賊の一人が言葉の途中で後ろから切られ、最後まで言うことが出来なかった。
盗賊を切った人物は黒髪で軽装に魔力を纏った剣を持っていた。
「っ! 何者だ!?」
「盗賊相手に名乗る名前なんてない!」
「そうかよ! だがな、今手前の相手をしている暇はねえんだよ! どけぇ!」
盗賊のお頭と帝国の兵と思われる人物が戦い始めた。
突然の展開にカトレアはついていけないでいた。
「ええ…何この展開…」
「大丈夫ですか? カトレア様」
「うん、狙ったようなタイミングで帝国兵が来たからね」
「それにしても何者でしょうか? あの黒髪の騎士は、帝国兵の中で少なくとも私には見覚えはないですが…」
「私にもないよ。それにこの時期に新たな兵を募ったっていうことは無いだろう。なら、後は消去法でいけば…」
「あれが…勇者ですか」
ナトリーの視線の先では盗賊のお頭と切り合っている勇者の姿。
その勇者の姿を見て、ナトリーは更に言葉を漏らす。
「まさか女の子だったとは…」
「見た目や性別はともかく、あれが勇者なのは間違いはないだろうね。召喚されたばかりであれほど動けるとは」
「残りは勇者以外の帝国兵が相手にしてますね。何もしなくてもよくなりましたが、どうします? カトレア様」
「この感じを見るに帝国兵は容赦なく盗賊達を殺っているし、依頼した人物について聞くことはもうできないみたいね。…馬車の中で終わるまで待ってようか」
「承知しました」
その後、そんなに時間はかからず、盗賊達は全滅したようだ。
それを見届けたカトレアは馬車から出ると勇者と帝国兵に感謝を述べる。
カトレアからの感謝に勇者は照れているようであり、帝国兵は膝をついて頭を下げたまま動かなかった。
その後は何事もなくカトレアは勇者と帝国兵を連れて帝国に入国し、カルト帝国現皇帝と謁見を行い、つつがなく進行。
皇帝はしつこくカトレアを誘ってきたがそのこと如くを一刀両断して現在、カトレアはナトリーと共にカルト帝国の城下町を散策中である。
その散策中にカトレアにとって、大切な存在と再会する。
「あら? 久し振りね、カトレア」
「お師匠様!」
カトレアが師匠と呼んだこの女性の名はアヤカ・イグネイシス。
この大陸で9人しかいない魔女の一人で、カトレアの師匠であり、カトレアが転生者であると知っている唯一の人物でもあり、彼女自身も転生者だ。
「こ~ら、お師匠様じゃなくて普通に呼んでって言ってるじゃない」
「すいません。それで、綾香さん。どうして帝国へ? 確か、前に手紙を貰った時は帝国から正反対の方角に位置する国にいましたよね?」
「帝国が勇者召喚を行ったって知り合いの魔女から聞いてね。旅の途中だったけど、件の勇者様ってやつに会いに来たのよ。カトレアこそどうして帝国に?」
「その勇者に関しての事でちょっとお父様に頼まれまして…」
「ということはもう勇者には会っているってこと? どんな子だった?」
「普通に日本の女子高生のようでしたが…話してみて分かったのは、名前は姫宮静流、弓道と剣道有段者のようで、性格は真面目で優等生って感じました。人を疑う事はまず、しなさそうです」
「そう、帝国にトコトン利用されそうな子ってことね」
「実際もう利用されてますからね…」
カトレアは現皇帝との会話を思い出し、げんなりした顔をしている。
そんな顔をしているカトレアを無視して、アヤカは話を続けた。
「勇者がどんな道を進もうとも私には関係ないけど…元とはいえ同じ日本人だし、少しは協力してあげないとね」
「…そうですね。帝国と勇者は勇者装備を集め始めるでしょうし、いくつかは手伝うとしましょう」
「かつての勇者達が残していった勇者装備。一番近い場所にある勇者装備は何だっけ?」
「ここから一番近いのは南東方面にあるランデル共和国。そこに聖鎧がありますよ。鎧と言ってもフルプレートではなく、兵士とかがよく使う胸当てと垂(腰に巻く防具)と肩当てがセットになっている装備らしいですが」
「そっか。物語とか小説とかの定番である聖剣はどこら辺にあるの?」
「聞いた話ではここからはるか北に行った先にある一年中雪が降り続け、更には人を迷わせるとされている森。通称白銀迷宮の森と呼ばれる何処かにあるとされてます」
「めんどくさそうな場所にあるのね。盾と…後は籠手と具足があるはずよね?」
「はい、盾は西の方角に位置するそれぞれの小国が集まって出来ている連合国家オルムトラに…籠手と具足は遥か極東の地、剣聖国家カムイにあります」
「剣聖国家カムイ…あそこは日本の江戸時代に似てるらしいし、早く行ってみたいわ」
「私もです。…話を戻して、この内のどれを手伝いますか?」
「まずは近場から行きましょう。南東にある聖鎧を手に入れてから、カムイに向かお~!」
「どんだけ行きたいんですか…まぁ、いいです。それでは勇者を連れて勇者装備を集めに行く旅に出ることを皇帝に伝えてきます」
「よろしくね~♪ あ、後。私は今ここに泊まってるから」
そう言ってアヤカは現在泊まっている宿をカトレアに教えると気分よく手を振って人混みの中に紛れていってしまった。
それを見送ったカトレアはずっとそばに気を利かせて黙って控えていてくれたナトリーに謝った後、勇者と皇帝に話を付ける為、王城へと向かった。
その後、皇帝と再度対面したカトレアは勇者を連れて勇者装備を集めに出ると脅…説得して何とか了承を得ることに成功する。
カトレアは了承を得た後、そのことを自分自身で伝える為に勇者…姫宮静流の部屋にやってきた。
「…というわけで、召喚されたばかりの貴女には悪いけれど勇者装備を集めの旅に出てもらいます」
「それは別に構いません。けど…」
「どうしたのですか?」
「この世界に呼ばれたばかりの私に他の勇者が残した装備なんて扱えるのでしょうか…」
「聖剣なら確かに今の貴女では扱えないでしょう。でも防具は装備するのに特殊な条件はないと聞きます。なので大丈夫でしょう」
「そうなんですか…」
「不安なのはわかります。なので今回の旅には私と私のお師匠様が付き添います。道中鍛えてあげますよ?」
「良いんですか?」
「私達にとっても…特にお師匠様にとっても悪い話ではないですから…もちろん貴女にとってもね」
「? いえ、それよりも気になっていることがあるんですが…」
「何でしょうか?」
「私が召喚された理由です。皇帝陛下のお話では魔王や魔族、魔物の脅威から世界を護る為と聞きましたが…」
「魔王…ね。確かにそんな名を名乗って攻めてきた魔族はいましたが…私達六人の英傑姫がぶっ飛ばして魔族とは不可侵条約を結んでいますから。現在脅威なのは魔物だけです」
「ぶ、吹っ飛ばして? ではなぜ私は呼ばれたのでしょうか」
「――国を治めていくにはいろいろ大変なんですよ」
「はぁ、そうなんですか…」
よくわかってなさそうな静流をそのままに翌日のお昼に出発と伝え、カトレアはアヤカのいる宿に行き、そこで何故かアヤカと一緒のベットで寝たのだった。
翌日、アヤカと共に勇者の待つ帝国王城へと向かう。
王城前の扉まで行くとそこには勇者静流と何人かのメイドと騎士と移動するための馬車が止まっていた。
「あ、来ましたね。まだ出発までは時間がありますけど…それとその隣の人が昨日言っていたお師匠様ですか?」
「そうですよ。私の師匠、アヤカ・イグネイシスさんです」
「初めまして、綾香よ。よろしくね。日本の学生さん?」
「……カトレアさんと自己紹介した時に感じていた違和感とアヤカさんの名前。そして今の言い方で何となく察しました。お二人共もしかして…?」
静流のその疑問に綾香は静流に近付いて耳元でこう答える。
「その通りよ。私達は転生した元日本人…カトレアは記憶がほとんど残ってないけどね」
「………」
「詳しい話は馬車の中で…ね?」
「…分かりました」
その後、何事もなく出発の時間になり、帝国が勇者専用として作ったという馬車に乗り込んだ三人。
ナトリ―に御者を任せ、カトレアとアヤカは静流の疑問に答えていく。
その代わりの条件として、アヤカは静流に現在の日本はどうなっているのか…そして、アヤカの生まれた家は有名な金持ちの家柄だったらしく自分が死んだ後の家の様子を聞いていたりした。
カトレアは特に記憶も残ってないので質問すること無く、楽しそうに会話する二人の話をただ黙って聞いていた。
そして、視線を馬車の外に移したカトレアはゆっくりと流れていく景色を見ながら言葉を漏らした。
「…今回の旅はとても騒がしく…そして、とても楽しくなりそうね」
それは楽しそうに、とてもいい笑顔でカトレアは言うのだった。