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アニオタが異世界転生しようとして普通に死んだ件  作者: オタックスF2型
第1章 Avant-title
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第5話 染

第5話 染


「オタクのくせにやるじゃん!」


その女子高生は口に咥えていた食パンを右手でそっと取り除くと、拍子抜けするような声で、明るく僕の問いかけに応じた。


「寧ろ、オタクだからこそかしら?」


なんだこの女。


さっきから僕のことをオタク呼ばわりしやがって。


「違うんか?」


いや、違わないけどさ。


えっ…?


いつの間にか、思ったことが口に出ていたらしい。


「この状況でも冷静にアニメと現実を混同して分析するあたり、アンタってホントに筋金入りのアニメオタクよね!ちょっと鳥肌立ったわ…」


それはもちろん僕の知性の高さに驚いて鳥肌が立ったという意味で、僕の気持ちの悪さに鳥肌が立ったのではないということを念のために申し添えておく。


引きつった笑顔を見せる凛奈に僕は心の中で問う。


「…どうしてこんなことを?…」


「…君は一体何者なんだ?…」


凛奈は右手に持っていた食パンを頭に乗せて、そのまま人差し指を立てると、僕の向かい側にある3番線ホームの黄色い線の外側をゆっくりと歩きながら答える。


「アンタ馬鹿?」


「私はアンタの幼なじみ、そうでしょ?」


「自分で設定作ったくせに忘れるとは良い度胸ね。」


「…でも、あれは夢で…」


と心の中で僕が反論しかけると凛奈はすかさず応答した。


「2次元と3次元を混同しているオタクのくせに、夢と現実を分けて考えるなんて不合理だと思わない?」


「そもそも、今アンタが目の当たりにしているこの世界が現実という保証はあるの?」


「ここは夢で、今朝アンタが夢だと思っていたものが、実は現実かもしれないじゃん。」


「アンタにそれが判断できんの?」


そんなの屁理屈だ。

と僕は無言の反論をする。


脳波を使えば科学的に夢か現実かを証明することはできるし、痛覚や味覚といった感覚神経を利用することでも、容易に区別がつく。


そして何より、辛い方が現実で、僕の嫁であるエミリアたんがいる画面の向こう側が夢なのだ。


「…何が現実で何が夢かなんて考えるまでもない…」


「…常識的に考えれば僕が女の子と会話できるのは夢ぐらいのものだ!ドン!…」


「そんなに誇らしく言うセリフじゃないと思うけど…。」


「じゃあ、アンタは今まさに、この状況も夢だと思ってるわけ?」


「…それは…」


凛奈はホームを行ったり来たりする足を止め、空にへばりついた雲を見上げると、諭すように言った。


「人は常識という限られた思考の檻に閉ざされて生きてる。」


凛奈は唐突に意識高い系になっていた。


「…なんか急に空気変わったけど、どうした?…」


「私が何者か知りたいんでしょ?」


「だったら黙って聞きなさい。」


そもそも聞く以外の選択肢を僕は持っていないようだ。


凛奈の独演は続く。


「自由を奪われ、光を失い、誰かが作った価値観の言いなりになって暮らしてる。」


「それを当たり前だと思って、疑いもせず。」


「中には、自分らしさや個性を叫ぶ者もいるけど、そんな言葉に踊らされる様はまるで無個性のバカ。」


「結局のところ、『自分は人とは違う』と思って生きてても、敷かれた常識というレールを大きく外れて生きることはできないのよ。」


「生まれてから死ぬまで、調和と安寧を保持する為だけに全力を尽くすしかないの。」


「そんな世界、アンタはどう思う?」


「…堪らないなぁ…」


「…そんな世界は間違っている様な気がする…」


「…ケモ耳も尻尾も無い人間だけの世界なんて…」


「…魔法少女や天空から降ってくる女の子がいないこの世界なんて…」


「…!…」


「…!!!…やっぱりどう考えても間違っている!!!ああああああ!!!!!!!…」


僕は心の中で強い思いを込めて、凛奈の問いかけに答えた。


「そんな世界観の話はしてないんだけど!話聞いてた?」


「あと脳に直接語り掛けるやつを、興奮しながらするのやめてくれない?脳が震えるのよ。」


凛奈は豚を見るような目で僕を厳しく嗜めた。


「…わ、分かったよ…」


凛奈は僕を鋭く睨みつけながらも、不満そうに話を続けた。


「まあ、アンタの結論だけは正しいわ。」


「常識から逸脱することを許されない世界。

やりたいことが出来ない、言いたいことも言えない、そんな世の中は間違ってるし、それは人間にとって最早毒そのものよ。」


「そんなつまらない世界に長く居たら、人はどうなるかわかる?」


「…反町になる…」


「ん?ソリマチ?」


「…いや、何でもない。どうなるんだ?…」


「NPCになるのよ。」


「もうほとんど、この世界の人間はNPCになってしまったわ。」


「そして一度NPCになると、二度と元の人間には戻れない。」


「そのまま、残る数少ないNPC化していない人間たちをも巻き込みながら、その数を増やし続けるだけ。」


「さながらウィルスのようにね。」


「…そんな…」

「…じゃあ僕も既に、NPCなのか…」


「バカ!アンタみたいなのがNPCだったら、この世界はサービス終了よ!」


「ちょっとは自重しろ!」


何を自重すれば良いのか。僕には皆目見当もつかなかったが、彼女はビシッと人差し指を僕に突き付け、得意げな顔をした。


そして、腕を組み、仁王立ちで話を続ける。


「NPCは同質性と秩序を保持しながら活動するという特性によって、この世界の『均衡』を支えてるの。」


「謂わばこの世界を持続可能なものにする為の、重要な歯車みたいなものね。」


「だからアンタみたいに2次元と3次元の区別もつかないような人間がNPCになったら、たちまちこの世界は歯車が噛み合わなくなって、秩序が崩壊するわ。」


この世界はNPCのおかげでSustainable Ddevelopment(持続可能な開発)が達成されているらしい。


とすると、SDGsを仕切に唱えるうちの社長は間違いなくNPCというわけだ。


「まあ逆に言うと、そんな『普通ではない』アンタだからこそ、この毒性ウィルスが蔓延する世界でもNPC化せずに、自我のある人間として存在し続けてるのかもね。」


「…この世界のほとんどの人間がNPC化していると言われても、にわかには信じ難い…」


「…だが、言われてみれば思い当たる点も少なくないな…」


「…例えば、僕が電車でJKの隣に座れば、そのJKは必ず迷惑そうに席を立つし、僕が繁華街を歩けば、必ず謎のアンケートへの協力やアクセサリーの購入を求めるお姉さんたちが現れる…」


「…それこそゲーム序盤、プレイヤーが最初に訪れる村の住人たちのように、彼女たちは決まった反応を僕に示す…」


「…いつも現実で起こるこの摩訶不思議な現象に違和感を覚えていたが、その答えは『彼女たちがNPCだったから』ということを知って納得したよ…」


「え、え、ええっ!納得しないで!」


「それアンタが人間として避けられていて、財布として集られてるだけだって!」


「つくづくアンタは悲しきモンスターみたいな人生を歩んでるのね…」


「まあそんな事はどうでも良いの。」


「…おい、どうでも良くねぇよ…」


「とにかく、NPCはある時期から急激に増え始め、今やその数は人間のそれを優に超えてる。」


「そして、そのことが、この世界やその住人である人間にとっては有毒になっている。」


「…NPCが増え過ぎたことにより、本来自由なプレイヤーであるべき人間が自由を奪われ生きづらくなっているということか?…」


「そうね」


確かに、さあ此処から冒険だ!って時にどこまで行ってもスライムどころか、同じことを繰り返し話す村人NPCばかりが出てきたらゲーマーはストレスで死んでしまうかもしれない。


いや、寧ろその不気味さに恐怖し、自分の脳がおかしくなったのかと疑ってしまうやもしれない。


「…そう言う点で、この世界は異常なんだね…」


「…だけど、そもそも何故NPCがそれほどまでに増えているんだ?…」


「…NPCが急増したと言っていたけど、その原因は?…」


「…それと、君が僕の前に現れた理由は?…」


よくわからない話を聞かされても、二次元美少女が出てこないなら、まさに馬の耳に念仏。


いや、豚の耳に念仏。


なぜ夢の中の彼女がここにいるのか。

僕はそれを知りたかった。

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