第4話 動
第4話 動
間違いない。
今、この瞬間に時間停止系の能力者が時を止めているのだ。
なぜ突然能力者が現れたのか。
それは今のところ不明だが、アニメでは割とよくあることなので、間違いない。
では能力者はどこに?
僕はこの止まった時の中で二つの仮説を立てた。
①「僕自身が能力者である」
このパターンは割とラノベでよくあるシチュエーションだ。
つまり、平凡な人間が窮地に陥った時、不思議な力が発現し、その力のおかげで窮地を免れた後、世界を賭けた大いなる戦いに巻き込まれる系のやつである。
これは合理的な仮説だろう。
ほぼ死んでいる状態も窮地と呼べるのならば、僕の体が本能的に防御反応として時間停止系の能力を無意識に発動させていてもおかしくはない。
そして、これならば、時間が停止したタイミングが自殺を図ったタイミングとほぼ同時であることにも納得がいく。
だが、仮説はもう一つある。
②「僕以外で能力者がいる」
要は先ほどとは異なり、時間停止系の能力者の誰かがいて、そいつが能力を発動した。
そして、なんらかの理由で僕は意識を持ったまま、その能力に巻き込まれてしまったという考えである。
僕の飛び込み自殺と時間停止のタイミングが一致したのは偶然なのかもしれないし、その能力者が意図したものかもしれない。
何れにせよ、僕以外の誰かが時間を停止させた可能性だって十分にある。
僕はそれぞれの仮説を吟味した末に、結論を出した。
僕は仮説「②」を支持する。
その理由は至ってシンプル。
それは「僕が動けない」から。
そもそも時間停止系の能力者がいるとして、その当事者が時の止まった世界で動けなければ、その能力に何の意味があるというのだ。
それじゃあ、1年の半分以上を湯船で過ごしているであろう、お銀や静ちゃんの入浴シーンだって覗けやしない。
つまり、時を止めても、その行為者が動けないのでは、あまりに夢がないし、何より能力としての体をなさない。
仮説①が正しいとすると、僕は自分で時間を停止させたくせに、その時の止まった世界で動くことができないオタクということになる。
動けないオタクはもはやオタクとは呼べず、ただの豚である。
ナンセンス。
そう言うわけで、消去法で仮説②が正しいということになる。
さて、仮説通りに能力者がいて、それが僕以外だとする。
そうすると、その能力者はどこの誰なのだろうか。
なんて疑問が普通は湧いてくるだろう。
だが、僕は「普通の人間」とは違う。
僕は「アニオタ」だ。
だから、僕は既にその答えを知っていた。
まず、どこにいるかは割と簡単な話である。
能力者は「ここ」に居る。
その理由も至ってシンプル。
それはやはり、「僕が動けない」からだ。
つまり、僕は今まさに死につつあるが、時が止まって動けないおかげで、死んではいないということ。
痛みは感じないが、体は列車に接触した際に大きく損傷し、骨も肉もぐちゃぐちゃになっている。
リアルに首の皮一枚で繋がっているような状態だ。
しかし、まだ意識はある。
肉体的にはもう再生できない状態で、死んでいると言っても差し支えないだろう。
だが、精神的にはまだ生きている。
すなわち、時が止まり、自らの肉体の崩壊が止まることで、僕は半分死んでいて、半分生きている奇跡的な状態を維持しているということである。
そんな絶妙なタイミングで偶々、能力者が時間停止能力を発動した上、その時が止まった世界で僕が偶々自我を保てているなんてあまりに話ができすぎている。
そう考えるよりも、僕以外の何者かが、この状況を目の当たりにし、その能力によって僕が死亡するのを阻止したと考える方がずっと自然である。
もしそうだとすれば、能力者は僕の身に危機が迫ったことを察知して助けてくれた命の恩人ということになる。
僕は助けて欲しいなんて、一言も言ってないんだからね!
なぜ能力者が、わざわざそんなことをしたのかは分からない。
でも、どいうわけか一時にせよ、僕を見守ってくれていたのだ。
そして、僕を見守るには、僕が見える位置にいなくてはならない。
つまり、それはある一つの事実を意味する。
「能力者は『死人』同然の僕を『視認』できる範囲に居る」ということ。デュフッ。
逆に言うと僕からもその能力者を視認できる距離に居るということだ。デュフッ。
さて、これで能力者の居場所はある程度特定できた。
この駅に居る誰かが、能力者の可能性が高いということである。
残る問題はそれが誰か、ということになるが。
ここまでまくれば、あとは朝飯前。
ちなみに今朝は、最後の晩餐として、食パンを咥えて街のあらゆる角という角を曲がったので、朝飯後ではある。
どうでも良いが、朝食だから最後の朝餐が正しいのだろうか。
朝餐は朝シャンみたいで、あまり格好良くないので、やはり最後の晩餐にしておこう。
ちなみに最後の晩餐はチーズ牛丼だった。
兎にも角にも僕は電車に跳ねられ、体操選手ばりの前方伸身宙返り3回ひねりで回転した後、プラットフォームを見下ろす姿勢でぐちゃぐちゃになって宙に浮き固まっていたので、阿鼻叫喚する人々の顔をじっくりと眺めることができた。
スマホを僕に向ける者。
駅員を呼ぼうとする者。
非常ベルを押す者。
目を手で覆い隠す者。
指を指して笑う者。
NPCのくせに、その表情や仕草のバリエーションの豊富さには感服すら覚える。
だが、やはりNPC。
一見、皆個性があるように見えるが、その実、反応が余りにもありきたり過ぎる。
しかし、その中で唯一、異彩を放つ者がいた。
「…聞こえますか?…」
「…今、僕はあなたの脳に直接語りかけています…」
「….凛奈、聞こえますか?…」
僕は心の中で、雑踏に隠れながら食パンを咥えて立ち竦む女子高生に呼びかける。
凍りついたように微動だにせず、無表情だった凛奈は、たった今、魂が宿ったように動き出す。