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アニオタが異世界転生しようとして普通に死んだ件  作者: オタックスF2型
第1章 Avant-title
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第2話 死

第2話 死


「さてと…」


いつもの様に出勤コースを辿るべく家を出る。


足早に最寄り駅まで駆け込み、改札を流水の如く流れる人混みに紛れて通過。NFCに感謝である。


そして雑踏の中をただ一点、トレインを見つめて走ってゆく。


息を切らしながら開いた扉に入って行けば、そこにはいつものメンバー、「いつメン」が居た。


五木(いつき) 未来(みく)

大前(おおまえ) (たけし)

四条(しじょう) 美保(みほ)

王寺(おうじ) 英明(ひであき)

そして、

斎藤(さいとう) 駿(しゅん)


こいつらとは腐れ縁みたいなもので、付き合いは長い。


「よぉっ!」


と挨拶を交わす代わりに

「ゼーハー、ゼーハー」

とオタクの粗い呼吸を着座の彼らに吹き付ける。


もちろん彼らは僕にとって赤の他人で、本当の名前は知らない。


僕の趣味は知らない人に名前をつけること。


そう、繰り返す様だが、僕は社会的に少しヤバめのやつなのである。


そうしているうちに、朝一番の仕事の時間がやってきた。


揺れる電車の吊り革に片手でぶら下がりながら、僕はiPhoneを操作する。


素早く画像フォルダにあるお気に入りの2次元美少女を選択して、「五木」、「大前」、「四条」、「王寺」、「斎藤」にエアドロで送り付ける。


そうすることで、彼らは目の保養ができ、

「今日一日がんばるぞい」できるのだ。


そう、これは殺伐とした世の中に対するアンチテーゼであり、善行なのだ。


2次元アタックを受けて、すぐに反応を示すのは「五木」。


彼女は怪訝な表情をしながら犯人を探して周囲を睨みつける。


尤も、こう毎日続けているとそろそろ犯人の目星は付いているらしく、専ら僕を睨みつける時間が長くなっているのは気のせいではないだろう。


次に反応を示すのは「大前」。


彼は少し眉を潜めて、直ぐに画像を消す様なそぶりを見せるが、警戒しているのか周囲を見回す様なことはせず、冷静に対処するだけ。


端的に言ってつまらない男だ。


そして、社会人カップルの「四条」と「王寺」は顔を見合わせるとキャッキャと年甲斐もなく楽しそうにイチャイチャ騒ぎ出す。


最初のうちは2次元の崇高さを理解しての行動かと思ったが、どうやら違うらしい。


彼らはただイチャイチャしたいだけなのだ。


良い年した社会人が電車でイチャイチャするなんて、みっともないったらありゃしない。


僕はそういうのは嫌いなので、明日はグロ画像を送るつもりでいる。


でもそれは不可能かもしれない。

結局のところ何をしても愛は不滅なのだ。


そして一番最後に反応を示すのが、斎藤。


彼は口元をぴくりと動かし、アハ体験の如く、ゆっくりと口角をあげる。


間違いない。斎藤は同類だ。


2次元の良さを知る者。

そこに悪い奴はいない。


さてさて、愉快な他人とはこれでお別れ。

現代の荷馬車は労働市場へと到着する。


プシューっという炭酸飲料、もしくは水素水のボトルを開けたみたいな音と共に荷馬車の鋼鉄のドアがガタガタと開き、人々を市場へと駆り立てる。


そして僕は覚悟を決めて心の中でツイートを投稿する。


「さぁってッ!!」


「いっちょ行きますかッ!!!」


「あの世へッ!!!」


そのまま荷馬車から飛び出した僕は3番線側のホームに降り立つと、そのままの勢いで向側4番線へ向けて人混みの中を駆け抜ける。


ホームに溢れる人々は、僕の体が激しく触れる度に、迷惑そうな顔をする。


だが、NPCの気持ちなんて知ったことではない!


どうせ僕以外は偽物なんだ!

僕だけがこの世界の本物なんだ!


なのに…なのに…


どうして、次元を超えられないんだ!


僕の望みだ!僕の世界だ!


それなのに、なぜ思う様にならない!


間違っている!

間違っている!


せき止められていたフラストレーションは止めどなく溢れ出る。


これには黒部ダムもお手上げだ。


「この世界は間違っている!!ああああああ!」


そう叫びながら3番線8:35発の静的列車から飛び出し駆ける僕は、4番線8:35着の動的列車をなおも一直線に目指していた。


その走りはだらし無く、口元には涎が垂れ、額に滲むは大粒の汗。


誰しもが恐怖と驚きと嫌悪の入り混じった表情を僕に向けた。


だけど、肝心の僕は笑っていた。


生まれてこの方、走っていて楽しかった思い出などない。


いつもかけっこでは最下位。

リレーでは決まってチームのお荷物。


僕のせいで勝てなかったリレー競争は数知れず。


小6の運動会では、嫌がらせでクラス対抗リレーのアンカーに任命され、ぶっちぎりの最下位。


なのに、その哀れさのあまりに万雷の拍手を保護者の皆さんからいただいた時には、穴があったら入りたいほどだったとリトル僕は語る。


リトル僕は、今やビッグボーイ。


穴があってももう入らないだろう。


僕はもともと運動神経があまり良い方ではなく、腕を無駄に大きく左右に振り、踊るように走る様は不格好極まりなかった。


加えて、食べ物に恵まれて育ったがために、僕は俗に言うわがままボディであった。


だから、付けられたあだ名が


「踊る大パパイヤポンポコリン」


だったのも納得がいく。


時に小学生というものは残酷になるのだ。

いや、それが人間の本質なのかもしれない。


結局そのせいで以降の中学・高校で、僕は「鈴木」と呼ばれて過ごしてきた。


「パパイヤ」を失ってしまっては、最早ただの名字。


ことの経緯を知らない他の学校出身の生徒たちの中には、本気で僕のことを「鈴木」なる人物だと勘違いしていた者も少なくなかったのは言うまでもない。


ただ、英語教師の「Green先生」に名前を間違えられた時には、さすがの僕も「get angry」だった。


ここが駅のせいか、つい話が脱線してしまった。


あるいは、これが走馬灯というやつなのかもしれない。


尤も、今の僕には走豚灯の方がしっくりくるのだが、そんなことはどうでもいい。


とにかく僕が言いたいのは、人生を通してずっと大嫌いだった走るという行為を、今生まれて初めて楽しいと思えているということだ。


死ぬ間際に、生まれて初めての感覚を体験するなんて。


これだから人生は分からない。


そして、分からないから辛いこともある。


そんなことを0コンマの世界で考えながら、怪しげな笑みを浮かべて走る僕。


その瞬間を一言で表すのならば、


「最高にHighッ」


てやつだった。


そして僕は死んだ。

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