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アニオタが異世界転生しようとして普通に死んだ件  作者: オタックスF2型
第1章 Avant-title
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第10話 抗

第10話 抗


「…4億手先を読める天才棋士が居たとしても、この局面を挽回することは難しいだろうね…」


これは詰んでいる。


世界の不安定化の根本的な原因である異世界が存在し続ける限り、復元引力によってやがて世界が終焉を迎える。


そうでなくとも、強毒化したNウイルスによって人類が死滅するのは時間の問題だ。


抜き差しならない状況とはこういうことを言うのだろう、などと僕は小並感を覚えたが、他に思うところは特に無い。


結局のところ、死際にある僕にとってはどうでも良い話なのである。


しかし、凛奈は世界終焉の危機が全人類共通の普遍的課題であると主張するが如く、勇み立った様子で演説をしてみせた。


「まだ、詰んではいないわ!」

「4億手で駄目なら6億手先を読めばいいのよ!」


「復元引力の問題もNPCの増加問題も、要はこの世界の不安定な状況を根治させれば全て解決するってこと」


「そこで、さっき言った異世界管理委員会の登場よ!」


「…そうそう、その管理委員会ってのは何なんだ?…」


「異世界管理委員会は通称PUMC(パンク)と呼ばれる起源世界の国連組織のことね」


「彼らの最終的な目的は全ての異世界を本来あるべき元の一つに戻し、世界を安定化させること」


「しかし、実際問題、数千存在する異世界を即座に一つに戻すことは不可能」


「だから、まずは起源世界との乖離が小さく、比較的シンクロ率が高い考えられる48の異世界を起源世界へシンクロ融合させることが、彼らのノルマになっているわ」


「…もしかしてPUMCの正体は、眼鏡とスーツが良く似合う敏腕プロデューサーと、彼が率いるアイドルグループじゃないだろうね?…」


「そんなわけないでしょ」


「にしても、やけに具体的な人物像ね。何か思い当たる人達でもいるの?」


「…僕はアニオタだから、そっちのフィールドにはあまり詳しくないんだ…」


「…そんなことより、異世界と現実世界のシンクロなんて、そんな簡単にできるの?…」


「いいえ。きっとそれなりに難しいはずよ」


「…難しいはずって他人事みたいじゃないか…」


「だって私はPUMCじゃないもの」


「…え…違うのか…」


「…てっきり君の正体がパンクで、そのミッションの為に僕へ接触して来たのかと思ったよ…」


「まあ、当たらずとも遠からずね」


「でも私とPUMCは全くの無関係よ」


「そもそもPUMCは謎の多い組織で、その存在と目的以外は全て機密扱いされているの」


「だから、具体的にどのような手段で異世界を起源世界へ融合させるのかも不明」


「そうやって謎に包まれた組織故に、黒い噂も少なからずあるわ」


「実は彼らは異世界において、NPC化していない数少ない人間を見つけては、殺して回っている、とかね」


「…それは酷い噂だ。そんな事して何の意味があるんだ?…」


「『観測者である人間を失えば、その世界は消滅する』という世界の性質を利用して、異世界を人為的にNPCだけにして、一つずつ消滅させることで、最終的に起源世界だけを残して安定を取り戻す、という理屈だそうよ」


「もちろん、そんな非人道的な行為が許されるはずはないし、仮にそのような悪行が表沙汰になれば、起源世界は暴動で溢れ返るでしょうね」


「そうなれば、世界終焉の日が早まるなんて元も子もない事態も起こりかねない」


「だから、あり得ない馬鹿げた話なんだけど、そんな噂が出るほどに、彼らは秘密主義ということね」


「まあ、世界の未来はそんなPUMCに任せて、後は彼らの成功を待つしかないわね」


フラグが旗を振って教えている。

黒幕はここに居ると。


「…絶対黒幕PUMCだよね?…」


殺し屋集団が異世界旅行するアニメなんて、いくら異世界系が流行る業界でもBPO的に放送できないのではないか。


「…PUMCという製作委員会は本当に全幅の信頼をおける組織なのかい?…」



「製作委員会?」

「PUMCは異世界管理委員会よ」


「それぐらいのことは、そのアンタのちっぽけな脳みそでも覚えられるでしょ?」


どうやら薄々感じてはいたが凛奈にはツンデレ属性があるらしい。


ちなみに、今のところ僕は彼女のデレを感じた瞬間はないが、仕事終わりに飲むビールが旨い様に、厳しく冷たいツンの後にはツンドラの大地にも花が咲くことだろう。


なお、僕はアルコールが苦手だから、まだ仕事終わりに飲むビールの旨さを知らない。


凛奈は休むことなく話し続け、喉が渇いたのだろう。


今時の女子高生らしく、ドルチェ&ガッバーナの黒いリュックから青色のラベルが巻かれたポカリスエットを取り出すと、それを太陽に暫くかざした後、風呂上がりにコーヒー牛乳を飲むみたく、片手を腰に当ててグビグビと美味しそうに水分補給した。


ここで彼女がクラスメイト達と水の出るホースを持って、意味もなくびしょ濡れになりながら統一感のある歌と踊りを披露でもすれば、しっくり来るアオハルCMができそうだ。


ちなみに、僕はあの青春を感じさせる爽やかなCMが少し苦手だった。


何か思い出したくないことを思い出してしまいそうな、そんな気がしてしまうのだ。


そう、例えば小学5年生の夏。


水泳の授業、学校のプールで一頻り泳ぎ、授業終了間近に地獄のシャワーを浴びた時のこと。


馬鹿みたいに吹き付ける水道水のシャワーに冷やされたのか、急にお腹が痛くなった僕は校舎にあるトイレに水着のまま駆け込んだ。


何とか間に合い、用を足していると授業終了のチャイムが鳴り、休み時間が始まった。


児童たちは発馬機から一斉に飛び出す出走馬の如く教室から解き放たれ、校舎はみるみるうちに活気に溢れた。


その刹那、バァァァンという音とともに用を足していた僕の個室の扉が勢いよく開かれた。


そう、鬼ごっこをしていた低学年の餓鬼が、糞をしている僕の個室に逃げ込んできたのだ。


その様は正に、糞餓鬼。


僕は急な腹痛で焦って個室に入った為、鍵を掛けるのが甘くなっていたらしい。


突然の訪問者に僕はなす術もなく、固まってしまった。


一方でその糞餓鬼も、水着姿に水泳キャップのびしょ濡れの僕を見て、河童が居るとでも思ったのか、目を丸くして何も言葉を発さず、慌てて逃げて行った。


糞!なんて失態。


焦っていたとは言え、鍵を閉め切れていなかったのは僕自身の責任。


僕はすぐに、鍵を締め直そうとした。


だがしかし、鍵が閉まらないではないか。


僕が通っていた小学校は当時創立70周年を迎える中途半端に由緒あるオンボロ学校。


至る所で改修工事が行われているような校舎には、立て付けが悪くなっている箇所も多く、トイレの扉もその一つだった。


閉まらないのではしょうがない。


割と持久戦の兆しがあったため、僕は扉を押さえながら用を足し続けることにした。


その時である。


二つの足音が着々とこちらに向かってくるのが聞こえた。


僕は両手で扉を押さえながら、その足音の主らが絶対に此方へ来ない事を紙に祈った。


しかし、その祈りは紙には通じなかった。

やっぱり、紙は祈るものではなく、折るものだ。


およそ用を足しに来たとは思えない程の、尋常ではない強い力で、勢いよく扉が開け放たれた。


そこに居たのは、さっきの糞餓鬼とその友達と思しき糞餓鬼の二人だった。


そう、鬼から逃げて来た最初の糞餓鬼が、鬼ごっこそっちのけで、面白いものを見せてやると言わんばかりに、嬉々として鬼役を連れて来たのである。


糞餓鬼は連れて来た友達に対し、ほら俺の言った通りだろ?と満足げな様子。


連れてこられた友達も初めは驚いた表情をしていたが、すぐに顔面がくしゃくしゃになり、大声を出して笑い始めた。


二人の糞餓鬼は世界中の子供達が一度に笑ったみたいに、校舎内に響き渡る程大きな笑い声を、時折、息苦しそうにむせながら上げていた。


その姿は正に笑う鬼。


もちろん、見世物にされた僕は怒り心頭。


全身全霊の力を両腕に注ぎ込み、個室の扉をびしょ濡れの水着姿で懸命に引っ張り返す。


だが、その抵抗もお構いなしに、低学年の糞餓鬼どもは二人づくの力で再び扉を引っ張ってくる。


その結果、トイレの個室の扉はバッタバタとけたたましく音を立て、開いたり閉まったりを繰り返した。


その様は笑う鬼と怒るカッパの妖怪大戦争。


しばらくの間、その不毛な争いは続けられた。


だが、水泳の授業で疲れ切っていた僕は、次第に腕に力が入らなくなっていた。


最早これまでか。


そう諦めかけた時、トイレの女神様は微笑んだ。


チャイムが鳴ったのだ。


休憩時間終了のチャイムの音。


普通ならもう休憩が終わってしまうのかと、憎たらしく聞こえるはずの音も、その時の僕には天使のファンファーレに聞こえた。


その音の効果は絶大で、あれ程執拗に嫌がらせを続けた糞餓鬼二人組も流石に諦めた様子で、名残惜しそうに教室へと去って行った。


正義は勝つ。


その言葉を胸に刻み、僕は額をびしょびしょに濡らしながらパンイチで教室へと戻った。


「この世で最も汚い水着回ね…」


「…あれ…もしかして心の声漏れてた?…」

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