終わりと始まりそして光
その光は、この世の全ての人の心を惹きつけるほど美しいものであった。どんな悪人や復讐心をもつ者もその光の前では涙を流したそうだ。
その日、ある一つの国が滅んだ。子供から老人まで人を傷つけられる物なら何でも手に取り戦った。母親は子を抱きながら戦った。男も女も泣き叫び、人間が造り出した人工物の轟が皮肉かのように頭に響く。脳裏にこびりつく程の赤。踏まれた死体。におい。おぞましい。汚らわしい。
「どうして?」
つい昨日まで道で笑いあいながら世間話をしていた人達、手を繋いで帰路についていた親子、毎日放課後一緒に遊んでいたクラスメイト同士。皆、突然何かにとり憑かれたかのようにお互いを殺しあったのだ。
この見てる方が生き地獄とも言えるこの惨劇を前に、いっそのこと失明したいとさえも思った。瞼をとじれば、その場から逃げればよかったのだが、閉じることが出来なかった。足を動かすことさえもできなかった。彼らはどうして戦っているのか。どうして傷つけあうのか。殺すのか。人を殺して何を得るのか。果たしてそれは、命よりも大事なものなのか。絶望だった。
僕はその日、新聞配達をしている父の仕事を手伝う為、いつも通り3時には目が覚めていた。まだ寝ていたいという欲望を無理やり抑えつつ、未だに半分も開いてくれない瞼をこすりながらヨロヨロと台所に向かう。
「おはよう、●●。今日はよっぽど寝起きが悪かったのね」
「今日は仕事の後、学校行かなくちゃいけないからね。しかも聞いてよ、母さん。今日歴史の授業でテストがあるんだよ最悪」
「あら、ということは昨夜も徹夜をしたのね」
「この国の歴史なんて知ったところで将来の為になるのか分からないよ」
「そうねえ。でも、お母さんは役に立つと思うよ」
「えー!なんで?」
「だって●●、大きくなったらこの国を出てお金を沢山稼ぐんでしょ?」
「それとこの国の歴史は関係ないじゃん」
「関係あるとも。だって、他の国から来た人を珍しがるものでしょう?いつか遠い国に行った時に、この国の話をたくさん知っていれば、あなたに興味をもってもらえるじゃない。そうすれば、沢山仲間ができるわよ」
「そういう事なの?…じゃあこれからは面倒くさいと思っても頑張ってみようかな」
「その前にちゃんと寝なさいね。うちにはお金ないから病気にかかってもらっては困るのよ」
「分かったよ母さん。あと…大きくなったら僕、母さんと世界中を旅したいんだ!だから頑張って勉強して絶対母さんを幸せにするからね!」
そう恥ずかしそうに言って父親が待っている玄関へと駆けていく我が子の背中を見て呟く。
「今でも十分幸せなのに…ふふ」
すっかり大きくなった我が子の成長に感謝し、あなたが生まれてきて幸せじゃない日なんて一時たりともないわよと心の中で思ったのだった。
「じゃあお父さんはここから西をやるから、おまえは東をよろしく。…あと、今日は風が強いから飛ばされるんじゃないぞ。一部たりとも無駄には出来ないからな」
そう言って簡単に別れの挨拶をして背中を向けて行った。
今日の配達も終盤に差し掛かって来ていたところだった。あとは海沿いに住んでいる人達に届ければ今日の仕事が終了するはずだった。
「風が強くなってきたな…」
この国ではこの季節、ほぼ毎日強風によって事故などが起きている。突然の突風に人が簡単に浮いてしまうことも稀ではない。だから風が強まるこの時間帯は人々はまだ夢の中にいるのだ。だが、新聞配達は例外で、皆が起きだす前にはすべての家に配達を済ませていなければいけない。小さな国のその一番東に位置するこの町は、特に強い風が家の間を駆け巡るのだが、風の向きさえ分かるようになってしまえば、避けて進むのは朝飯前だ。
「っあ!やばっ!!」
今日この後待ち受けている歴史のテストの要点を頭の中で反復して歩いてたら、風を感知するのが一瞬遅れてしまい、体は避けられたけど新聞が一部、風に煽られてしまった。不規則に空中で踊る大事な商品は、家の間をスルスルと縫っていき、海の見える海岸まで来てしまった。そのまま止まることなく、海岸脇に位置する小さな洞窟に滑るように吸い込まれていった。
「最悪…今日に限って小さいほう持ってきちゃったし」
いつも万が一の為に持ち歩いているキットの中に、大きな懐中電灯が入っているのだが、今日はこの後直接学校に行く予定だった為、小さいほうの懐中電灯を持ってきてしまったのだ。
「こんな小さな光じゃ手元しか見えないじゃん」
少しイライラしながら、足元に落ちていないか注意して歩みを進める。洞窟に入ってしばらく経っても見つからず、時計をふと見れば、気付けば40分もこの洞窟に入っていた。足りない分の一部はしょうがないから、学校で読もうと思っていたうちの分の新聞を渡そう。そう思って洞窟を出ると、空が異様に明るいことに気付いた。
「??」
ついさっきまでは大きく波打っていた海は怖いくらい静かだった。ふと町の方に目をやると、あちらこちらで煙が上がってることに気付いた。
「!?」
自分が洞窟に入っている間にいったい何が起きたんだと思って全速力で駆けだす。
海岸へと続いていた道を抜けて町の大通りへと出た瞬間、おぞましい光景が視界を埋め尽くした。
「な…んだよ…これ…」
人々が寝巻のままであろう姿のまま、うめき声を上げながら殺しあっていたのだった。
「ッオ…エッ…カハッ…」
いつの間にか四つんばえになっていて朝何も食べていなかった為、胃液だけが出た。手足が震えて立ち上がれない。直後、激しい頭痛に襲われ、頭が重くなる。心臓が訳わからないくらい跳ねている。
「(立たなきゃ…逃げなきゃ…ううっ)」
脳がいくら体に動けと命令しても一向に動かない自分の体に絶望を感じた。このまま自分は死ぬのか。すると目の前にドサッと落ちる音がして反射で顔を上げると、人が白目を剥いて泡を吹いていた。死体だった。
「ヒイイイイイ!!」
恐怖感からか、ようやく動いた体を引きずり家へと急ぐ。
「母さん、母さん、母さん、母さん!!」
正直、悪い予感しかしていなかった。家まで走ってる間、悲鳴の一つも聞こえなかった。聞こえるのはうめき声のみ。正常に見える人は一人も見なかった。
「(無事でいてくれ!母さん!!)」
「ッ…!」
家へと続く道の真ん中に立っている人影が見えた。母さんだった。手遅れだった。母さんは誰かもわからない人達の手を握って、「これじゃない」「これでもない」とブツブツ言っていた。
「母…さん…?」
声をかけると、こちらをジッと見て寄ってきた。この時、僕には怖いという感情はなかった。母さんが僕に気付いてくれた。むしろ安心した。
母さんはゆっくり僕の左手を手に取って握った。そして
「見つけた」
といい、包丁を振りかざした。
「ギッ…ッタイ」
間一髪避けて、切り落とされることは無かったものの、腕に激痛が走る。咄嗟に母さんの手を振り払ってしまったことに気付き、ハッとして見てみると、目に沢山涙を溜めた母さんが目の前に立っていた。
「ッ…!」
ごめん。ごめんね。目の前が歪んでいく。そして眼球が痛むくらい泣いた。泣いている僕を見てか、少し離れた所で母さんは地面に突っ伏して泣いている。
どれくらい時間が経ったのだろう。道の脇に無造作に転がっているいくつかの死体。どれも左手が切り落とされていた。そして母さんの足元にはその数分の左手が転がっていた。僕を探していたのだろうか。母さんは理性を失っても僕の事を心配してくれていた。場違いだけどとても嬉しかったのを覚えている。
「(もう日が暮れる…)」
目の前で泣きじゃくっていた母さんはあの後も泣き続けた。僕は母さんが泣き止むのをずっと待ちながら、これからどうするのか考えていた。その結果、母さんがこれ以上人を殺すのを見たくないと思い、今朝潜った洞窟まで一緒に行くことにした。母さんの右手から包丁を取り、足元に散らばっていた手たちを元の人達のそばに置いていった。母さんは僕の左手をずっと握っていた。
そして家の中に入り、懐中電灯と日持ちのする食料、そして家族写真などをリュックに詰めて僕たちはあの洞窟に向かった。
町の大広場は血の海だった。町の大広場にある象徴であった噴水は、見るに堪えないほど赤く染まっていた。転がる死体を踏み分け、洞窟のある海岸へと母さんの手を引いて歩み進めていく。
洞窟に到着し、中に入った時だった。暗闇が僕たちの体を包むと同時に、母さんはまるで操り人形の糸が切れたかのように突然崩れ落ちたのだ。暗くて顔が見えなかったので急いで外に出た。そしたら何もなかったかのように母さんは立ち上がった。もしかしたらと思い、もう一度洞窟に入ってみた。そしたら先ほどと同様に膝から崩れた。
「(もしかして町の皆があんな風になったのは外の光の影響なのか?洞窟に入っていた僕が何ともないのは、光に当たっていなかったから??)」
とにかく、ここなら誰も襲ってこないから安心だと思い、しばらくここに身を潜めることにした。大きな懐中電灯を点け、横たわる母さんのそばに置いた。乾いたタオルを壁の割れ目から流れ出る水に染みらせて、腕や手に付いていた血をふき取る。自分の腕の応急処置も簡単に済ませ、動かない母をジッと見つめる。一瞬生きてるのか心配になって脈を確認してみたら何も動いていなかった。母さんは死んでしまったのか。でも、外に出たら動いたし、光に当たると生き返るのか?既に頭の隅にある最悪の状況を踏まえて、これから自分は何をすればいいのか。父さんは今どこに居るのか。自分以外に生きている人は居るのか。
「(まずは父さんを探さなきゃ)」
そういえば父さんは、今日は仕事で町の外に行くと言っていた。町の外に出るには正反対の西口の門を通らなければいけない。ここに居れば安全なのかもしれないが、この不気味な現象がこの町だけなのかそれとも他の町もなのか調べる必要があると考え、他の町は安全であってくれと強く願い、隣町の商店に居るであろう父さんを探しに行くことにした。母さんをそのままに、懐中電灯をここにまた戻ってこれるようにと置いておいた。
「行ってきます、母さん」
そう言って、必要最低限の荷物を背負い隣町に行くためにまずは西門を目指した。
初めまして、錵と申します。高校生の時から構想を練っていた話を思い切って投稿させていただくことになりました。初作品などで大変緊張していますが、どうか温かい目で読んで下さると嬉しいです。