前半 ~婚約破棄~
お読みいただきありがとうございますm(_ _ )m
長くなったので、読みやすいように前半と後半とに分けて投稿させて頂きます。
※前半だけで6000文字を超えておりますが。
赤い絨毯に金のシャンデリア。
壁は純白の材壁で仕上げられた高貴な雰囲気が支配する空間。
ここに入ろうと扉をくぐった者達。
彼らが何に目を惹かれるのかは明白。
それは部屋の中央にある古き時代に作られた巨大な女神像。
見上げねば顔を確認することすら困難な大きさの石像。
女神像は建国以前からここに在り続けてきた。
彼女の見下ろす先。
そこで行われているオルベリア王立学園の卒業パーティー。
もしも女神像に意志があったのならこう言ったことであろう。
”どうしてこうなった”と──。
※
「マルセラ。お前のこれまでの所業を見逃すわけにはいかない!」
大声で名前を呼ばれて振り返ると彼がいました。
赤い髪をした野性味あふれる容姿。
それは乏しい才能を全て顔に注ぎこんでしまったと評判の麗しさ。
ええ、顔だけなのです。
他の取柄は王族であることくらいでしょうか?
何やら喚いておりますね。
婚約者である私をエスコートをしなかったアホ──もとい第二王子様が。
それよりも気になるのがクズ──もとい第二王子様の後ろでプルプルと震えている方。
このパーティーには、オルベリア王立学園の卒業生しか参加できないという決まりがございます。
ゲス──もとい第二王子様がエスコートしてきたのですから、私と同じ卒業生のはずなのですが。
このような方であれば、一度お会いすれば忘れることはないと思います。
しかし全く覚えがございません。
「お前は私をないがしろにするだけでなく、生徒に危害すら与えた。そのような者に私の横に立たせるわけにはいかない! よって婚約を破棄させてもらう!!」
第二王子──もといダニとの婚約破棄は願ってもいないことです。
昔から横暴で、自分の思い通りにいかないと権力で好き放題してきた方なのですから。
むしろ大喜びで婚約破棄は受け入れてさしあげましょう。
ですが、ダニの後ろであの方が震えているのはどうしてなのでしょうか?
「この場にマルセラ・マルスクエルと私の婚約破棄に異議を唱える者があれば前に出よ!」
王族にそんなことを言われて、前に出る方などいらっしゃるはずがありませんのに。
それにこれまでの前科もあります。
誰もが前に出たらどうなるのか分かっている事でしょう。
彼を否定した方は、王族の権限で黙らされた上に暴力を振るわれるのですから。
ダニは、人としての器が蟻の口よりも小さいのです。
「ではこの場にいる全ての者が見届け人だ。マルセラ・マルスクエル、私との婚約を破棄してもら「ちょっと待ったああぁぁぁぁっ!!」」
素晴らしきダニとの婚約破棄。
それを目前に、妨害する声が入りました。
密かに私を想い慕っている殿方が──!!
ええ、私も乙女ですから。
恋に夢を見る権利はあると思うのです。
少し目がキツいとか、いい性格をしているとか。
誰もが視線でそう言っていたのだとしても。
ですが私の夢はすぐさま崩れ去ってしまいました。
怒鳴り込んできたのが女性だったからです。
激しい勢いで会場のドアを開けて歩いてくる少女。
この方のことは存じております。
だからこそ断言できます。
決して私を助けようとしているわけでは無いと。
「そこは私のポジションだからぁっっ!!」
怒り心頭といった表情ですね。
男の妄想は、遠い場所に旅立ってしまったようです。
もう追いかけても間に合いません。
その証拠にホラ。
何人もの男性が、目を大きく開けたまま微動だにしません。
儚い夢でしたね。
ご愁傷様です。
「黙れユーリス。私が共に人生を歩むのはユーリスだけなのだ!!」
「自分のセリフがおかしいの気付かないの!? ねえ!!!」
目を吊り上げて抗議するユーリス様。
怒り心頭といった感じですね。
内心も表情の通りなのでしょう。
王族にそんな口調で怒鳴るなんて。
学園では、男生徒にも女生徒にも好かれるように動いておりました。
ある程度の立場を築くと、今度は徹底的に弱い立場の方に冷たくして、しばらく経つと今度は徹底的に優しくするというプロの技すら使いこなした方です。
それなのに、ここまで感情を表に出すなんて。
私を追い落とすために、これまで頑張っていらしましたからね。
仕方の無いことなのかもしれません。
それにしても気になりますね。
ダニは、ユーリス様がお2人いらっしゃると思っているようです。
しかも本人を目にしても、全く違和感に気付かないほど頭がおめでたい状態になって──あっ、失礼。
ダニの頭は、元々おめでたかったですよね。
ですが同一人物が二人いて当然だと思う程ではございませんでした。
自信はありませんが。
酷くなった原因があるとすれば1つしか思い当たりません。
ダニの後ろでプルプルしているあの方でしょう。
顔には三つの穴。
それぞれが目と口とを表現しているそれ。
頭からは髪の代わりに黒いワカメ。
やけに愛嬌のあるその方は──
「なんでアタシと良い雰囲気になっていたのに、埴輪に寝とられているのよ!」
──そう、埴輪です。
そう言えばユーリス様にそっくりですね。
似ているのは顔ではありません。
ええ、とても残念ですが顔は全く違います。
同じなら面白──いえ、残念ですが顔は違います。
似ているのは仕草です。
あのプルプルも、きっと真似たのでしょう。
あの痛々しいまでのあざとさ。
それを行うのは、ユーリス様以外は(精神的に)無理だと思っていたのですが。
世の中は広いものですね。
「絶対にアンタでしょ! アタシに薬をかがせて閉じ込めたの!!」
ユーリス様の言葉に、埴輪さんのプルプルがますます酷くなっています。
そんな埴輪さんを慰めるように、ダニが抱き寄せました。
この状況で、2人だけの甘い空気を作り出せるなんていつも通りアホですね。
「おかげで肩の関節を外すハメになったんだから!」
「肩の関節というのは……?」
「縄抜けに決まっているでしょ! アンタも淑女なら察しなさいよ!!」
いつからなのでしょうか?
淑女が肩の関節を外すという言葉から、縄抜けを連想するのが当たり前になったのは。
「あんな場所に押し込められた上にルームサービスを準備しておくなんて……小腹が空いた所にちょうど来たものだから、食べている間にこんな時間になっちゃったじゃない!!」
さすがユーリス様。
監禁されてもルームサービスを楽しむなんて逞しすぎます。
ダニとはいえ、王族に向けて色目を使っただけの事はありますね。
それはともかく、気になることが一つ。
「やっぱりルームサービスを頼んだのって……」
「でしょうね……」
お互いに視線を向けた先。
そこには、プルプルと震える埴輪さんが。
仮にルームサービスを頼んだのが埴輪さんだったとしましょう。
まずは、ユーリス様が目を覚ますタイミングを予測する必要があります。後は縄抜けを成功させる頃合いを見計らう必要も。それらを完ぺきに熟さなければ、ルームサービスが丁度よいタイミングで来るというのは──。
なんとも気配りの出来る埴輪なのでしょう。
侮れません。
「 」
「ふっざけんじゃないわよ! アンタが監禁したんだんだから、ルームサービス代はアンタが払いなさい!!」
私の耳には何も聞こえなかったのですが──。
「意思疎通ができるのですか?」
「なんとなく分かっただけよ!」
「そう、ですか」
これ以上は、何も言えませんでした。
監禁されても心が折れることが無かった上に、自力でココまで来ただけでも凄いことだと思います。
成り代わられた方と一部(ダニ)だけは、埴輪さんと意思疎通ができるのでしょうか?
この手の話ってパターンがありますよね。
最後は命を奪われて終わりっていう感じで。
まあ、いいでしょう。
今は他人の命よりも、自分の人生です。
ユーリス様がいらしてから、私は傍観者になってしまっております。
いけませんね。
このまま黙って退場したらクソ親父──もとい、お父様からどのような仕打ちを受けることになるか。
「ユーリス様。通訳をお願いします」
「なんでアタシが……」
「ほう」
「ひっ」
いけませんね。
嫌な事を思い出してしまいました。
ユーリス様は頑張りました。
私を貶めようと。
そしてダニの妻になろうと。
それ自体は大歓迎だったのですが。
まさか公の場で婚約破棄をされる事になるとは。
いえ、前向きな話をしましょう。
怯んでくれているので、こちら側の要望を受け入れさせるのは難しくないでしょうし。
「当事者の1人のお言葉が分からないのでは会話が進みません。ユーリス様も、こんな茶番にいつまでも付き合うわけにはいかないのではございませんか?」
ユーリス様はアホっぽい言動が目立つ方です。
ですが茶番を終わらせた方が、自分に利があるという判断は出来たようです。
しぶしぶといった感じでしたが。
通訳することを了承してくださいました。
これで少しは上手に負けられる可能性が出てきました。
侯爵令嬢としては終わりでしょうが。
今までの愚行が知られているとはいえ、婚約破棄を宣言したのは王族。
権力が大好きなお父様のことですもの。
手駒としての価値を失った私を、少しでも高く買ってくれる方を探すことでしょう。
今の私が持つ最大の価値は若さ。
しかし卒業式を終えた以上は、大人とみなされます。
ですから明日からは大人扱い。
最大の価値である若さが徐々に損なわれていきます。
お父様も結婚を急ぐことでしょう。
ぜひとも男性の三大苦(ハゲ、加齢臭、肥満)に悩むようになって欲しいものです。
「マルセラ様、謝ってください! って言っている」
「何を謝れとおっしゃるのでしょう? 盛りのついたドロボー猫を追い払ったことでしょうか? それとも愛とやらに目が眩んで良識を捨てた婚約者を咎めなかったことかしら?」
「……ドロボー猫って言う人、初めて見た」
「感想を口にするのは、話が終わってからでお願いします」
変な気分です。
咎めるべきユーリス様は通訳。
全く関係のない埴輪さんを咎めている。
無茶苦茶な状況ですね。
ですがダニが埴輪さんをユーリス様として扱っているせいで、私も合わさなければなりません。
よって全てダニのせいということです。
やっぱりクズですね。
ダニに振り回されるのは癪です。
しかし、ここで投げ出すわけにはいきません。
私の今後が賭かっているのですから。
ダニと結婚するくらいならと、日頃から逃げる準備はしてきたのですがね。
金銭に変えられる物をまとめてありますし。
一般的な生活を教えてくれる相手の目星も付けてありますし。
逃走ルートもいくつか用意してありますし。
治安がよい土地も王国内なら確認してありますし。
その他諸々の用意も済んでいます。
パーティーの最中に消えようと思っていたのですが。
ダニが婚約破棄をアホな形でするものですから、ねえ。
こんな目立った状態では、こっそりと消えることなど出来ようはずがございません。
仕方ありません。
適当に話をして、多少強引でも逃げる形で去るとしましょうか。
その後も話を続けました。
逃げるチャンスを探してはいます。
ですが中々見つからないものです。
日頃の行いもあるのだと思いますけどね。
誰もが思うハズです。
マルセラが婚約破棄程度で逃げるはずがない!と。
無理やり逃げるという手もありますが。
間違いなく止められます。
学友の皆様は賢い方ばかりです。
王族の肩書に騙されて、ダニの取り巻きになろうとした方は皆無。
貴族としては喜ばしいことです。
しかし今の私には忌々しさ以外の何物でもございません。
彼らが変な逃げ方をする私を見逃すとは思えないのです。
仕方ありません。
話を続けて、しばらく様子を窺うとしましょう。
それにしても。
通訳は婚約者を奪った令嬢。
対峙するのは、令嬢の立場を奪ったとは言え無関係な罪を背負った埴輪さん。
私は一体何をしているのでしょう?
ときおり遠い目をしたくなるのは、仕方の無い事だったと自己弁護をしておきます。
「俺は傲慢だった。王家に生まれた事に胡坐をかき傲慢な言動をとり続けてきた。だがユーリスが教えてくれたんだ。俺が振り回してきた者たちにも人生があり、彼らを愛している者達がいると。俺のやったことで、その者が傷付いたときには、彼らを想う者も一緒に悲しんでいると」
「それ言ったのアタシ……」
ときおりユーリス様が精神的な被害を受けたりもしました。
それにしても反省したというのはお口だけのようですね。
現在進行形で、私に途方もない迷惑をかけていらっしゃることにお気づきにならないなんて。
本当に素晴らしい方ですね。
埴輪さんとの結婚を応援することに、全く罪悪感を必要とさせないのですから。
「第二王子のおっしゃる愛も大したことは無いようですわね。後ろで震えている方がニセモノであることにすらお気づきにならないなんて」
「あんまりです! 私がニセモノだなんて!! って言っている……ぶん殴りたいんだけど」
「話がこじれるので後にして下さい」
無理もありません。
埴輪さんはあの顔ですからね。
自分だと言い張られたら、殴りたくなる気持ちも分かります。
などと考えながら茶番を続けました。
ですが逃げること叶わず──ついにタイムリミットとなったようです。
仰々しい集団が、一斉に入ってきたのです。
全ての方が彼らへと視線を向けます。
ですが誰も咎めようとはしません。
それどころか畏まる方すら出ています。
当たり前です。
会場にいらしたのは、国王陛下と護衛の騎士なのですから。
「バカな事をしおって! 婚約者を蔑ろにし、貴族とは言え身分の低い者を妻にしようなど…………と?」
顔を真っ赤にしていらした陛下。
ですが言葉が尻すぼみになると共に、目に戸惑いの色が浮かび始めました。
己の目が信じられないのでしょう。
自分の子が埴輪を抱きしめているのですから。
「……なんだそれは?」
問いかけに願望が混ざっていますね。
冗談であると言って欲しいという。
なるほど。
息子の変な性癖を知ってしまい、どう対処して良いのか分からない時の親はこう動くのですね。
「はい、私はマルセラとの婚約を解消し、このユーリスと結婚をしたいと考えております」
片膝をつき、ご自分の願いを伝えるダニ。
その瞳は真っすぐで、己の気持ちが汲み取られて当然であるとお考えなのでしょう。
自分は素晴らしい事を言っていると思っているのかもしれません。
誇らしげな表情をしておりますもの。
実際は国王陛下に残酷極まりない言葉を投げかけているだけなのですが。
「………………それとか?」
ようやく国王陛下が絞り出した声は、とても不安気なものでした。
心中ご察しいたします。
自分の子が埴輪と結婚すると言い出したら、誰もが同じように困惑することでしょう。
「このユーリスこそが私の唯一です。他の女性との結婚など考えられません!」
"女性うんぬん以前に人間じゃあない!"
このような国王陛下の声が聞こえた気がしました。
驚くほど鮮明に。
それに私は見てしまったのです。
護衛の騎士に向けた国王陛下の目を。
人間とは、これ程までに悲しい目が出来る物なのでしょうか?
あまりにも悲しい目でした。
普段は威厳に満ち溢れている国王陛下とは程遠い。
そう、瞳だけで雨に濡れた子犬ではないかと錯覚してしまう程の。
「な、ならんぞ。その結婚だけは認めるわけにはいかない!!」
これは政略云々ではなく、人として否定しなければならない類の話です。
相手が埴輪ですから。
人間でないどころか、生物かどうかも怪しいのですから。
例え唯一の女性(笑)だとしても。
「陛下! どうか、どうか、私の願いをお聞き届け下さい!!」
「ダメだ! その結婚だけは決して許さん! しっかりと相手の顔を見てよく考えるのだ。頼むから!」
残酷な光景です。
埴輪と結婚しようとする息子。
それを説得するハメになった国王陛下。
今夜は国王陛下の枕が涙で濡れることでしょう。
「よく見よ。しっかりと相手の顔を、な?」
ダニと埴輪さんが目を合わせ──あの穴って目と呼んでいいんでしょうか?
まあ、他に表現の仕方もないので目と呼ぶことにしましょう。
お互いに見つめ合いました。
ですが、それは数秒。
お互いに、ポッと頬を赤くして顔を逸らしたのです。
ダニの方はイラっとするだけでした。
一方で埴輪さんの方は、頬に手を当てている辺り芸が細かく思わず感心してしまいます。
このあざとさは本物を超えているのではないでしょうか?
ですが国王陛下には、そんな事を考えている余裕などありませんでした。
被害が大き過ぎましたから。
「貴様らあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
国王陛下の怒声が、会場に響き渡りました。
当然ですよね。
文章は後日修正予定です。




