ある生徒会の動乱
ssバトル企画に反省して書いたssです。
前回よりはカタチになっていると思いますが……それでは、どうぞっ。
*
「――ということだ、おまえ達、心当たりはないか?」
昼休み。
本来ならば心安らぐ長い憩いの時は、ことこの生徒会室内に於いては例外だった。
そう、本来ならば。何らかの学校行事前後でなくば、昼休みにここへくることはまずなく今緊急収集が掛かることなど、先の理由であり得ない。切迫する空気が物語るのは、この緊急集会に余程の事情があるということ。
張りつめた空気の中で、腰を下ろしていない生徒会役員は僕だけだった。
「ん? なんだ新入り。さっさと座れ」
窓を覆うカーテンは薄い布でしかないため、光の浸入を阻みきれない。会長に後光が差している様だ。なまじ美人であり生徒会の長たる風格を持つ人だけに、それは冗談ながら冗談にならない。
気付けば先輩全員の注視を浴びていた。
ただ一人一年の僕ははたはたと空席に落ち着く。
「えと……遅刻してしまいスイマセン。教室の位置がうろ覚えだったもので……」
「構わん。まだ入学間もないんだ。一年で生徒会に名を連ねるその覚悟と気概に免じよう」
器量の大きさを明確にする言葉と、凛々しいながら優しさを含む笑顔。
礼節を短く済ませ、軽く浮かせた腰を沈める。
「――さて、本題に戻る。誰か、情報がある者は?」
会長は再び会長の顔に戻る。僕は何のことやら話が読めず、今は黙っていることにした。
「はい、会長」
静寂に涼やかな声。切れ長の目に整った頭髪。眼鏡を掛けた先輩は、
「風紀委員長」
会長が告げる。
指名された彼女は挙手を下ろし発言した。
「購買の店主に確認したところ、犯行時刻は午後一時前後。犯人の様相は短髪の男子生徒だとのことです」
「モンタージュは?」
「……残念ながら。犯人の姿を確認できたのは後ろ姿までだったそうです。背丈から、一年ではと証言しています……」
「それに付いては俺が裏を取った。現場を目撃した三年が、ブレザー校章色から一年で間違いないと発言している」
風紀委員長の発言に意を連ねたのは、豪奢な体格の体育委員長。
「こちらも走り去っていく犯人の姿を一瞬確認しただけであるに加え、その人物が今回の愚行を行ったと知らず……モンタージュ作成は出来かねると……」
腕を組みつつ僅かに肩を竦める。
一連の報告後僕の耳に飛び込んで来たのは、会長の拳が机上に叩き付けられた轟音だった。
「く――――ッ!!」
会長の瞳は怨嗟の炎に燃えていた。
決して悪を赦さない、正義の信念が灯した激情の輝き。それは同時に、プライド高い会長が見せることの無い――弱さを孕んでいた。
「ちッ! よもや、こんなバカな真似をする者が我が校にいたとは……! 私の失態だ。この時期の一年は警戒して然るべきだったのだ!」
何度も後悔の念を叫びつつ、会長の――少女の――拳が叩き付けられる。
「かい――」
流石に看過は出来ない。
想いを同じくするは場の全員だろう。叫びを掻き消されたのは僕だけではない。
「止めて下さい会長!!」
振り上げられた手首を掴んで制止に訴える。矮小な体躯の書記が会長の暴走を拒んだ。
「自分ばかりを責めるのは止めてください! 責任は私達にあります! 私達は会長の意思を実行する手足……ならば、学園内の不祥事を見過ごした責任は私達にあります。ですから――」
それ以上を書記に言わせまいと、拘束を振りほどいた会長の手が塞ぐ。
室内の空気は恐ろしく静謐。見れば全員が目に涙を浮かべている。
風紀委員長は眼鏡をとって涙を拭い、体育委員長は男泣きを天を仰ぐ様子で隠している。しん、とした空気はいつしか、乱れた会長の息遣いと、他の生徒会役員達が鼻を啜る音に満たされた。
「――すまん。感情的になり過ぎた……」
「いえ」
言って、会長は役員全員へ視線を投じる。
「おまえ達の様な者の上に立てて、私は幸せだ。今一度贖罪させてくれ――本当にすまなかった」
ぱさり。会長の長髪が揺れる。生徒会の長は頭を垂れて謝罪した。
「顔を上げてください会長!」
嗚咽混じり書記が言う。
「そうです! 会長とて人の身です!」
その隣の席、から声が上がる。
「弱さを見せてくださったのは、むしろ信頼の証!」
さらに隣の席が継ぐ。
「いや……そいつは弱さなんかじゃない。会長の――強さだよ」
体育委員長がくくった。
風紀委員長は既に手の中に顔を伏せ、涙を流している。僕が一年なのに生徒会に入ったのは、これがあるからなんだ。
「おまえ達……」
会長が小さく声を漏らす。
いつしか座っているのは僕だけとなり、各委員の長達は会長を囲み並んでいた。
「犯人を捕まえましょう、会長」
書記が手を差し出し、遅れながら僕も馳せ参じる。
会長の濡れて光沢が出た瞳。黒真珠が本来の威厳を取り戻した。
「ああ……皆、協力してくれ」
全員の返事など聞く意味さえ無い。ここで声が揃わなきゃ嘘だ。
「証人を一年に会わせて回ろう」
提案したのは体育委員長。異を唱える者は無い。
「うむ。では体育委員長はその証人を、風紀委員長は一年を教室に待機させ、後の者は購買を利用した一年の数に確認を。一年、おまえは残っていいぞ」
はい、と声が重なり、命を受けた者達が部屋を後にする。
残されたのは、僕と会長だけ。静けさが部屋を満たす。
僕は初めからの疑問を口にした。
「会長……こんなこと訊くのはアレですけど……何があったんですか?」
そう。既に終了した議題を僕は知らない。
招集は最低限の言葉だけ、僕が昼食に焼きそばパンを貪っている時に放送で告げたものだった。故に僕はこの緊急集会の意図が解らない。憚りながら尋ねると、会長は呆気に取られた様子で言った。
「携帯にメールを送ったんだが、見てないのか?」
「え……そうだったんですか」
携帯は電源を切っていたので、メールの受信には気が付かなかった。僕はポケットから携帯端末を取り出し、電源を入れる。程なくしてディスプレイに映し出される文章。生徒会をあれだけ騒がせた事件だ。きっと凶悪な事件に違いない。なら僕も、生徒会の一員としてその犯人を決して許さない。
「ぇええ――!?」
果たして、その誓いを胸に確認したメールの内容に驚愕する。
「どうした?」
怪訝な表情で僕の顔を覗く会長。
どうもこうもない。こんなことの為に……生徒会は揺れてたのか!?
「一年……おまえ、その前歯に付いているのは……」
はっ。僕は指で前歯を擦る。指先には疑いようもなく青海苔が……
そこで会長の携帯にコール。
「――そうか。了解した。では直ぐに全員に伝えてくれ。調査を切り上げろと。……ああ、問題ない。犯人なら、既に見付かった」
鋭い眼光が僕に向く。瞬間、僕は己が終焉を感じた。
「確認が取れた。今日焼きそばパンを買った一年は一人だそうだ。――その歯に付いた青海苔について、説明して貰おうか」
「えええ!? いや、落ち着いてください会長!!」
目が! 目が本気ですよ!
こうして学園もとい生徒会を揺るがした事件は解決した。
その恐るべき全容は、以下の通りである。
『事件発生。残り一つとなった焼きそばパンを何者かが購入し、私の気分は著しく害された。学園の購買に於ける全権限は会長である私にあり、これは生徒会への冒涜とみなす。犯人処断の為、至急生徒会室に集まって欲しい』
こんなお遊びもたまにはいいかな。
教訓。焼きそばを食べた後は鏡を見ておこう。