145話 囚われの姫 3/●
メイシアたちの一行は、カマディの操る馬を先頭に走り続けていた。
メイシアたちは船を下りてからずっと海沿いの道を走っていたのだが、半島の内陸を走る事で距離を稼ごうと海岸線を逸れた頃だった。
カマディが、急に号令をかけた。
「いけない、トイフェルに気づかれた! 一刻も早くスイまで駆け抜けるさぁ!」
そう言うが早いか、馬の蹴り速度を上げた。
途中の幾度かの休憩で、カマディの馬に乗り合わせていたメイシアが、あまりの唐突に目を丸くした。
「おばあちゃん、どうしたの?」
「感じないかい? 禍々しい気が、今までの比ではない速さでこちらに向かっている。」
「え? 」
そう言われ、あたりの様子に神経を集中させる。
しかし、全速力の馬上であることが怖くて集中できない。
そして先ほどよりも、かなり速度が速くなってしまったものだから、みんながちゃんと付いてきているのかが心配で、ちらちら後方を見てしまう。
現在は、カマディとメイシア、ナギィと森榮、チルー、ストローで走っている。
ナギィもチルーも乗馬は慣れたものと言った感じなのだろうか。問題はなさそうだったが、乗馬がこれで二回目のストローは必至のようだった。
それでも流石の運動神経と勘の良さで、ストローはなんとかこのスピードにも食らいつくことが出来そうな様子だった。
「メイシアは、まだまだ修行が足りないようやさぁー」
カマディがその注意散漫な様子を感じたようだった。
「ごめんなさい。ストローが心配で……」
「自分の心配をすることやっさ。今、一番危ないのは、メイシアばぁよ!」
「え? な、なんで?」
「……ここから正念場やさ!」
カマディの焦りが背中から伝わってきた。
「おばあちゃん……、」
「まずいねぇ、時間を急くあまり、この道しかなかったのだが、半島をやり過ごして海が見えるまで御嶽が無い。」
そう聞いた瞬間だった。
メイシアに戦慄が走った。
ドス黒い何かが迫ってくる気配を感じた。それも猛スピードで。
邪で禍々しい気を隠すこともなく、一直線にここへやって来るのだ。
その狙いが紐づけされているように、悪意の視線と自分が繋がっているのを感じる。
ターゲットは自分なのだと、嫌でもわかった。
邪な視線を集めている背中が、ギリッと巨大な爪で引っかかれたように痛みを感じ、血の気が引く。
心臓も同時に、恐怖でバクバクと唸りをあげた。
つかまっているカマディの背中をより一層ぎゅっとつかんだ。
「おばあちゃん! おばあちゃん!」
言葉が出てこなかった。
息が出来なくなるほどの恐怖に、カマディの背中にしがみつくのが精一杯だった。
「やっと、メイシアも気が付いたんだね、」
「どうしよう、絶対追いつかれてしまう! 」
「大丈夫、絶対メイシアの事は守って見せるさぁ。」
カマディはそういうが、メイシアにはその言葉を肯定することは出来なかった。
それくらい、圧倒的な悪意とスピード。まだ遠いこの時点でも飲み込まれてしまいそうだ。
「とりあえず、東ヌ御嶽まで駆け抜けるさぁ。御嶽に行けば香炉がある。何もない状態で戦うよりも、その方がいい。」
香炉が力のブースターなのは魚釣の御嶽で分かっていた事なのだが、それがどこまで通じるのだろうか。
しかし、今はカマディを信じるしかない。
「わかった……」
「そこまで行ったなら、きっとスイからも……いや、今は確実ではない応援に期待をするのはやめよう。とにかく……、メイシア。みんなはちゃんと付いてきているかい?」
メイシアは、後ろを見た。
馬は三頭、なんとか追って来てくれている。
と、メイシアはゾッとした。
後方のすぐ近くの空が黒い。
今まで通ってきた時は真っ青だった空が、黒く蠢いていた。今にも指の形をした雲が伸びてきそうなほど迫ってきている。
もうすぐそこまでトイフェルが来ているという事だ。
「みんなついて来てるよ!でもそれより、黒い雲がそこまで!追いつかれちゃう!」
「……、」
カマディは何も言わず、まっすぐ前を向いたまま馬を走らせた。
気が気ではないメイシアが、後方の様子を凝視した。
雲は広範囲で空を覆い、高速でこちらに伸びてきている。
「デージナトン!」
あまりにメイシアが後ろを振り向くものだから、森榮も振り向き、黒雲を見てしまったのだ。
「ネーネー!空がシニ黒!」
「分かとーさぁ!さっきから気づいてたばぁよ!ちょっと黙って。舌噛むよ!」
そうこうしている間にも雲は不気味に覆いかぶさるように迫って来る。
必死に走るのだが、どう足掻いても黒雲のスピードには敵わず、とうとう雲が頭の上を追い抜いてしまった。
瞬間、ガラリと空気が変わった。
狭い部屋に閉じ込められたような圧迫感。
指を一本動かすにも、どんよりとした重さを感じるような圧力。暑いからでは無く嫌な汗がにじむ。
それでもなお、前進するしかない。
──── ビカッ!
何の前触れもなく一筋の稲妻が、轟音と共に一行に前方に落ちた。
一瞬真っ白な世界になり、肌が毛羽立ちビリビリとする。数秒聴力が回復しないほどの轟音だった。
馬がパニックを起こし、暴れそうになるのを寸でのところで食い止める。
海榮所有の訓練された馬でなかったら、こうはいかなかっただろう。
しかしパニックはなんとか防げたものの、馬が怯えてしまってすぐには走れそうにはなかった。
デージナトン── 大変なことになった
シニ── 超