143話 囚われの姫 1/●
白い砂浜。海は凪いでいた。
空は青く、海も負けじと青い。
風は穏やか。
日差しは白く透き通ってキラキラと眩しく、全ての生命を輝かせるがごとくだ。
ここを「楽園」だと言う人もいるだろう。
ざぷん、ざぷんと、波が寄せては返す。
そんなすべてに興味が無かった。
誰かにとって「楽園」であったとしても、自分にとっても「楽園」だろうと押し付けられたとしても、そんなこと知らない。
優しい波が飽きることなく、空しく、ざぷん、ざぷんと音を立てていた。
少女が骸になった蠍を手のひらで包み、拾い上げた。
蠍がもがき苦しんだのが、ほんの数秒だった事がせめてもの救いだ。
無理矢理、自分をなだめる。
もう消えたはずの名前のない感情が、蠍に視線を落とす。
手のひらの上の蠍は、動かない。
「……。」
そんな事は分かっている。
自分に「奇跡」を起こす力はもうないのだ。
そこには「罪」だけがある。
怒り……だろうか?── 怒りとはどんな感情だっただろう。
苦しみ……?── 苦しいとはどんな感じだっただろう。
悲しみ……?── 悲しい時、涙がこぼれたはずだ。
嫉妬、妬み、憎悪、嫌悪、恨み、敵意、嫌気、不快……、幻滅。
もうどれも、通り過ぎた。忘れてしまった。
何処かに置いてきた。
少女は長らく使っていなかった白く細い脚で立ち上がると、ひたひたと珊瑚の砂浜を歩いた。
そして、アダンの木の下で膝をつき、その根元に慈しみながら蠍を葬った。
小さく、誰にも聞こえないくらい小さく、すまない、とつぶやいた。
そして少女は海岸を去っていった。
真っ白な砂浜に、彼女の影を残して。
影はいくらか脈打つと、ニィと笑いその場から姿を消した。
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