62話 十六夜の島 8/10
三人と一匹が食事を終えるころ、海榮がやって来た。
「ハイサイ。ゆーべー、にんだりーてぃー? 」
そういいながら、三人と向き合う形で、一段下がった縁側に腰を下ろした。
慌ててチルーが座布団を差し出すが、「よいよい」と言ってにっこりとした。
チルーは海榮が縁側の板張りに座っているのに、畳の上に居ることもできないので、縁側に下り、海栄の斜め後ろに腰を下ろした。
海榮はよいよいと言ったままのニコニコを崩すこと無く、三人の顔を見渡した。
余程、三人の頭の上にクエスチョンマークが出ていたと見えて、一人で「あぁ」と納得するとガハガハと笑い出した。
「いやー、すまない。自分はこういう見てくれなもので、怖がられないように声をかけようと思ったのだが、親しみがある方がいいと思い、島の言葉で話しかけたが、それではダメだったな。」
といって、いかにも愉快そうに自分の膝を叩いた。
「今のは、昨晩はよく寝られたか聞いたのだ。」
確かに見た目は大柄の男性で顔もパーツが大きく迫力があり、強面と言えばそうなのだが、ニコニコしているとしても親しみやすいおじさん、といった感じだ。
昨晩は甲冑を着ていたが、今日は着物だった。
「おはようございます。昨晩は、部屋を用意してくださったおかげで、こんな時間までぐっすりでした。」
「そうかそうか。それは良かった。……お? チャルカ殿は、ジージキはお嫌いかな? 」
チャルカのお膳の上に唯一、漬物が残されている事を見つけた。
「……うん。ごめんなさい。」
「そうか。自分のイキガングヮも……息子も、ジージキは好かんから、仕方がない。」
そういうとまたニコニコ。
ニコニコはしているものの、やはり顔面にそれなりの迫力があり、チャルカが漬物を残してしまっている後ろめたさも相まって、じわじわと口元が泣き出しそうに歪みだした。
それをいち早く察知したウッジが、慌てて話題をふる。
「海榮さんには、息子さんがいらっしゃるんですね! 」
海榮のまじまじとチャルカに注がれていた視線が、ウッジへと移される。
「愚息が一人な。ヤナワラバー……悪ガキで困ったものだ。そうだなぁ、チャルカ殿よりも少しばかり年上かのぉ。あと娘もおるぞ。姉と弟の二人じゃ。」
「チャルカと同じくらいだって。お友達になれるかもしれないね。」
ウッジが必死にチャルカの気を紛らわせようと、声をかけるのだが、海榮から視線が戻ってくると、とうとうダムが決壊した様に泣き出してしまった。
慌ててメリーがチャルカの肩に上り、チャルカに頬ずりをした。
「おぉ、すまん……。やはり自分は童に好かれんなぁ。」
急に海榮が寂しそうにシュンと小さくなった。今まで豪快で快活なイメージの海榮の意外な変貌に、ストローがくすっと笑った。
「海榮さんって、最初は怖い人なのかと思ったんですけど、かわいらしい方なんですね。」
ストローが何気なく言った言葉だったが、その瞬間にチルーがハッとした顔をしたのち、顔が青ざめるのが視界に入り、ストローはやってしまった……と慌てて繕おうとした。
「いや、かわいいというか……親しみやすいというか……」
「はははっ! よいよい! 良いのじゃ! 自分がかわいらしいか! 初めていわれたのぉ。あははははっ! 」
あまりの、豪快な海榮の笑いに、その場の全員があっけにとられた。
「海榮……さん? 」
「はぁーー、ストロー殿はウィーリキーさぁ! 」
「……はぁ……? 」
「あぁ、すまんすまん。ストロー殿は面白い事を言う。そんな事を自分に言った女性は初めてさぁ。よし! 気に入った。自分が貴殿らのこの島での身分を保障しよう。自由に行動すると良い。困ったことがあれば、何でも自分に相談すると良い。」
「えぇ? 今の会話のどこに、オラたちを信用する要素が……」
とストローが口を開くが即座にウッジがそれを遮った。
「ちょっと、ストロー! 信用してくれるって言うんだから、ありがたい話じゃない! 」
「……そりゃそうだけど、」
「いやいや、今のを気に入ったのはもちろん嘘ではないが、それだけではないのだよ。同じ空間にいて言動を見ていたら自ずとわかる。貴殿らは、いつも本当の事を話してくれている。ほれ、今のストロー殿の自分の言葉に対しても、ホイホイと都合のいい事だけを頂戴するような、そんな性分ではないのは明らかじゃ。……自分もそこそこ身分のある身でな。人を見る目くらい持っておるつもりなのだよ。」
先ほどまで海榮の後ろで目を白黒させていたチルーが小さく息を吐き、呼吸を整えると三つ指を揃えて頭を垂れた。
「海榮さまは、この赤星島の親軍さま……この島でティンヂャナシの次席でございます。」
「「……てぃん? 」」
またもや、ストローとウッジの頭の上に、クエスチョンマークがポポポと並んだ。
「天加那志。異国でいうところの国王様という意味かのぉ……」
海榮が合っているかのぉ…と斜め上を見ながら、ポリポリと頬を掻いた。
「「えーーーーーーーーーーー! 」」