135話 師弟 8/15
カマディは続ける。
「心に傷を負わせた御殿の者たちにも、憎まれ役をさせてしまったキジムナーにも、本当に悪い事をしてしまった。だがそのおかげで、トイフェルを信用させることができたのも事実。あの子たちは、今も遠くからユイ加那志を守ってくれているんだよ。」
「祝女さま……、私はこれからどうしたらよいのでしょうか……、」
マタラが、小さな声でつぶやいた。
マタラは真実を知ってなお、カマディを慕っている。その事はカマディ本人も痛いほど、わかっている事だった。
「まだ祝女と呼んでくれるのか……。マタラ、お前の好きにしなさい。人は皆、楽をしては楽しく生きられない。もうそれが分かっているお前は、自分で歩く力を持っているさぁ。」
マタラには、二つ道がある。
力のあるユタ……清明は稀有な存在であることは明らかだ。だから人は、今まで通りスイの清明としてのマタラを望むのだろう。
しかし、もうそんなことは知らないと、やめてしまう選択も無いわけはない。
自分を苦しめ続けたあのトラウマの元凶が、悪意では無かったとは言え、事もあろうに尊敬するカマディであったことは、拭い去れない記憶として脳に書き込まれてしまった。
同じ清明として生きていく辛さが、この先どのように変貌するかわからない。
しかしこれまでの間、清明としての立場を使命だと受け入れ誇りにも思ってきた。ここで投げ出す事もまた苦なのだ。
どちらが楽しく生きられる【苦】なのか。
「……承知しました。私がやるべきことを……、楽しく過ごせるように、やるべきことを探します。」
それ以上の答えをマタラは口にしなかった。
しかし、マタラの体から消えた震えはすべてを物語っていた。
そしてすぐにその時はやって来た。
マタラの答えは【自分のするべきこと】を成すことで示されたのだ。
だから、マタラはチャルカと共に神降に旅立っていった。
メイシアは考える。
自分がするべきこととは…… と。
それはカップ村をあの日のまま、復活させること。
旅立ちの日、欲しい物は虹の国にさえ行くことができれば、ロードにさえ会う事ができれば、全ては叶うと思っていた。
そこにさえ到達できれば手に入ると、誰に保証されたわけでもないのに信じていたのだ。
まだその答えは保留だ。しかし、どうしてそう揺るぎなく信じていたのだろうと、今は思う。
浜で泣いた夜。カマディに、自分たちがオズ会ったのは、ロードではないと聞かされた。
あの時は、とてもショックだったが、同時に心のどこかでホッとしていた。
そのことに、後になって気が付いたのだ。
「まだ私は、【そこ】へは辿り着いていない。」と。
何かはわからない、正体不明の【何か】がメイシアの中で芽生え始めていたことは確かなのだが、メイシアには、その【何か】を捕まえることができない。
ただ今は、するべきことを成すために、一度【そこ】へ行ってみないと始まらない。そんな気持ちだった。
メイシアは、ハッとした。
(そういえば、まだ、あのオズの宮殿で会った方がロードさまじゃないって、ストローたちは知らないんだよね……。話しても大丈夫かな? )
ふと、馬を走らせているストローを見た。
ストローは、いつもいろんな事に気が付き、考え、知恵を絞ってくれる。
あの時本当に出会えてよかったと、メイシアは心から思っている。
もしストローと出会えていなかったのなら、ロードに会いに行く、なんて事は口をついて出なかっただろう。
そして、もし一人で旅を始めたとしても、きっと途中で挫折をしていただろう。
勿論、途中で加わったウッジもチャルカも。そして、メリーにも会えてよかったと思っている。
カマディに【あの人】はロードではないと聞かされた時、とてつもなくショックだった。
しかし御嶽でストローに言われた「家族」という言葉。
その言葉でショックにより開いた心の穴が、埋められていくように思うのだ。
皆がいたらきっと何とかなる、と思える。
視線に気が付き、ストローがメイシアを見た。
ストローが何かあった? と言わんばかりの、目くばせをした。
メイシアは、にっこり笑って首を横に振った。
「メイシア、まだまだ遠いけど、体は大丈夫? 」
自分も馬を走らせることに必至なのに、ストローが何とか近寄り声をかけてきた。
「うん、大丈夫。頑張ろうね。」
「ウッジとチャルカも頑張っているもんね。」
四頭の馬は速度を緩めることに無く、街道を走り続けた。
スイの御殿までは、まだしばらくはかかりそうだ。




