128話 師弟 1/15
黒い帆で風を受け、帆船が空を行く。
そこに一つの【影】の姿があった。
黒い髪をなびかせて、闇の化身と言うべき、その存在。
長い髪の隙間から表情を垣間見ることは難しいが、口元がかろうじて見え、機嫌が上々なのだろう。
それは人の形をしているものの、足元は船と同化していた。
そう。影なのだ。
どちらが影なのか。船か。はたまた人なのか。
彼と呼べばいいのか。彼女といえばいいのか。
それは難しい。なぜなら、そのどちらでもないからだ。
闇に潜む影であるこの存在は、何者でもないのだ。
闇。影。
この光の鮮烈な十六夜にあって、異質のように感じるが、光が強ければ強いほど影は濃いものだ。
その影の名は、トイフェル。
いつからその名前だったのか定かでは無い。
気が付けば、トイフェルと呼ばれていた。本人は、何と呼ばれようが気にしない。何でもよいのだ。
自分が存在してるいこと。それが全てなのだ。
存在こそ、自分を証明する全て。
また、いつから存在しているか。
それすらも定かでは無い。
気が付けば、「そこ」に存在していた。
忌み嫌われ、疎まれ、消滅を望まれた。
しかし、それこそが存在の証明。
最初はとても儚い存在であった自分が、徐々に自覚するほどに存在を濃くした。
存在こそ、自分を証明する全て。
「存在」こそ。
ここにいる事のみが現実であり、正しい事なのだ。
トイフェルの頭上には、その禍々しい存在には似つかわしくない光があった。王冠だ。
金、銀を使い、碧玉や珊瑚などが、前後に渡したアーチ状の金筋十二本にはめ込まれた豪華なものだった。ひときわ目を引くのは、金筋が据え付けられている台座の額部分にある、大きな赤い石だった。
光を反射して光っているというよりも、その石自体が光を蓄えユラユラと光っているように見えた。
漆黒の帆船に近づいてくる赤い毛玉の群れがあった。
「トイフェルさま! 」
翼の生えた毛玉は帆船に転がり込むと、トイフェルに駆け寄った。
その毛玉はキジムナー。
ぞろぞろと居る中、リーダーと見える一人が前に出た。
「おぉ。お前たちか。」
「イヒヒ、島の様子を見てきたさぁ。」
「……。そんなことはどうでもいい。早くスイの御殿を手中に収めるのだ。」
トイフェルの声の変化を察知したキジムナーたちは、トイフェルの言葉に、深々と頭を下げた。
一体この瞬間に何があったというのか、あんなにご機嫌そうに傾いていたトイフェルの口元が、不機嫌に歪んだ。
トイフェルの荒れ始めた心を投影しているか、黒い雲がゴロゴロと大きな音を立てはじめ、まるで強大な刃の様に何本もの黒い稲妻が海面や山原めがけて落ちた。
雷が苦手なのか、キジムナーたち密集して団子状態になり、耳を塞いて丸くなった。
「ヒィィ、トイフェルさま、山原が焼けてしまうさぁ……! 」
「それがどうした。山原なぞ要らぬ。消し炭になればよかろう。山原に住む獣や魑魅魍魎が住処を失い人家に押し寄せる。一石二鳥ではないか。フフフ…… ハハハハハハハハ! 」
トイフェルの笑い声が、稲妻の轟音の中、十六夜の空に響いた。
「アレさえ…… 」
キジムナーたちは、コロニーの中でただ震えていた。




