125話 楽園 31/33
「えーっと、どっちの水を使ったらいいの? 」
ナギィが、水瓶を覗き込んでいた。
二本の鍾乳石からの雫を受け止めるために置かれている水瓶。なので、もちろんだが水瓶は二個あるのだ。
「奥がシキヨダユル アマガヌビー。手前がアマダユル アシカヌピー。アマダユルの壺から貰うさ。」
そう言いながらユウナが手を出し、ナギィからスポイトを受け取った。
ユウナは一度、水瓶に手を合わせると、手前にある水瓶に手を突っ込み、自分には水が付かないように慎重にスポイトで中の水を少しだけ抜き取った。
「御水をウヒもらいましょうねぇ。…… カマディなら指でしたんだろうけれど、ワーにはこの御水は触れないからよ。」
「どうして? 」
「ワーにはチューバーやっさぁ。」
「強すぎる……? 」
「さぁ、二人はそこに寝転ぶさぁ。カマディが御水撫をするんだったら寝なくてもいいヤシガ、ワーは御水に何も溶かすことができないからよ、御水に任せるしかないさぁ。頭を打っても困るからよ。はい、寝た寝た。」
促されるまま、少しゴツゴツとした地面に二人は寝転んだ。
「な、なんか…… 少し怖いね、」
「……うん。でも、メイシアはフームチ! 大丈夫! 」
「ナギィもね! 」
「いいかい、二人とも。もしカマディのところに行けなくても、会えなくても、絶対戻ってくるんやさ。もしカマディに会えたらカフー……幸運くらいに思っておくさぁ。」
戻って来るとか、行くとか、よくわからなけれど、二人にはこれを実行する選択肢しかないので、もう何も聞かなかった。
「「はい。」」
「さぁ、心の準備は出来たさぁ。目を閉じて…… 」
と、ユウナが二人の額にスポイトの水を垂らしかけようとした。
「ユウナさん! 」
ストローが待ったをかけた。
「本当に大丈夫なんですか? なんか、オラ、何ていえばいいかわからないけど、嫌な予感がしてならないんです。」
「大丈夫…… かどうかは、実際やってみないとわからん。ヤシガ、二人が戻らなくても、ワーがマブイグミをしてみせる。」
「いや、戻らないとか、そんな可能性があるって…… それって…… 」
「ストロー。いいの。私、絶対成功させるから。心配してくれてありがとう。行ってくるからね。」
メイシアがにこっこりとした。
「メイシアまで……。行ってくるって言うけど、どこに行くかわかっているの? 」
「……いや、それはわからないけど、何となく。でも、絶対大丈夫なの。ナンクルナイサ! 」
「ナンクルナイサって……、」
「じゃ、行ってくるからね。ユウナさん、お願いします。」
「メイシア、絶対戻って来てよ! 」
ストローは、あの霧の中の出来事を思い出していた。
メイシアがそのまま進めば、船から落ちてしまう事はわかっていたのに、どうしても止めることができなかったあの時。
目覚めた時、後悔してもしきれないくらいに自責の念に押しつぶされそうだった。。
もしかしたら、今回もあの時の二の舞になるかもしれないという思いがストローを絞めつけていた。
だが今回は、メイシアのはっきりとした意思がある。意志から起こした行動なのだ。
ぐっと、我慢して堪えるしかなかった。
ユウナはメイシアの決意に、一度頷くと、何やらもごもごと口の中で唱えだした。
そして、メイシアの額に。続いてナギィの額に、アマダユルの聖水を一雫落とした。
落ちた一雫は、額をつたい耳の方へと流れて行った。
その流れに従うように、メイシアとナギィの意識が、スッと消えたのが分かった。
緊張していた二人の体から力が抜け、だらっと腕が地面に落ちた。
「メイシア! ナギィさん! 」
ストローが、耐え切れずに二人の体をゆすった。
もちろんだが、二人は何も答えない。
ただ、抜け殻の体が力なく揺れただけだった。
一呼吸おいて、二人の体が微かな青い光を放ちだした。
「……これは、」
「成功したようやっさぁ。」
「わぁ。メイシア、きれい! 」
チャルカが、しゃがみ込んでメイシア達から放たれる淡い光にまじまじと見た。
「…… あとは、二人を待つしかないさぁ。」
ユウナが、その場にどっかりと座り込んだ。
ウヒ / 少し
チューバー / 強い
御水撫/ 額に水を指でつける儀礼。お祓い、祈願など。
ナンクルナイサ / なんとかなるよ
フームチ / 幸運を持っている人
カフー / 幸運