124話 楽園 30/33
「……これ、スポイトじゃないかな? 」
ストローがつぶやいた。
「スポイト? ……って何? 」
聞いたことが無い名称に、メイシアが首を傾げた。
「んと……、液体を取り出すための物だよ。ここの柔らかいところをつまんで液体を吸い上げるの。この大きさだと、本当に少量だよね……。」
ストローが説明しながら、スポイトのゴム球の部分をつまんだ。
「へぇー……。でもなんで? 」
「……さぁ? 」
「チャーも! チャーも触ってみたい! 」
チャルカが、ストローの手のひらに乗ったそれを見たくてジャンプした。
「もー、チャルカはいいの。大人しくしてて。……でもコレ、今、トーラから出てきたんだよね? 」
オズから何も持ってこなかったのだ。
もちろん、このスポイトだって、自分たちの持ち物でないことは確実だった。
トーラから出てきたという考えようが無かった。
という事は、トーラが今、事態を解決するためにはこれが必要だと判断した…… 奇跡だということになる。
「うん……、オラ、スポイトなんて持ち歩いていないから、きっとそうだよね…… 」
「液体を吸い出すものなんだろ? ここにそんな水とか、そーゆーのあるの? 誰か、なんか持っているとか…… 」
ウッジが周りを見渡した。
面々が首を横に振った。
その中にあって、メイシアだけが、とある方向を指さした。
「水ならあそこに…… 」
全員が、メイシアの指さす方に目を移した。
そこには、二本の鍾乳石の下に配置された二個の水瓶があった。
「メイシアさん……、あれはシキヨダユルとアマダユルの壺。あの中に溜まった聖水は、薬にも毒にもなるのです。私たち清明でも、むやみに触る事、覗き込むことすら禁止されています。触らない方が……、」
「いや、マチュンさぁ。」
マタラの言葉をユウナが遮った。
「メイシア嬢。……確かにそうさぁ。よーく考えたら、それしか手はないねぇ。ウンジュは、その着物の下に、デージ不思議なーお守りを持っているさぁ。さっき、ウンジュの魂を探していた時に気が付いたさぁ。」
メイシアが、達成の鍵をぎゅっと握った。
どうしてだか、秘密にしていないといけないような気になっていたからだ。
恐る恐る、肯定の返事をする。
「……はい、」
「ワーには、それが一体何かはわからない。ヤシガ、そんなに力のある特別なものを持っているイナグングヮ。そーそー他にはいない。ウンジュなら、きっと、あの水を使ユン事が出来る。カマディが特別だと言ユン イナグングヮ。アンヤクトゥ、確かにアランないさぁ。メイシア嬢はフームチやっさぁ。」
「フームチ……? 」
「運を持っている人って感じかな? ……そうだね、うん。きっとそうだよ、メイシア! メイシアは幸運を持っているんだよ。だから、その力でオバアを助けて! お願い! 」
ナギィが、メイシアの手を握った。
「うん、ナギィ。……私が幸運を持っているかどうかはわからないけど、でも、絶対におばあちゃんを助ける! 待っててね。」
メイシアもナギィの手を握り返した。
「ユウナさん、私、どうしたらいいんですか? どうしたらおばあちゃんを助けられるんですか? 助けられるんだっら、どんなことでもします! 」
ユウナは、じっとメイシアの瞳を見つめた。
「……あの瓶の中の聖水を一滴、額に落とせばいい。」
「え? それだけ? 」
「それだけやさ。ヤシガ、それだけでは無いよ。それからは、誰もウンジュを助けることができない。そこから、自分で切り抜けないといけないよ。」
「…… 何が起こるんですか? 」
ユウナが、強張るメイシアの肩をさすった。
「なぁに、脅かしてワッサイビーン。ワーにも、そこからはわからんさぁ。そこからは、御水を使える者にしかわからない事。残念ながら、ワーはそっち側の役目の者では無かったという事やっさー。」
「ユウナさん、それって危険なん事なんじゃないの? メイシアは大丈夫なの? 」
ナギィが不安げにユウナに問う。
「ナギィ、大丈夫。私、何となくだけど、こういう事に慣れているの。変な言い方だけど…… 自信あるよ。へへへ、」
メイシアがヘラヘラっと笑って見せた。
そんなメイシアを見つめながら、ナギィは決意した。
「ユウナさん、ワーもする! 」
「え! だ、大丈夫だよ、私一人で! 」
「ダメ。ユクシムニー。顔に書いてある! 」
「ゆ、ゆくし……? 」
「ねぇ、いいでしょ、ユウナさん。もしユウナさんがダメって言ってもワーは、絶対そうする! 」
「……仕方ないねぇ。本当は、ナギィにはカマディがするつもりだったのだろうけれど、仕方ないさぁ。ナギィもきっとあっち側の者。二人で行って来るさぁ。」
「そうと決まったら、さぁ、早くしよう! ごめん、貸してね。」
ナギィが、ストローの手からスポイトを取った。
そして、水瓶のあるところにメイシアを引っ張って歩き出す。
「ちょっと、ナギィ……! 」
「あっち側とか、そっち側とか、行って来るとか……、一体なんなんだろうね、ストロー。」
ウッジが、ストローに声をかけるが、ストローは考え事をしているのか聞こえていない様子だった。
「もー、ストロー、聞こえてるの? 」
「あぁ、うん。ごめん。なんか、嫌な予感しかしないんだけど…… 本当に大丈夫なんだろうか? 」
「なんでそう思うんだよ。」
「…… 何かが、引っかかって、」
「あ、行かなきゃ! メイシアたち、寝転んでるよ。始まっちゃう! 早く行こ! 」
「チャーも、行く! 」
ウッジとチャルカが、水瓶のあるところまで駆け出した。
ストローも、モヤモヤする思考を中断させて、走り出した。
デージ / とても
イナグングヮ / 女の子
ウンジュ / あなた
ヤシガ / しかし
アンヤクトゥ / そうだから
アラン / 違う
ワッサイビーン / ごめんなさい
ユクシムニー / 嘘を言っている、それは嘘だろう




