59話 十六夜の島 5/10
風呂から上がったストローにチルーが用意してくれていた着物は、確かにフエルトとトナカイの皮で作られたコルトよりも涼しく、この蒸し暑い気候の中では着心地が良かった。
チルーが着ていた姿を思い出しながら、多分こうだろうという着方で、さらっとした感触の着物を纏うと部屋に戻った。
「ただいまー」
扉を開けながらそう言った声が小さくなる。
部屋の灯りは消されて、もうウッジ達は寝てしまっているようだった。
風通しに大きく開いた格子窓からの月の光で部屋の中の配置は確認できたが暗い。
とりあえず、チルーが言ってくれていた飲み物が飲みたいと思い、蝋燭か何かないかと見回した。
(……不便だな、、)
と、ふと思ったところで、不思議な気分になった。
小さなころから、暗くなるとランプに火を灯してきた。普通の事だ。なのにどうして今不便だと思ったのか。
そんな事を思いながら、明かり取りを探すのに周囲を見回していると、月明かりに照らされたテーブルの上に水差しとコップを見つけた。
(これかな? まぁ誰が使っていたやつでもいっか。)
水差しからコップに中のそれを注ぐと、そこにあった籐製の椅子に腰かけた。腰のあたりにむぎゅっとした感触の後、ギャッ! と声がした。
「あ、ごめん! メリー、そんなところで寝ていたの? 」
小声で謝りながら腰を上げると、小さな火の粉がキラキラと舞っている。尾っぽを一振り。ぶわっと、触れても熱くない不思議な火の粉が舞う。
ストローは、いくら見慣れてもきれいだなぁ思ってしまうが、今は見惚れている場合ではない。
火の粉の出元であるメリーが、怒った様子でこちらを向いていた。
「ぐぅ! 」
文句を一つ。
「ごめんって。暗くてよく見えなかったから。」
そういうとメリーを抱き上げて改めて椅子に座り、膝の上に乗せた。
コップの中の飲み物を一口。
どんな飲み物なのか全く気にしないで口にしたものの、水ではなく、花の香りのお茶だった。
少し清涼感のあるその香りで、体の中から蒸し暑さが消えていくようだった。
「ぷふぁーーー……、生き返るーーーー。メリーも飲む? 」
しかし、メリーは動かず寝たまま。
「……そ。眠いのか。」
答えないメリーを撫でながら、もう一口。
(オラ、どこで寝たらいいんだろう……。)
そう思いながら、周りを見渡す。やはり月明かりが届かない部分は、暗闇に目が慣れても暗すぎて認識することができない。
なるほどな、と思った。
さっきの不思議な苛立ちはこれだ。
オズにいた時、望めば自然な流れでほしい場所に明かりが点いたのだ。
それが、あの少しの滞在で当たり前になっていたのだ。
あそこは、やはりロード様の力の及ぶ、不思議な……特別な場所だったのだと再認識する。
例えばこういう場合、自分の寝所はどこだろうと思うと、その場所の灯りが薄ぼんやりと、前から点いていましたよ、という感じで存在するのだ。
ここ赤星島はもちろん、オズではないのでそんな不思議なことは起こらない。
これが普通なのだ。
コップの中のお茶をグビッと飲み干すと、「こちら側へ帰ってきたという事か。」と心の中でつぶやいた。
「さてと。」
そういうと、メリーを抱きあげると自らも立ち上がった。
「メリー。オラ、どこで寝たらいいのか聞いてない? 」
眠そうなメリーが、一あくびすると、邪魔くさそうに「あっち」と目線を送った。
「あっちね。ありがと。一緒に寝よう。」
そういうと、メリーを連れて、寝所へ向かった。