111話 楽園 17/33
ユウナのビシビシと伝わる張りつめた空気に、それぞれがコクリと頷いた。
「本当は、この御願は必ず夕方にするヤシガ。……気合、入れるさぁ……!」
ユウナが、頭にカマディのような白い幅広のハチマキをキュッと絞めた。
それを合図に集中が深まる。大きく息を吸い、静かに吐ききると、手を合わせ拝みだした。
場所自体が廊下なので、広さ的に余裕がない。
なので、廊下から少しそれた部屋で、見守る事になったストローたちには、ユウナが何か呪文のような事を呟いているのだが、島の言葉なのと、声が小さいのとで、聞き取ることはできなかった。
黙って、畳に腰を下ろし、拳を握りしめて見守った。
ユウナは夕方にする儀式だと言った。
ユウナの事は昨晩のウッジ事もあり、その力は信じてはいるが、まるで別人のようにピリピリとしたオーラを出して、拝んでいるのを見ると、大変難しい事をしているのだろうという結論に達し、成功するのか、不安を拭い去ることは出来なかった。
ウッジの目には青い光が映っていた。
ユウナの周りから、透明な青い光が霧のように立ち昇っていた。
それを、じっと見つめる。
と、ふいに風が吹き込んだ。
ほとんど壁が無い造りの屋敷なので、風が吹くのは当たり前。
だが、その風は様子が違った。何か外の風とは違う気配がする。
確かに、風が吹いたのは事実の様だった。風が吹いた瞬間、線香から立ち昇る煙が激しく揺らいだのだ。
その後の線香の煙が不思議な昇り方をウッジは、我を忘れて観察していた。
ある程度の高さまでスッと一筆書きの様に昇るのに、ある高さになると、掻き消されるように縦横無尽に散らばり消えてしまう。
「ウッジさま、」
「ウッジ! 」
「ウッジー! 」
「ウッジさんっ 」
呼ばれる声に我に返ると、全員が、ウッジを凝視していた。
「は、はい! 」
慌て、上ずった声で返事をする。
「ウッジ、何ぼーっとしているの? ユウナさんが呼んでいるよっ 」
ストローが小声で耳打ちした。
「へ? ウチ? ……な、なんで? 」
「知らないけど、とりあえず、早く! 」
ストローがウッジの背中を押した。
「わっ! もぅ、ばか力…… 」
若干立とうとしていたところを押されたものだから、前のめりになってしまい、こけそうになった。
しかし、ここでケンカもしていられないので、急いで、ユウナの横に移動して座った。
「……はい、呼ばれましたか? 」
恐る恐る、ユウナの顔を横から覗く。
「ネーネーなら、このお方……セジウナイが見えるさぁ。」
そういうと、人を紹介するように手のひらで前方の空中に指した。
ウッジは何が何だかわからない状態で、頭が空っぽになったが、空っぽだからこそ、何も考えずウッジの目はユウナの手を追ってその先を映した。
さっきまで、煙が急に乱れて不思議だと思っていた謎の答えがあった。
そこに女性が立っていたのだ。
薄紫の美しい着物を着た、涼やかな目をした女性だった。
「……ウンジュが、神と話したいという女であるか。」
その女性が言葉を発すると、言葉の振動なのか、何か物質的な力が働いているのか、煙が散っているのだった。
しゃべっていない時は、散らないので、息ではないようだ。
女性は、涼やかな目線をウッジに向け、ウッジの言葉を待った。
「か……、神さま?! 」
驚いたウッジの声が裏返った。
「しっ、ネーネーは騒がしいねぇ。……ちゃんと見えて、お言葉も聞いたばぁ? 」
ウッジは、神さまらしい女性にビビり倒して、無言でコクコクと頷いた。
「ヤサ。……とりあえず、深呼吸して落ち着いて。しっかりするやっさぁ。ネーネーも神は初めてじゃないさぁ? 」
ユウナの言葉に、とりあえず、三回ほど深呼吸……のはずが深とまでは行かない浅い呼吸を、深呼吸のつもりでした。
そして、もう一度、薄紫の着物の女性を見上げた。
「……そんなに、ウトゥルサンヤー? 」
ウッジは何を言われているかわからないが、とりあえず首を横に振った。
「ワーは、この家に祭られている神、セジウナイじゃ。清明の御願を聞き、姿を現した。ウンジュの願を言え。」
舞い上がって、口をアプアプしているウッジに、ユウナが「メイシア嬢を助けるやさぁ? 」と耳打ちをした。
すると、舞い上がっていた余分な血の気が引いて、一度大きな深呼吸ができた。
「……し、失礼いたしました。セジウナイさま、どうかペンタクルにお座す太陽の神、ソーラとサンにお取次ぎをお願いできませんか? 」
「……。なるほど。神と面識があるというのは嘘ではないようじゃな。」
「はい! 嘘なんてついていません。二人には…… 違うな、神さまだから、二柱にはペンタクルの町で厄介ごと…… じゃなくて、お世話になりました! 」
「うふふ。ウンジュはなかなかの正直者のようじゃの。面白い。」
セジウナイの表情が柔らかくなった。
「では、お取次ぎを……! 」
ウッジ素直なので、その運気が上向いたかもしれない状況に声が少し明るくなる。
「……そうじゃの……、そのマブイが抜けたイナグングヮを救いたい気持ちもわかる。この十六夜にマブイがあるのなら、なんとかワーが探してやらぬこともない。」
「え! 本当ですか? 」
「しかしじゃ。ワーの見立てでは、そのイナグングヮのマブイはこの世にはいない。」
「え…… 」
セジウナイの躊躇の無い言葉を一瞬、聞き流しそうだった。
時が一瞬止まり、一秒も立たない次の瞬間、心臓が捻じれたかと思うほど脈打った。
あまりの衝撃に、ウッジは心臓が止まりそうだった。
ヤシガ / しかし、だけども
ウンジュ / あなた
ウトゥルサン / 怖い
イナグングヮ / 女の子




