107話 楽園 13/33
マタラが居間のテーブルに座るよう座布団を出してくれた。
とはいうものの、そんな悠長の事をしている場合ではないのだ。
しかし、家の様子が少しおかしい事とマタラの様子も気がかりなので、とりあえずは腰を落ち着かせた。
「マタラ、一体どうしたさぁ? ひと気が無いし、マタラもなんだかやつれてるばぁよ? 」
「……はい……それが、」
と言いかけて、少し口ごもり躊躇した。それもそれはず、スイの国の一大事を、誰か身元の分からない者の前で、発言できるはずもない。
察したチルーが口を開いた。
「ご挨拶が遅れました。私は御殿から参りました。チルーと申します。御殿で仕事を頂いております。こちらの方々は人探しにいらっしゃった、ストローさま、ウッジさま、チャルカさまです。……今日お伺いしたのは、海榮さまの命により、カマディさまにお力添えを頂きたく、お伺いいたしました。それで……カマディさまは? 」
「あぁ……海榮さまのお知り合いの方なんですね。では、お話しても大丈夫でしょうか……。」
マタラが少しほっとしたのか、表情が柔らかくなったのもつかの間、今にも泣きだしそうな顔をしてうつむいた。
「マタラ、どうしたさぁ……? 」
「はい……、すみません。……祝女さまは、カマディさまは、ここにはいらっしゃいません。昨晩から御嶽にいらっしゃいます。」
「……御嶽? 一度も帰ってないさぁ? ……もしかして、今 山原の方からやってきている黒い雲の影響やっさぁ……? 」
ユウナが、眉をしかめた。
こんなに長い間、一人の清明が祈りの番をするなんてことは考えられない。
ましてや気温が高い十六夜で、高齢の女性がそんな長時間、集中して体力をすり減らすような仕事を強いられる事は考えられない。
「雲……? 」
「はい、今、山原方角から、不気味な黒い雲が……。ご存じなかったですか? 」
チルーがそういうと、マタラの顔が真っ青になり、一瞬を失ったのか、フラリとよろめいた。
それを隣に座っていたストローが、咄嗟に肩を抱いて止めた。
「だ、大丈夫ですか?!」
「……すみません。大丈夫です。」
そういうと、マタラは姿勢を正した。
「……話は長くなるので省きますが、今、清明たちは祝女さまを投獄するために、御嶽へ向かっているのです……。こんな時に、トイフェルの動きがあるなんて…… 」
「どういう事やっさぁ……! どうして、カマディが! 」
ユウナの顔が見る見る真っ青になった。
「いや、カマディさんの事もですが、今、マタラさんはあの黒い雲がトイフェルの仕業だと、おっしゃいましたよね? 」
ストローは聞き逃さなかった。
「ちょっと、待ってください。もう何が何だか……。」
いつも冷静なチルーも混乱しているようだった。
「すみません、チルーさん。せっかく御殿からいらしてくださったのに、こんなことになっていて…… 」
チルーが自分に説明するように、頭の中で生成される言葉を出来るだけ冷静な口調でなぞる。
「魚釣までやって来たのは…… カマディさまなら、この方々の尋ね人の手がかりが掴めると、海榮さまがおっしゃっていたからで…… 今カマディーさまがいらっしゃらないという事は…… いや、そんなことは今は言っていられませんね。カマディさまを、」
チルーが、脳の中の回路がつながったのか、急に居てもたってもいられない様子で、立ち上がろうとした。
そのチルーを遮るように、マタラが口を挟んだ。
「もしかして……、皆さんがお探しになられている方というのは、メイシアさんですか? 」
「「「! 」」」
思いもよらないところで、メイシアの名前が耳に飛び込んできた。
「はい!そうです、オラたちが探しているのはメイシアです! 栗色の髪の、緑色の瞳の女の子です! 」
「マタラさん、メイシアさんをご存じなのですか? 」
「? ……はい。昨日倒れられて、今、奥の部屋で横になっていらっしゃいます。」
「えーーーーーー! 」
「ちょっ、ちょっと待って、マタラさん。ん? んん? 今の話が理解できない……。メイシアって、栗毛の碧眼の女の子……の事ですよ? 」
ストローが、身振り手振りで説明する。
「……はい。」
「背の高さはこれくらいで……花の刺繍の入ったワンピースを着ていて…… 」
「お召し物は、十六夜の物をお召しなので、それはわからないですが…… 」
「ちょっと、ストロー! マタラさんが困っているじゃない。」
「だって、メイシアだよ? 信じられる? 」
「まぁまぁ、探していたネーネーが居るというんだから、良かったぱぁよ。とりあえず、お顔を見せてもらったいいさぁ。」
ユウナが、興奮するストローに優しくたしなめた。
「チャー、メイシアに会いたい! 」
「あぁ、そうですね。ご案内しましょう。……こちらです。」
マタラが立ち上がった。他の面々も、立ち上がり、急いでマタラの後を追った。