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虹の国のメイシア ~タロット譚詩曲~2  作者: メラニー
第五章 夜の国
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105話 楽園 11/33

ナギィは、トイフェルという名前をカマディの口から聞いても、信じられなかった。

今まで、目と鼻の先で悪魔が巣食っていると知ってはいたが、どこか遠い世界の話の様にも思っていたところがあった。

母親を奪われた紛れもない事実と鮮烈な心の痛みは、鮮度を失わずここに居るのにもかかわらず、平和がそれを鈍らせていたのだ。


「えぇ? うそ…… 」

不安と受け入れがたいその返答に、頬が緩む。

しかし、カマディはまっすぐにナギィを見ていた。

「嘘を言っている顔に見えるかい? 」


「……オバア、チャースガヤ……、」

「チャーンナランサァ、」

「そんな…… 」

初めて、恐怖で体が震えた。


「逃げよ! オバア、早く逃げよう! 」

森榮しんえいが、カマディの胸ぐらを引っ張り必死に訴えた。


「森榮、オバアは御主加那志うしゅがなしにスイの国をお願いされた祝女のろなんだよ。ワシが逃げてどうする。それに、ワシが撒いた種やっさぁ…… 」


「そんなぁ…… オバアが死んじゃう! 」

そう言って森榮が、泣き出してしまった。

「森榮! スイ親軍オヤイクサの息子が、こんなことで泣くんじゃない! スイ親軍は世襲制ではないとはいえ、次に親軍を引き継ぐのはヤーなんだよ。だから、しっかりしやいたぼり! 」


森榮は無言で首を振った。

親軍だなんて、言われたことも初めてだし、こんな状況で、しっかりするなんて無理なのだ。

今は、この恐怖から逃げたい。

何よりも大好きなオバアを失いたくない。まだ幼い森榮にとって、それだけが今の望みだった。


「聞き分けの無いワラビは嫌いだよ、森榮。……ナギィ、」


「……はい。」

「今、この御嶽うたきは鏡の力を失った。力の弱い清明がここで祈ったところで、力を反映しない。だから、ワシが祈らねばならない。」

「な、なんで? だって、昨日まで? さっきまでは、ちゃんと御嶽で祈れていたんでしょ? 」

「……今、詳しく説明している暇はないばぁよ。……とにかく、何を言われても気に病むな。ナギィ、ヤーの責任ではない。ワシの責任やっさぁ。」

「なんで? なんで、オバアの責任なの?!なんで、ワーに何も教えてくれないの? アンマーの事だって、今まで全然聞かせてくれなかった! 」

ナギィも、悶々としていたものがあふれ出して、そんなつもりなんて無かったのに、カマディにあたってしまう。


「ナギィ! ……本当に、ワシのンマガはいつまでたっても子供ワラビやさぁ…… 」

カマディはそういうと、もう一度、孫たちを抱きしめた。


「ワシはいつだって、ヤーたちの味方さぁ。本当にカナサン。カナサンドー。カガンの事もカナサン。でも、悲しんでいても何もできない。だから、ワシは二人を引き取って育ててきた。トイフェルなんかに負けないように。もうワシのように、ナギィや森榮のように、大切なものを奪われて、悲しむ者が生まれないように。ワシはヤーたちに、秘密にしていたことがある。でもどうか、信じてくれ。ワシはカナサン孫を裏切るようなことはしていない。」


そういうと、カマディは二人を離し、顔をじっと見つめた。


「いいかい、ナギィ。今から、ワシたちでないとできないことをする。ちゃんと聞くんだよ。」


二人は黙ってカマディの次の言葉を待った。


「今からワシが出来るだけ強い力で結界を張る。これ以上のトイフェルの力をこちらに入れないようにするためやさ。そして、問題はこの御嶽が鏡の力を失ったように、きっと、神降カミウリの御嶽も同じように力を失っておる。」


「え! 」

衝撃の事実だった。

という事は、今スイの国は全く自衛が効いていない状態で、しかもカマディほどの力が無いと結界を張れないというのに、ほかにそれが出来るものが居るのかどうかもわからないという、絶体絶命の状態だという事が今の話で分かったからだ。


「どうするの? もうどうしようもないじゃない! オバア、だって、神降までも遠いし、一体誰が…… 向こうにも強い人が居るの? 」

焦ったナギィが捲し立てた。


「ナギィ、最後まで聞くさぁ。ここからが大切な事だよ。今、魚釣ユイチャーにメイシアの仲間が来ている。彼らがメイシアを目覚めさせたなら、メイシアはワシとヤーを心配して、ここへやってこようとするだろう。でも、ここへ来てはいけない。ここは、ワシ一人で充分やっさ。だから、ヤーは今からメイシアのところへ急いで戻って、ここへ来ることを止め、これからメイシアがやろうとしている事に協力をしてあげなさい。」


「……ちょっとまって? それが、ワーらにしかできない事なの? でも、それじゃ、オバアは? 神降は? あっちからも結界を張らないといけないんでしょ? ワーにできるかわからないけど、ワーがそっちへ…… 」


「このスイの国の祝女さまを馬鹿にしちゃいけないよ。ワシ一人で充分。この国はワシが守って見せる! 」


カマディがにっこりと笑って見せた。

ナギィは、もうオバアに会えないのかな、とその時思ったが、口には出せなかった。

口に出してしまえば、本当になるかもしれない。そんな不安で心が今にもつぶれそうだった。


「森榮は、いいかい、ネーネーを守るんだ。そしてこの先、海榮かいえいと行動を共にするかもしれない。そうしたら、ちゃんと海榮のいう事を聞いて、学んで強くなりなさい。この国はヤーが平和にするんだよ。」


「オバア…… ワン、オバアも一緒じゃないと嫌やっさぁ……、オバアも行こう? 」


「はぁー……。本当に、森榮は。……また後で会えるさぁ。心配しないさぁ。……さぁ、ナギィ、森榮を連れて早く戻って! 時間が無いよ! 」


ナギィは、黙って、カマディの頬に頬をつけて抱きしめた。

そして何も言わず、泣きじゃくる森榮の手を引っ張って、御嶽を飛び出した。


チャーズガ / どうしよう

チャーンナランサ / どうしようもない

アンマー / お母さん

カナサン / 愛おしい

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