103話 楽園 9/33
森榮を追いかけながら、ナギィは考えた。
カマディとキジムナーの事。そして、カガンの事。
もし自分が望まない、最悪な真実が待っていたらと思うと、怖くて仕方がない。恐怖? 落胆? ……怒り? そのどれもなのかもしない。
しかし、いくら考えても今まで育ててくれた「オバア」は、自分にとってこの上なく最高の存在だった。
厳しくも愛のある接し方をずっとしてくれた。
曲がったことは大嫌いで、いつも筋を通してきた。
もう引退してもいいような歳になってまで、祝女を続けているのだってそういう性格だからだ。
まだまだ元気だとは言え、老体に一人での深夜の番は体力的にも責任においても、重荷だったに違いないのだ。
そんな「オバア」が曲がった事をするはずがない。
もし「オバア」がやっている事が、どんなに世の中に背いたことだったとしても、結果として曲がったことはしないはずだ。
ましてや、自分たち姉弟が悲しむことはしないはずだ。
そう思った時、あの言葉が頭の中によみがえった。
メイシアと魚釣を訪れた日に、二人の手を握り言われた言葉だ。
『いいかい、何があっても、自分を信じるんだよ。そして、ワシは何があってもお前たちの味方。ワシはお前たちを守る。だから、どんなことがあっても、ワシを信じるんじゃ。』
まるで今の状況を見越して、言っていたような……
実際、そうなのかもしれないとナギィは思った。
カマディはいつもそうなのだ。
だから、祝女なのだ。
そうだ。自分の「オバア」が間違ったことをするはずがない。
そうでなければ、スイ天加那志が祝女に選ぶはずがないのだ。
そう思えたら、自然と力が沸いてきた。
腹をくくったら、やることは一つ。
今はとにかく、御嶽に森榮が入ってしまう事を食い止めなければいけない。
それだけは、自分たちだけの問題ではないのだ。長い間、十六夜の者が面々と守ってきたことなのだ。
自分たち姉弟が、ましてや祝女の孫、スイの親軍の息子がそれを破ることは許されない。
ナギィは迷いがなくなり、今するべきことをするのだと、吹っ切れた。
必死で御嶽への道を急いだ。
しかし、いくら走っても森榮の姿が捕えられない。
「ったく、相変わらず、脚だけは早いんだから…… 」
どうか、声が届く範囲にでも近づけたら……と祈る想いで走り続けた。
そう思っているうちに、あの鍾乳石と壺のあたりまで来てしまった。
もうここまで来たら、御嶽のゲートは目と鼻の先。というか、もう片足を突っ込んでるくらいの場所なのだ。
ナギィが脚を止め、酸欠状態の頭をどうにかしようと、肩で呼吸をするような荒い息を何度も吐き、流れる汗をぬぐった。
「森榮……どこに行ったの……? 」
と呼吸なのか言葉なのかわからないような声を出した時、それは起こった。
数十メートル先に見えている御嶽へつながるトンネルから、大量の青い光が飛び出してきた。
一瞬、眩暈がしたナギィが、気を失いかけて後ろに倒れそうになったが、なんとか踏みとどまって膝から崩れ落ち、前のめりに倒れ込んだ。
うずくまる。
目を瞑っても逃げられない頭の中の眩しさ。
割れるように頭が痛い。
さっきまでの走ったことによりかいた汗とは違う汗が流れた。
「うぅ……、」
それでも、ナギィは御嶽へ行かなければいけない使命感だけで、なんとか動いていた。
どうにかして立ち上がり、頭の中の光に眩み、頭痛に耐えながらなんとか、トンネルまでたどり着いた。
御嶽の中をのぞくと、倒れているカマディと、その傍で呆然とへたり込む森榮が目に入ってきた。
一瞬息が止まった。
絶望? 夢?
何が起こっているのかわからない。
この状況を分析して理解しようとしても、鼓動は早くなるばかりで、頭に血に廻らない。
眩しさしか感じない脳は一向に働きもせず、まばゆい光で心を真っ暗にした。
とりあえず、前に進まないといけないという本能だけで、ナギィは前に進む。
秒速で増してゆく御嶽の力に、意識が遠くなりながらも、トンネルの壁をつたい、這うように。
耳鳴りで、すぐそこにあるはずの海の音も木々をゆする風の音も何も聞こえない。
光のみの世界。
数メートルのトンネルが途方もない長さに感じられた。
ようやく手を出口にかけて、ナギィは身体を御嶽の中へとねじ込んだ。




