97話 楽園 3/33
「それで、続き。キジムナーって一体なんなの? 」
気を取り直して、ウッジが訪ねる。
「オラも知りたい。妖精って言っていたけど…… 」
「はい。十六夜に古より住んでいる、この世ならざる者です。妖精と呼ぶ者もいれば、妖怪と呼ぶものも……獣だという者もいますが、実のところ、よく分かってはいません。」
「よくわかっていないのに、あんなにはっきりした悪戯を…… 」
「そうなんです。元来、悪戯と言っても、夜道で人を脅かしたり、家畜のしっぽを結び付けたり、塩と砂糖の入れ物の中身を取り替えたり……、そんな子供がするような悪戯ばかりする妖精なのです。昨晩は、暑かったので、窓も全部開けたまま寝てしまって……キジムナーに目をつけられたのでしょうね。」
「……あれ? ちょっとまって。もしかして、ウチだけじゃなくて、ストローもチルーも落書きされたの? 」
「……? そうだよ」
「そうですよ? 」
「えーーーーー! ずるい! ウチだけ二人に笑われて、ウチは二人は落書きされた顔を見せないなんて! 」
「だって、ウッジは、いくら起こしても起きなかったから、仕方ないじゃない。」
「そうですよ。三人で顔を洗いに行こうと思って、ずいぶん頑張って起こしたんですよ? 」
「え……そうだったの? それは。申し訳なかったけど……、でも、なんか、悔しいよぉぉ! 」
「「ぷふっ」」
と、二人が同時に笑った。
見逃すはずものく、ウッジが二人を睨む。
「あ、違うんだよ、今のはウッジでは無くて、落書きされたチルーの顔を思い出して! 」
「私も、ウッジさまでは無く、ストローさまの落書きを思い出して……ふふふ、」
「もーっ、どっちでも一緒だよっ。二人だけ楽しそうで、悔しいっ! 」
「ごめんごめん。もう笑わないから。許して。」
ウッジは、素直にこのまま許す気にはなれなかったが、ふと、あの夢を思い出して、不思議な感覚の方が優り、思いがここでは無い場所へ飛んでしまう。
「ウッジ? 」
「あぁ、ごめん。違う事考えてた。……もういいよ。それは、許す。」
なんだか腑に落ちない気持ちもあるが、ずっと、言っていても話が進まないので、ウッジは二人に許しを与えた。
ストローとチルーは、ウッジにお礼を言って頭を下げた。
これで、とりあえずは一件落着。
ひと段落したストロー仕切り直しと言わんばかりに、咳ばらいを一つして、話をつづける。
「さっきの話なんだけど、チルー。キジムナーの話なんだけど、何で元来って前置きをしたの? 」
「そうなんです。キジムナーは、元来、取るに足らないと言いましょうか、かわいらしいと言いましょうか……小さな悪戯しかしないものだったのです。しかし、あの日以来、トイフェルという悪魔の配下として、酷い悪さをするようになってしまって……」
「ちょっと待って、チルー。知らない事ばかり出てきたんだけど……。あの日以来って? トイフェルっていうのも…… 」
ストローがチルーの話を遮った。
その横でも、ウッジが考え込むような顔をしていた。
トイフェルという名前に聞き覚えがあるような気になったからだ。しかし、それがどこでなのか、本当にそうなのかすら、自信が無いので思い出せない。
「そうですね……きちんとお話をした方がいいでよね。」
そういうと、チルーが気合を入れるように膝をパシッと叩いた。
「朝ごはんにしましょう。」
「「え? 」」
ストローとウッジは拍子抜けをしてしまった。
今、チルーの話を真剣に聞くモードになっていたのに。
「少し話は長くなるので、食べながらにしましょう。今日は、午前中には島に渡らないといけないですからね。時は金なりです。」
チルーがやる気を表現して、拳を握って見せた。
それから三人は、なんとか団結して、チャルカを起こした。
そして女将に用意してもらった朝食を食べながら、スイの国の事、スイ天加那志という存在の事、御殿が五年前に焼けた事、トイフェルという悪魔が山原に居着き、スイの国を狙っている事。
そして、そのトイフェルからスイ天加那志の命を、如いてはスイの国を守っている者こそ、今から会いに行く、カマディーが祝女として頭を務める、清明たちだという事を聞いた。
朝食は具だくさんのお味噌汁とごはんと、グルクンという魚だったのだが、話が話なだけに集中して聞いてしまって、味が全く分からなかった。
聞けば疑問が生まれる。
「という事は、今は清明が結界を張っていて、キジムナーはスイの国には入って来られないって事でしょ? なのに、どうして、悪戯なんか…… 」
ストローが首をかしげた。
「まぁ、そうなんですが……。でも、キジムナーはトイフェルの配下に落ちたと言っても、もともとはこの土地の者。行き来できるようなものもいるのかもしれないです。……分からないですが、」
「えーーーー、それは、かなり不確かな情報だなぁ。」
ウッジが不満そうな声を上げた。あの事は一応許したものの、当然というべきか、機嫌が斜めなのだ。
横で朝ごはんを食べているチャルカもなんとなく、ピリピリを感じ取ってお行儀よくごはんを食べている。
「しかし、あんな悪戯は、キジムナーしか考えられないのです…… 」
「んー。それはまぁ、信じるとして……、そうだったとしたら、もしかしたら、結界が弱まっているとか、何か良からぬことが起こりかけているとか……そういう前兆だったりはしないのかな? 」
「それは、心配ないと思うのですが。なんといっても、あの事件が起こって以来、5年もの間、清明は鉄の壁となってスイを守って来たのです。その実績は確かなのです。」
「そっかぁ……。じゃ、とりあえずは、魚釣島に渡れば、色々わかるかもしれないし、早く準備して出発しよう。」
「そうですね。」