94話 御嶽(うたき) 14/14
「頭と……身体も冷やした方がよさそうですね。ナギィさん、メイシアさんを見ててください。私、冷やすものを取ってきます。」
「うん、マタラさん、お願い! 」
マタラが台所へと飛び出そうとした時、そこにカマディが立っていた。
「アイッ! ……祝女さま! 丁度いいところに。あの、メイシアさんが…… 」
「ああ。知っているよ、マタラ。」
そういうとカマディは、メイシアの枕元に座り、メイシアの額に手を当てた。
「ひどい熱さぁ……。この暑さに慣れないのに、無理をしたんだねぇ。」
「オバア、どうしよう……ワーの修行に突き合わせてしまったから、ワーの責任やさぁ…… 」
「違うよ、ナギィ。この子も自分の為に修行しなければいけなかったのさ。ワシも最初、そう言ったばぁよ。……そんな顔をしない。ワシはそこまで得意ではないが、治してみるさぁ。本当は村から呼んだら、この手の力が強いものが居るのだが、今はワシが頑張るしかないねぇ。」
「オバア、お願い、メイシアを治して! 」
カマディは、片手で胸の勾玉を握り、もう片方の手をメイシアの頭に手をかざすと目を瞑った。
すると、手とメイシアの間の何もない空間に、音もなく小さな光の球体が姿を現した。
柔らかい青い光。
それが徐々に大きくなり、手のひらほどの大きさになった時、カマディがメイシアの額に手をくっつけた。
光はメイシアの体に吸収され、メイシアの体全体を波のように駆け抜けたかと思うと、すぐに消えた。
見る見る、メイシアの顔からのぼさせたような赤さが引いてきた。
「わぁ! オバア、すごい! 」
「とりあえず、これである程度の熱は取り除けたが、ワシの力ではここまで。全快までは無理やっさぁ。まだ微熱が残っているし、身体を冷やしながら安静にするさぁ。」
「うん、わかった…… 」
「私、手拭いと水桶を持ってきますね。」
マタラが部屋を飛び出していった。
「ナギィ、明日は御嶽に行かなくてもいいから、メイシアの看病をしてあげなさい。」
ナギィが泣きそうな顔で、頷いた。
「ワシは、そろそろ夜番の者と交代しないといけない。メイシアを頼んだよ。」
カマディはもう一度、メイシアの顔を見ながら、頭を撫で部屋を後にした。
入れ替わりで、水を汲んだ桶と手拭いを持ったマタラが入ってきた。
「祝女さま、もう御嶽へ行かれたんですね。」
「うん。交代だって。」
「そう……ですか…………。」
一瞬、何かを考えたマタラだったが、メイシアが目に入り、慌てて桶を下に置いた。
「あぁ、これを絞ってメイシアさんの額に当ててあげて下さいね。」
「ありがとう、マタラさん。……メイシアの看病はワーがするようにオバアに言われたから、マタラさんは、もう休んでね。もしかしたら、明日もワーらは御嶽へ行けないかも。」
「はい。それは大丈夫ですよ。もともと清明の数は足りていますから気にしないでくださいね。……でも、ナギィさんも、今日はかなりお疲れでしょう? 」
「ワーは、大丈夫! メイシアの様子を見ながら、大丈夫そうだったら、ちょっと寝させてもらうよ。だから、マタラさんは朝が早いから、もう寝てね。」
「……そうですか? じゃぁ、お言葉に甘えて。もし、急変したり何かあるようでしたら、私は離れにいますので、起こしてくださいね。遠慮は無用ですよ。」
「うん。ありがとう。」
それを聞くと、おやすみなさい、と言い残しマタラは部屋を出て行った。
それからナギィは、水桶に入った手拭いを絞り、メイシアの額に乗せ、部屋にあったクバの葉のうちわでメイシアを扇いだ。
メイシアが十三夜に現れた時、それはまだ2日前の事なのに、ずっと昔から友達のように思っている自分がいた。
あの夜には、こんな事、想像もできなかった。
ナギィはうちわを扇ぎながら、ぼんやりと、メイシアは不思議な子だと考えていた。
普通の子なのだが、何かが違う。
今まで知り合ってきた人たちと、どこか違っていた。
ふと、今日の自分が御嶽でトゥンチャーマを歌った後のメイシアの表情を思い出した。
自分の変化に驚き、ただそれを理解しようと思っているナギィと違い、その時のメイシアは、後悔しているような、ナギィを心配しているような、とても辛そうな顔をしていた。
引っかかっていたのは、きっと、それだった。
メイシアは、人や自分の悲しみを「人並み」に、というと少し語弊がある。「人並み」に関心があり、感じたり考えたりしているように見せている節がある。普通を心掛けているのだ。
しかし実のところ、誰よりもその苦しみや悲しみに共感する力がある。
森榮の夕飯を一緒に食べたがった時もそうだった。
倒れてしまう位、身体は限界だったはずなのに、待っていた森榮の気持ちに同調して、温かいそばを食べてこうなっている。
それを、メイシアは無意識でやっている。
相手の感情や事情のあれこれを想像して同調して共感し、行動を起こしているにも関わらず、それに気が付いていないフリをしている。
そして、カマディに言い当てられて泣いたように、自分の苦しみや悲しみに対しては、もっと鈍感であろうとしている。
それはきっと、自分を守っているというよも、ナギィから見れば、周りの人の為なんだろう。
周りに心配をかける方が、メイシアにとっては苦痛なのだろうと思った。
「……メイシアの馬鹿! 早く元気になれっ 」
外の空気は太陽が沈んだものの、まだ生暖かい。
しかし、海風が吹くここは、それなりに涼しいのだ。
カマディは一人、たたずんでいた。
今宵は満月。
ここは御嶽へ向かうけもの道から、少し外れ海へ降りた場所だった。
今は満ち潮。
アダンが生えているギリギリまで海面は迫っていた。
「遅くなってすまないな、」
上を向いたカマディが、月の光に照らされぬようにアダンの葉に隠れた何かに声をかけた。
影が、ニィっと笑った。