75話 魚釣島の清明 11/16
通されたのは、入ってきた側を表だとすると、裏手にある部屋だった。
戸の外は裏庭になっていて、表の直線と直角で作られた石垣の美しさとは違って、こちらは曲線の美しさ。
表からぐるりと繋がっている土塁の石垣が優美な曲線を描き、そこに植えられた木々が美しい木漏れ日を庭に落としていた。
「ナギィ! 森榮! こっちに来るさ」
カマディが呼ぶと、違う部屋にいたと思われる二人がやって来た。
「なん? 」
「君達は、この部屋を使うと良い。森榮は、ワシのところで寝たらいい。」
カマディが思いがけない事を言い出したので、メイシアは理解が追いつかない。
代わりにナギィが口を開いた。
「オバアどういう事? 私達は帰るつもりなんだけど……」
「そう急ぐことは無い。もうすぐここに、次の客が来るから、これまでここに居ればいい。……ヤサヤー、メイシアにはそれまで、ウヒ……少しばかり、付き合って修行してもらおうかねぇ」
「え?……えぇ!修行って何ですか? っていうか、もうすぐって、どれくらい……」
「ヤサヤァ……」
カマディが耳を澄ましているのか、深く考えているか目を閉じた。
サァァと、裏庭に風が吹き、土塁の木々を通して木漏れ日がサラサラと揺れた。
カマディは静かに目を開いた。
「三、四日、と言ったところじゃなぁ。気が進まんのなら、無理にとは言わないが、きっといい経験が出来る。」
「……。」
なんと返していいのか、わからないまま黙ってしまう。
「ついでに、ナギィもさぁ。」
「ちょっと、オバア、ワーはついでってどういう事なのぉ……!」
「あはは。まぁそんなに脹れるな、ナギィ。ワシの時間も有限じゃからな。今のうちにナギィに伝えたい事がたくさんある。」
「もぉ。有限って言ったって、また家にだって帰って来るのに、大げささぁ」
カマディはにっこりとして、無言でうんうんと頷いた。
黙って聞いていた森榮は、不満が無いようで、話が終わったのを待っていたかのようにカマディの袖を引っ張った。
「オバア、クワガタ採りに行ってもイー? 」
「森榮は、ちょっと暇するかもしれないけど、いい子にしているんだよ。」
「うん、約束すん。だから、行ってきてもイー? 」
「イーよー。ただし、御嶽には足を踏み入れたらダメだよ。御嶽は……」
「わかってるっ。男はダメなんさぁっ」
「ヤサ。童と言えども、男は禁足。破れば、オバアでも森榮を守れ……」
「わかってるさぁ、行かない。絶対行かないっ!ジョーイ、ジョォーイ! ヤクスク! 」
「わかったわかった。気を付けていっといで。おなかが減ったら帰って来るんだよ。」
カマディの言葉を聞き終わらないうちに、森榮は「はーーーーーーいっ」といい返事をして外に飛び出していった。
「アキサミヨー……」
カマディは呆れたようにつぶやいた後、少し肩を落としたようにメイシアには見えた。
「ハンマヨー、森榮は……。オバアの話をちゃんと最後まで聞かんて、なんてヤナワラバーヤサヤ! 帰ってきたらゲンコツさぁ! 」
ナギィが鼻息を荒くした。
「まぁまぁ。そんなに怒らんさぁ。あの子はあの子でちゃんと役目がある。」
「また、オバアは、森榮に甘いんだから! 」
「あはは。ワシは、ナギィーもカナサンドー。森榮もカナサン。さぁ。ここまでナギィが船を漕いできたんじゃろ?疲れているだろうから、お茶でも飲んで一服したらいい。」
二人は言われるまま、居間へ移動した。