73話 魚釣島の清明 9/16
島の小さな入り江に入ると、山の中腹の生い茂った緑の中に、大きな岩が二枚支え合うように聳え立っているのが見えた。
「メイシア、もうすぐだよ。船酔い……気分悪くなってない? 」
「うん。大丈夫だよ。……。」
ナギィが、大丈夫と言いながら遠くを見つめるメイシアの目線を追った。
「あ、あれ? 」
「うん。大きな岩だね。」
「あれは、御嶽さぁ。」
「ウタキ……? 」
「お祈りをする場所。オバア達が、一生懸命祈っているんだよ。」
「何のお祈りをしているの?」
「それは、赤星島のね、……あっ! 」
急にナギィが何かを見つけたようだ。
「どうしたの? 」
「オバアがいる! 迎えにきてくれたんだ! ……おーーーい! オバア、来たよーーーーー! 」
ナギィの視線の先を見ると、小さいながらも何艘か停泊している船着き場があり、そこに一人の老婆が立っていた。
「オバアーーーーー!」
さっきまで静かだった森榮も、その姿を見たとたん大声を出し、しきりに手を振り始めた。
「あの人が……」
「そうさぁ! 私達のオバア。オバアは不思議な力を持っていて、きっとワーがここに来るのもわかっていたんだよ。メイシアが十六夜の日に、やって来るって言うのも教えてくれていたの。」
「私が……? 」
「うん。この前、オバアが御嶽に戻る前にね、十六夜に……十六夜っていうのは満月の次の夜のことなんだけど……その夜に、大切なお客様が海に現れるって。だから、その夜は海辺をくまなく探しなさいって。信じていなかったわけじゃないけど、半信半疑で海に行ったら、メイシアを見つけたの。オバア、すごいよね! 」
そんな話をしている間に、船は桟橋に付いた。
「森榮、なに、トゥルバイカーバイ! 綱投げて! 」
慌てて森榮が船首に移動し、床に転がっていたロープを老婆に投げた。
老婆はそれを受け取ると、手慣れた手つきで係船柱にかけた。
「よぉ来たね、ナギィ、森榮。」
そういうと、老婆は船首にいる森榮に手を伸ばした。
「オバア、ワンが来るの知ってたさぁ? 」
森榮は嬉しそうにそういいながら、老婆の手をとって桟橋に飛び移った。
「そうさぁ。ちゃーんと、わかってたさぁ。」
「オバア、すっげぇ!」
「……君が、十六夜の君ねぇ。」
老婆がメイシアを見据えた。
一瞬鋭い視線に感じたのだが、すぐに優しい目に変わり、メイシアに手を伸ばした。
「ワシはカマディ。この子供達のオバーさぁ。こっちに渡れるかい? 」
メイシアは、カマディーの手を掴み、昨日の二の舞にならぬよう、一気に桟橋に飛び移っった。
「ありがとうございます。……はじめまして。私はメイシアと言います。」
「これは、ナギィがちょっと前まで着ていた絣だね。メイシア、似合っているさぁ。」
カマディはにこにこと、メイシアを見た。
「ちょっと、オバア。ちょっと前って言っても、もう何年も前のことさぁ。」
と少し笑いながら、ナギィも桟橋へ飛び移った。
「そうだったかね、もうワシくらいの歳になると、時が流れるのなんてあっという間さぁ。はははは」
カマディと名乗った老婆の装束は、ナギィや森榮とは少し違っていた。
上に羽織った白い丈が長めの着物の中は、これまた白い着物と下は青色の袴。
首から勾玉をさげ、頭に幅の広いハチマキを巻き、額まですっぽりと覆っている。
そしてそのハチマキの上から、何かの植物の葉で編んだ冠をしていた。
「森榮なんて、先月産まれたようなもんさぁ。ははははは」
「もぉ、オバア、ワンはもう赤坊じゃないさぁ! 」
森榮が、カマディの袖を引っ張った。
「おーおー、そうじゃったな。すまんすまん。」
そういって、カマディは森榮の頭を撫で、森榮が可愛くて仕方がないというような表情になった。
「さぁさ、ここで長話もなんだから、家に行こうかね。」




