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虹の国のメイシア ~タロット譚詩曲~2  作者: メラニー
第五章 夜の国
19/96

72話 魚釣島の清明 8/16

メイシアは船に乗っていた。

といっても、あの不思議な透明な空飛ぶ船ではない。手漕ぎの小さな木造の船。メイシアが昨晩寝ていたあの船だ。

森榮しんえい! もっと頑張チバれー! 」

船尾に設置されたを漕いで船は前進するのだが、それを自分が漕ぐと朝から息まいていた森榮が、序盤でバテ始めていた。

「アギジャビヨー! こんなに大変デージだなんて思わなかったさぁ! 」

ぶるぶる汗をかきながら、森榮が櫓杵ろづく櫓柄ろがらを握り、前へ後ろへ漕いでいる。

「なに、弱音をぃうんさぁ。メイシアにいいところ見しゆんさぁ? 」

「アッゲ! ネーネー、何ぃうん……! 」


「あのぉー……私が交代しようか? 」

「あーー、大丈夫。コイツが、いつも海に出るのを嫌がって手伝わないのがワッサンドー。」

そういうと、ナギィは一つため息をついて、

「……アッシェ、仕方ないさぁ。森榮、ネーネーと代わって。」

それを聞いた森榮が待ってましたと言わんばかりに、開放感から大きな声をあげながらその場に倒れ込んだ。


「ほら、邪魔。あっち行って」

ナギィに足での前から追い出され、四つん這いでメイシアの横に来た。

「汗びしょだね、お疲れさま。」

メイシアに声をかけられて、焦った森榮は「こんなん、何でもないさぁ」と傍でも聞き取れないくらいの小声でつぶやき、ぷいっと海の方を向いた。


「こら、森榮。こっち見て! いい機会バーだから、ちゃんと船の漕ぎ方を見ておくんだよ。」

「ったく、ネーネーは人使いが荒いさぁ……アガッ! 」

もちろん、森榮の坊主頭にナギィのゲンコツが落ちた。


「は? なんか言った? まだヤーは何にもしていないでしょ? 」

「つーーーー。凶暴 イナグ…… 」

「……もう一発行こうか? 」

ナギィが拳を握った。


「あはははははは! 」

突然、こらえきれずにメイシアがお腹を抱えて笑い出した。

面食らった二人がメイシアを不思議そうに眺めた。

「ああ、ごめん。本当仲がいいんだなぁと思って。」

「メイシア、こんなのは仲がいいって言わないさぁ。ほんと、森榮はヤナワラバーで手を焼いて…… 」


「ネーネーは、手が早いのがいけない。そんなだから男女イキガイナグって言われるさぁ! アガッ! 」

「あはは、ほら、仲がいい。」

「「だーかーらぁーーー」」

「あはははは……。いいのいいの。私、二人みたいな姉妹……じゃないけど、姉妹みたいな二人を知っているよ。二人も全く同じことを言っていたなぁ。私は姉弟がいないからそういうの、うらやましい。」


「……メイシア、なんか、辛い事思い出させた? 」

「違うの。大丈夫。本当に面白かったし、うらやましいと思ったんだよ。」

「……それならイーヤシガ……なんか、言いたいことがあったら、ちゃんと言ってね。」

「うん。ありがとう。」


「……ワンも、ごめん、」

森榮がまた、何を言っているかわからないくらいの小さな声で、ぼそっとつぶやいた。

「ん? 」

「何でもない! 」


「森榮、ちゃんとこっち見て。フニは体全体で漕ぐの。ヤーは腕だけで漕ごうとするから、すぐにバテてしまう。ほら、こうするさぁ! 」

ナギィが櫓を持ち、漕ぎ始めた。

腕はほとんど固定したままで、伸び縮みはするものの、それは身体全体の重心を前後に動かす時のバネのように見えた。

「島の人たちはサバニを使うけど、私達ワッターは乗る時一人だし、力も弱いからコレを覚えないといけないよ。」


ナギィが漕ぐと、森榮の時よりも櫓が奏でるギィという音のストロークが長く、ゆったりと一定で、聞いていて心地が良かった。

島を見据えたナギィがニッと笑った。

「ウリカラ、歌えばもっと島が近くなる。」

そういうと、ナギィが櫓の軋む音に合わせて、いい声で歌いだした。


「サー安里屋あさどやぬークヤーマに ヨー

 サー ユイユイ

 あんちゅらさ りばしヨー

 マタハーリヌ チンダラ カヌシャーマーヨー


 サー目差主みざしぃしゅゆだらヨー

 サー ユイユイ

 たりょぬ ぬずぅむたヨー

 マタハーリヌ チンダラ カヌシャーマーヨー


 サー目差主みざしぃしゅ私否ばなんばヨー

 サー ユイユイ

 たりょや りゃゆむヨー

 マタハーリヌ チンダラ カヌシャーマーヨー……」


愁いを帯びたメロディーを、櫓の音と波の音が優しく慰めているような響きだった。

さっきまでの姉弟のドタバタの空気が、ナギィの歌声で一転、ただあおい世界に、船がポツンと揺られている。ただそれだけ。

不思議な世界。

藍の空間を、浮いた船は歌に合わせて揺られ、進んでいく。


「……ナギィの声って不思議。それに、ナギィにかかったら、何でも楽器になってしまうのね。」

メイシアが今まで聞いたことが無い不思議なこぶし。聞いたことのない不思議な言葉。今までただの音だと思っていた櫓の音も、櫂が水を掻く音すら伴奏になる不思議。

でも、それだけじゃない。

確かにナギィの声には不思議な魅力があった。

一瞬にして、周りの空気の粒を整列させるような、空間そのものを一番正しい状態へ戻してしまうような。そんな声だった。

メイシアの心も、ナギィの声と十六夜いざよいの海の音に整えられるようだった。


船は引き波の裾を広げながら、まっすぐ魚釣島ユイチャージマに向かって進んで行った。


歌:安里屋ゆんた(沖縄民謡)

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