8・リンゴの木。
女を連れて家を出た。
女はお袋の古着を着ている。
行商に話して、女にも説明する。
お袋の薬代のためにお前を売るのだと。
「ワカリマシタ。
おくさまニオワカレをイエナクテざんねんデス。
りんご……アノアカイミをおくさまニたべてモラッテくださイ。
……おーくカラタスケテくださッテありがとウゴザマした」
しゃべり方も発音もタドタドしいし、よく聞かないと聞き取れないが
確かにココの言葉になっていた。
オレに指示されたとおりに素直に行商の馬車に乗って去って行った。
オレは暫くソコから動けなかった。
だがお袋に薬を持って行かなければ……
村長はそれでも金が足りないと言うので畑を渡すことにした。
小作にしてくれるということを条件に。
帰ってお袋に女の持っていた赤い実を……リンゴと言ってたな……
むいてすり下ろしてやった。
「あの娘はドコに行ったんだ?」
村長から薬を買うのに売ったと教えた。
「お前は……バカか!
こんな死にかけにそんな薬なんぞ要るか!
今すぐ返してこい!
どうせ偽薬だ!」
偽薬?!
「あの村長は私を憎んでるんだ。
指輪をくれたあの人は村長の息子だった。
私をお前ごとさらって逃げようとした息子を徴用になるまで家に閉じ込めてた。
役人に言われてしぶしぶ出したけれど帰ってこなかったのは亭主と私のせいだと
ずっと恨んでた。
薬が偽物だとはもうずっと前から気付いてたよ。
でもその通りだと思ってたから何も言うつもりはなかった。
もう何時死んでもイイと思ってたしね」
オレはお袋のためにと薬代を……
「お前には悪いと思ってたんだけどね。
村長が恨みたい気持ちが分かってたから言えなかったんだ。
済まなかったね。
それにしてもそんなニブイところまでお前は亭主によく似てるよ。
あの娘に惚れてるって自分で気付いてなかったんだろ?
端から見たら丸わかりだったんだけどねぇ。
亭主は横暴でどうしようも無いヤツで死んでも許したりなんかしないけど
私に惚れてたのは気付いてた。
でも私の幸せはあの人だったから無視してたんだ。
ニブイんで自分で気付いてたかは怪しいもんだったけど」
で、でもコノ薬が本物だったら……
「そんなもの飲んでももう明日まで持たないと思うよ。
薬を返してあの娘を取り戻しておいで。
多分亭主のくれた指輪だろうアレは埋めたんだ。
ココに居ろ! と言えば居てくれるだろう。
わたしが死んだらあの娘が植えた赤い実の木の側にでも埋めておくれ。
亭主の隣なんぞ死んでもご免だからね。
あの木の肥料にでもなれれば満足だよ」
ポツポツと途切れ途切れの母の言葉に逆らえなかった。
無理矢理薬を飲ませれば良かっただろうか?
夜明け前に母は眠ったまま死んだ。
日の出と共に庭へ出た。
庭の隅に見慣れない木があった。
女が植えたというのはコレのことなのか?
ほんの十日しかココに居なかったのにこの木はなんでこんなに伸びてるんだ?
オレの肩くらいまで伸びてるなんて……
木は花まで付けていた。
ピンクのつぼみで開いた内側は白い花。
アノ夜の女と同じ香りがした。
幹に何か食い込んでいた。
よくみるとソレは指輪だった。
あの女の指輪……
オレはあの女にソレを返してやろうと思ったんだ。
もう一度会って夜の相手をさせたことを謝らなければ!
……許してくれないとは思うんだが……