3・指輪。
お袋に部屋に呼ばれた。
もうほとんど寝たきりだが起き上がっていることもある。
部屋に入ったとたん薬湯の急須が飛んできた。
避けたさ、勿論。
だが避けたところに湯飲みが飛んできて額にあたった。
威力は無い。寝たきりみたいな老人にそんな威力はある訳も無い。
オレは母には殴られたり叩かれたりした覚えがない。優しい母だった。
親父には殴られた。殴られまくってた。
いつか殴りかえしてやろうとさえ思ってた。
優しくて甘い母は何を怒っているんだろう?
「お前はアノ亭主と同じだ!
あの娘に何をした!
泣き叫ぶ声がココまで聞こえたし今も庭で泣いているじゃあないか!」
どーやらあの女にオレがベッドの相手をさせたのが怒りのもとらしい。
女はオレの奴隷ということになったんだ。
だから奴隷として当然の扱いをしただけだ。
そう言ったんだが……
「お前が出来なかったらあんな亭主と結婚なんかしなかった。
無理矢理あんなことをされて妊娠させられなかったら……
お前は亭主と同じ事をした。
あの娘はそんなことをされる謂われは無かったのに!」
あるだろう! だってオレの奴隷になったんだぞ!
奴隷を奴隷扱いして何が悪い!
「あの娘にソレが分かってたと思うのか!? 言葉も分からないのに!
命を助けたからってそんなことを強制されてイイわけは無い!」
母は父に逆らわなかった。
ずっと従順で控えめな妻だった。
逆らったと思えたのはオレが殴られて死にそうになった時だけだ。
「庭のあの娘を私は見てたんだ。
指輪を外して三度誰かの名前を呼んでいた!
そうしてあの赤い実と一緒に埋めていたんだ。
多分あの指輪を贈った人の名前だったんだと思う。
東の果ての小さな国では嫁になる女に指輪を贈るそうだ。
夫がいるのかもしれない」
夫?!
た、確かに彼女は初めてじゃあなかった……
泣き叫んでいたがアレは夫の名前だったのか?
……なんで指輪を埋めたんだろう?
オレに無理矢理相手をさせられて夫に申し訳ないと思ったんだろうか?
東の果ての小さな国の話なんてオレが知る訳も無い。
なんでそんな話をお袋は知ってるんだろう?
「私も指輪をもらったことがあるんだよ。
その後で亭主に手籠めにされてお前を孕まされた。
指輪をくれた人はくれるときに東の果ての国の話をしてくれたんだ」
その人はそれからどうしたんだ?
「亭主と一緒に徴用されてね。
亭主をかばって戦場で死んだよ。
アイツが私の亭主だからかばったみたいだね。
だから余計に私は亭主を憎んだよ。
お前だって憎んだ時期もあったんだ。
でも子供に罪は無いと思い直したのに……
やっぱりお前はアノ亭主の子だよ!
この歳になってこんな思いをさせられるなんて!」
この国の決まりでは誰のモノでもドコのモノでもないモノは見つけた者の所有だ。
ソレは物でも者でも同じでオレは間違ってはいない。
だけど……オレは間違えたのか?
「あの娘は泣いている。お前のせいで!
ソレだけは確かなコトだよ」
オレは反論できなかった。