警察の前でいい顔をしすぎると逆に疑われることもある
俺と篠田さんは、車に乗せられ誘拐された。五分ほど車に揺らされていると目的地に着いたのか、車が止まり、俺と篠田さんを外に連れ出す。ちなみに、公園に来ていた七人の男は五人に減っている、二人は車に乗れなかったようだ。相手のアホさが窺えた。
薄目で周りを見てみると、どこかの廃ビルの一部屋に連れてこられたようだ。廃ビルのくせにいっちょ前にドアなんかついている。そこには、その男たちの基地になっているのか椅子と机が無造作に置いてある。
俺は、その椅子の一つに座らせられる。篠田さんは気絶して地べたに寝かせられていた。男たちは気絶している篠田さんには手を出さないようだ。あくまでも、俺や篠田さんの反応を見たいらしい。
男が一人こちらに向かってくる。手にはバケツを持っている。俺の目を覚まさせようとしているつもりだ、起きてるけど。
困ったことになった。狸寝入りをしているときに水をかけられて起こされる演技などしたことがない。だが、男はそんな俺の心中を知ることはなくバケツいっぱいの水を顔に向けて浴びせてくる。
「ぶはぁっ!!」
我ながら、初めてにしてはいい演技だったと思う。ついでに咳でもつけ足しておくか。
「えほっこほっ」
あ、ちょっと演技クサかったかも。
これまた俺の心中を知るはずのない(知っていたら俺はとても滑稽な奴だ)バタフライナイフの男は、俺が目を覚ましたのを確認すると、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら、こちらに近づいて来る。
「ようやくお目覚めかな、ぼっくんは?」
こいつに「ぼっくん」呼ばわりされるのは心底腹が立つが、今は抑える。演技に集中せねばいけない。
「こ、ここは、どこだ?」
「ここは、俺たちのたまり場にしてる廃ビルさ、どこかはさすがに言えねぇな、俺たちもバカじゃないんでな」
あの公園から車で五分ほどの廃ビルなんて、俺の知る限りでは一つしかない。それに外の景色も一致している。だからといって何かできるわけではないが。
次に俺は、手足を縛っている結束バンドに目を向ける。そして、無理矢理、千切ろうとするが、できるはずもない。
「クソっ、なんだこれ!」
「ぼっくんには、彼女が今から俺たちにいい様にされるのを、そこでじっと悶々としながら眺めてな」
クズだな、クソしょーもないクズ野郎だな。胸糞悪くなってきた。
「おい、とりあえず、そこの女を起こせ」
男の仲間の一人が篠田さんに近づき、もう一つの水いっぱいのバケツを浴びせる。濡れた制服に彼女の体のシルエットが浮かび上がり、男たちのテンションが上がる。
「きゃあ!」
篠田さんはようやく目が覚め現状を把握したようだ。周りを見回して、縛られた俺の姿を確認し、より一層絶望の表情を深める。
おもむろに、バタフライナイフの男が篠田さんに近づき、制服を乱暴に脱がし始める。
「おい!そんなことしてて恥ずかしくないのかよ!」
「あ゛?」
パッと男の手が止まり、視線が篠田さんの体から俺に移される。そしてまた、バタフライナイフの男が近づいてくる。たぶんコイツがリーダー的な存在なのだろう、さっきから他の男たちは指示待ち人間と化している。
「ぼっくんは、正義の味方さんにでも憧れちゃってるのかな?口の利き方には気を付けやがれっ!」
優位な状況に、ヘラヘラとしている男の拳が俺のこめかみに振り下ろされる。
俺は、激痛とともに、椅子から転げ落ちる。両手足を縛られて立てない俺を、男は追ってくる。そして髪の毛を掴み無理矢理立たせ、また椅子に座らせる。水にぬれた髪の毛を掴まれて引き起こされた俺の前髪は、もう顔を隠す仕事はしていなかった。
「お、お前は、この前の!」
男は俺の素顔を見て、先日、遭い見えた男の顔を思い出したようだ。
「あ、気づいちゃった?お前ら、バカすぎて笑いをこらえるのに精いっぱいだったよ」
「て、テメェ、この前はナメたことしてくれたなぁ!」
男は顔を真っ赤にしながら無抵抗な俺に(無抵抗にならざるを得ない)殴りかかる。頬にパンチを食らうが、今度は椅子から転げ落ちることはなかった。だが、痛いことは痛い。
「痛っててぇ……なあ、こんな無抵抗な俺を殴って敵が済むのか?そんな無抵抗なもしかいたぶれない、気の弱いチキン野郎だったとはな、牛みたいな体格しといて鶏とは、情けねぇなぁ!」
「調子こいてんじゃねぇぞ!」
俺の煽りに簡単に乗って、顔面に拳を振り下ろす。
口の中が切れた感覚がする。クソっ、これじゃ五日間は辛いものとしょっぱいもの食えねぇな。
「あははは!闘牛のように怒り狂い襲いかかるが心は鶏だもんなぁ、こりゃあ傑作だわ!」
「クソっ!」
また、顔にパンチを食らう。頬が痛い、それに、殴られた瞬間脳が揺れる感覚がある。
「それに、こんな誘拐してまで一人の女を犯したいだなんて、しかも、あんな、か弱そうな女の子を、お前、もしかして童貞なのか?」
「う、うるせぇ!」
もう一つ、パンチを貰う。
「ははっ!その反応じゃあ本当に童貞みたいだな!その見た目で心はチキンなチェリー君とは、これまた傑作だわ!」
「口開くんじゃねぇよ!」
もう一つ、もう一つ、と男は俺の挑発に乗り殴り続ける。途中から仲間にも殴れと指示し、五人で俺をタコ殴りにする。
もう俺の頬は殴られた時の痛みを感じなくなるほどになっていて、なんどか意識が飛びそうになった。
篠田さんに、ふと目をやると俺の殴り続けられている悲惨な光景を目の前に、腰を抜かしその場でへたり込んでしまっている。今のうちに逃げてほしいものだが、しょうがない。
おせぇな、まだなのか、これじゃあ俺の身が持たねぇ、早くしてくれ。もうそろそろ時間を稼ぐのも限界だ。
男たちは、気が済んだのか、それとも抵抗のない肉の塊を殴り続けるのにも飽きたのか、殴る手を止める。
「はあ、はあ、もういいか」
「おいおい……もう、やめちまうのか?ちょうど顔のかゆみがちょうど気持ちよく感じてきたところだったのになぁ!おい!」
「こんの、イカレ野郎が!!ここで死ねぇ!!」
男のスタミナも切れかけているのか、プッツン切れたのか、またもズボンの尻のポケットからバタフライナイフを取り出す。手際よく刃を出すと両の手で握り、そのまま俺に突っ込んできた。
俺は、目を瞑り、覚悟を決める。
ああ、こりゃあ、死ぬな。あまり褒められた人生じゃなかったしな、こうやって人助けのために死ぬならプラマイゼロかな…まだ、足りねぇよな。
しかし、その刃が俺に届くことはなかった。
突如として、この部屋のドアが荒々しく開けられた。
「全員動くな!」
ダッダッダ、という重々しい足音ともに、複数人の警官が現れる。
間に合ったか、危ねぇところだった。
「なっ!警察がなぜここに!」
男は信じられないといった顔をする。
「お前か!お前が何かしたんだろ!」
男は警官に組み伏せられナイフを落としてもなお、俺に罵声を浴びせる。
「どうだろうな」
俺はパンパンに腫れあがった頬を緩ませて、ニヤリと笑って見せる。
「クソ野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
男は警官に連行される。仲間たちもその後を追うように連行されていく。
そんな中、ひょこんとドアから見知った顔が入ってくる。
「おせぇぞ、佐久間!あと一歩遅かったら死んでたぞ」
「あらら、それは残念」
「笑えねぇな……助かったぜ、ありがとな」
「まあ、いいってことよ」
佐久間は悲惨な顔になった俺に近づき、結束バンドを外す。余談だが、結束バンドは種類によっては道具なしに外せるものもある。切るだけが外す方法というわけではない。
少しすると、一人の警官が部屋に戻ってきて近づいてくる。
「君が通報してくれたのかな?」
「はい、そうです」
佐久間はにっこり答える。
「そうか、ご協力感謝する、では、君たちも一緒に来てくれるかね」
そう言われ、俺は腰を抜かしている篠田さんに手を貸して起こしてやり、そのまま警官についていく。
警官に、この後事情聴取を行うという旨を伝えられる。
ああ、ようやく終わった、と思ったら事情聴取か、めんどくせぇなぁ。春休みのことも伝えなきゃならないだろうし。過剰防衛だなんたら言われるんかな。
ていうか、安堵からアドレナリンの切れた今、めちゃくちゃ死ぬほど顔が痛いんですけど。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
感想・レビューお待ちしております。
@sakuranomiya_ssというアカウントでTwitterをしていますので、足を運んでいただければ嬉しいです。