食堂で騒ぐときは周りに人がいないのを確認しろ
「デートしましょう、櫻木君」
「違う、啓一とデートするのは、私」
「けーいち~、久しぶりに二人で遊ぼうよ~」
なんだ、この状況は。
ただひとつわかるのは、これは夢だ。風景がぼやぼやしているのが、その証拠だ。
それにしてもなぜこんなことになってしまったのやら、俺の深層心理がこの状態を求めているのか?そんなはずはない。ないはずだ。それに思い出してきた、この展開は、寝る前に見た深夜アニメにこんなシーンあったぞ。そうだ、それのせいだ。
なんて自分に無理やり言い聞かす。
その時、後ろから声が聞こえる。振り向くと少し頬を赤く染めた佐久間が立っていた。
「なあ、啓一、俺とデーt」
「お前だけはありえねぇぇぇえ!!」
飛び起きる。鳥肌が立っている。
時計を見ると五時半、嫌な時間だ。
二度寝するか、もう起きてしまうか、十分ほど逡巡して覚醒することを選ぶ。
昨日のこともあったし、朱里に朝飯でも作ってやるかと思いベッドから体を起こし、階下の洗面所で顔を洗ってから、リビング兼キッチンに向かう。
家のキッチンは、両親がほとんど仕事で家にいないため、俺と朱里が作りたい時に作るぐらいの頻度しか使われていないためキレイなものだ。
「さて、何作ってやろうかな」
結局、チャーハンと中華スープだけ作った。俺の弁当に関しては、めんどくさいから余ったチャーハンを入れた。朱里の分の弁当は起きてからでいいかと後回しにして、風呂に向かう。さすがに、五時台に起きて風呂に入らずに学校で起きていられる自信はない。
風呂というより、シャワーを浴び気分も爽やかになったところで浴室から出ると、洗面所には寝起きでボサボサになった髪を梳かしている朱里がいた。
「おはよう、朝飯チャーハンだけど作っておいたぞ」
「はいはい、ありがとう」
もちろん、兄妹どうしで恥ずかしがったりなどしない。朱里も、鏡越しにチラリと俺の体を見てすぐに自分の作業に集中しだす、そんな感じだ。
「てか、兄貴の風呂で熱唱するクセどうにかならない?風呂でアニソンを熱唱してる兄貴の歌声を聴きながら、隣で髪を梳かしてる妹の身にもなってよね」
「はいはい」
風呂でアニソンを熱唱して何が悪いんだか。まったくクセを直す気にはならないのでとりあえず返事をしとく。
朱里が洗面所から退室し、俺も髪を乾かし髪をセットする。そして、心を入れ替える。言うならば鏡の前の自分に催眠術をかけているようなものだ。
一通り朝の準備が終わり、朝飯を朱里と共にし、俺はいつもより早めに家を出て、学校に向かう。
難無く学校に着き、教室のドアを開けると俺の隣の席に、昨日転校してきて、一緒に校内見学をし、部活巡りをして、何故か俺たちレジャー部のメンツとファミレスにまで来た篠田さんが本を読んで座っていた。
俺が入ってきたことに気づき顔を上げ俺の方を見る。
「あ、おはようございます」
「おはよう、転校二日目から精が出るね」
「いえいえ」
それにしても早く来すぎではないのか、教室の時計を見ると、まだ七時二十分だ。試験前のオール明けの登校じゃないんだから、こんなに早く来なくても良いのに、なんてブーメランなことを一人で考えていると、横から話しかけられる。
「あの、そういえばなんですけど、昨日、櫻木君たちが帰ったあと少し話してたんですけど、春休みに櫻木君が帰省してなかったのバレましたけど、大丈夫ですか?」
「え゛、それはマズイな、もしかしてバラしちゃったの?」
「いえ、そういうわけじゃないけど、いや、そういうわけなんですけど」
「どっちなんだ、まぁいいや、そのうち佐久間が面白がって教えていただろうし、あんまり気にしなくて大丈夫だよ」
「は、はぁ」
あ、そんな、気にしてはなかったのね。
そうか、バレてしまったか、どんな代償を負わされるのだろうか。そんな暗い未来のことを机に伏せて考えていると、ゾロゾロと教室に入ってくる足音が聞こえてくる。
もう少しで考えに耽りながら眠りの世界に行けそうなところで、前の席の佐久間が登校してきてしまった。
「おいおい、二日連続で、眠そうだなぁ!」
「うるせぇな、誰のせいだと思ってんだ」
「なんだぁ?俺がお前の夢に出てきたとでも言うのか?どんなに俺がイケメンだからって俺に惚れるなよ!」
なんて言いながら俺の肩をバシバシ叩いてくる。決めた、一回コイツは本気で絞めよう。
「あ〜、もう、うるさい、お前は可愛い子を侍らせてハーレムでも作ってよろしくやってろ」
「お前が言うなよな、それを」
「は?」
「まぁ、いいや、だからお前はおもしろいんだし」
「気持ち悪いな」
「うっせっ」
なんか、今、佐久間にクサいことを言われると、今朝の夢を思い出して、鳥肌がまた立ってくる。
佐久間はたまにこんなクサいことを平然と言う、そういうのもモテるのか?イケメン素材の集合体かよ。
しかし、一日というものは早いものだ。先生が黒板に書いたものを、ただ書き写していると一時間が終わっている。それを四回繰り返せば、午前が終わり、その半分をこなしたら学校が終わっている。よく言う「あの先生の授業は体感時間は三時間はある」という言葉に共感を覚えたことは一度もない。いつだって、時間は目に見えない速さで過ぎているわけだ。よく、俺は、こんなにも一日が早く終わることに恐怖を覚える。
「おい、啓一!戻ってこい!」
佐久間の呼びかけで、遠くに行っていた、意識を戻す。
「飯を食いに行くぞ!」
もう、四時間目が終わっていたのか、なるほど、道理で腹が減っていたわけか。少しボーっとしすぎていたようだ。
俺と佐久間は学食に向かう。俺は弁当持参だ。だから佐久間が食券を買い、料理を受け取ってくるまで、佐久間の席を取っておく必要がある。俺は、食堂の隅のあまり目立たないテーブル席を陣取る。だが、座って落ち着いていると、食堂入り口方面から俺の顔を見つけると迷いもせず、こちらに招かれざる客がやってくる。藤堂先輩だ。横には招かれても構わない客の、光と千春がいる。
「あれ、食堂での藤堂先輩なんて珍しいですね」
「そうね、ここに来るのは久しぶりかしらね、でも今日は用があってきたのよ」
「ほう、それはどんな用事で?」
「春休み中に帰省していると言って部活を休む不届き者の後輩を叱りにね」
「はあ、それは怒ってもしょうがないでしょうね、でも、怒られるその後輩とやらは可哀想ですね」
「そうかしら、私はその後輩を怒られて興奮してしまう残念な性癖を持っている変態な人だと思っているから可哀想なことは一つもないわ」
言わせておけば、この先輩は。誰が起こられて興奮する変態だよ。
「わかりました、降参です、どうぞお叱りください」
「あら、案外、音を上げるのが早かったわね、もう少し楽しみたかったけれど、そうね、その潔かったことに免じて、来週末にデートしてもらうことで許してあげるわ」
まじか、正直に言ってめんどくせぇ。だがここで反抗してめんどくさくなるのはもっとめんどくせぇ。てか、音を上げるのがもう少し遅かったらどうなってたんだよ。
「もちろん、私ともよ、啓一」
「けーいち、私と久しぶりに二人きりッで遊ぶぞー!」
光と千春が便乗するように、我も我もと名乗り出てくる。
まてまて、三人とそれぞれ一人ずつデートするのか。金が無くなってしまう。くそぉ、藤堂先輩め、これを狙っていたのか。月の中旬で金のピンチとは、こりゃ思い罰だ。
ていうか、このシーンどっかで見たな。デジャブか?確かこの後。
食券を買いに行っていた、佐久間が日替わり定食を両手に持ちながらこちらに近づいてくる。
「おうおう、何盛り上がってるんだ」
「けーいちにデートしようって誘ってたの」
「おぉ~面白そうじゃん、じゃあ、啓一、俺とデーt」
「だから、お前だけはありえねえぇだろぉぉぉお!」
まったく、俺の夢の追体験とかいらねえわ。正夢かよ、まじで。今日だけで何度、俺に鳥肌立たせる気だ。
「なんだよ、ビックリしたなぁ、俺とデートのための日雇いでもやるかって誘おうかなって思ったのに、そこまで拒絶するか」
「あ、ごめん、勘違い、日雇いはやりたいわ、お願いします」
なんだ、ただの性格までもイケメンの気遣いだったのか。紛らわしいことしてくれるぜ、まったく。
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