本当に疲れた時に湯船に入ると癒されすぎて寝てしまうから気をつけろ
初めから最後まで受け身の姿勢で対応した事情聴取も難なく終えて、警察署から出るともう夜が更けていた。
色々ありすぎて疲れた体に、月の光が癒すように俺たちの体を照らしてくれる。俺たちは、後のことは、警察に呼ばれて飛んできた親たちに任せて帰ることにする。ちなみに、俺の親は来ていない、ほとんどネグレクトに近いが仕事が忙しいせいで連絡が繋がらなかった。
あぁ、早く帰って、風呂に入って、もう寝たい。まだ、顔も痛いし。
「あの…」
「ん?」
篠田さんも帰り道に付いて来ている。あんなことがあったんだから、篠田さんの親も一緒に帰ってあげればいいのに、「友達と一緒に帰ってやってくれ」と言われ一緒に帰ることになった。一応、佐久間もいる。こいつは、早めに事情聴取が終わったのだが、署の前で待っていた。
「ありがとうございました、また救ってもらって、しかも、そんなにボロボロになってまで」
「いいよ、俺もこの前やりすぎたから、いつか仕返しに来るんだろうなって思ってたから」
まだまだ顔の痛みが引くことはなく内出血を起こしている俺を、篠田さんは労ってくれる。
「そうなんですか、でも、なんで今回はこの前みたいに手は出さなかったんですか?」
「そうね、今回は、警察が来ることはわかってたからね」
「どうして?」
篠田さんは目を丸くして尋ねてくる。どうやって警察を呼ぶことができたのか不思議なようだ。そろそら種明かしをしてもいいだろう。別に隠していたわけではないが。
「ああ、それは、俺が呼んだのよ」
「へ?」
佐久間がここぞとばかりに名乗りを上げる。俺が解説しようと思っていたのに。
「でも、どうやって、場所はわからないはずじゃ」
「それはね、このバカが誘拐されるまえに、スマホのアカウントのパスワードをメールで送ってきたのよ、それで俺はこのバカのスマホのGPSで相手の位置を調べるアプリを使って、それを頼りに場所を伝えたってわけなのよ」
「そんなことって」
「できるんだ、俺と佐久間が同じ機種のスマホを使っていたことでなせる技だけどね」
そうは言うものの、俺と佐久間が持っているスマホの機種は、スマホといえばの機種である。正しくは、方法を知っている者同士のなせる技だな。
「まあ、俺が悪用する可能性を考えなかった、啓一の思慮の浅さは感心しないけどな」
「考えたさ、考えたけどこれが最善策だった……てか、佐久間、お前がジュースを買って帰ってくるのが遅かったから」
「ああ、もう、悪かったって、ごめんごめん」
「ったく」
佐久間は顔の前で手を合わせてウィンクをしながらゴメンというポーズをとる。気障ったくて腹が立つがこの顔でやられると似合っていて何も言えないのが悔しい。
「櫻木君、なんて様なの?」
「啓一、ひどい顔」
「あ~、けーいちの顔青タン出来ちゃってるよ」
署から三人で少し歩いて帰っていると、三人の女性が出待ちをしていたようだ。それも見知った顔の。
「なんでいるんだ?」
「ひろゆき君がね、教えてくれたの」
佐久間、やってくれたな。こんな夜更けに女の子を呼び出して。それにしても、よく来たな。なんで来たんだ?
「佐久間が啓一が大変な目に遭ってるって言ったから駆けつけてきた」
光は、優しい子だ。家で飼いたいな。
「櫻木君がボロボロになってる、なんて佐久間君から連絡が来たんじゃ見に行かない理由はないわ」
心配してるのだろうと思えば聞こえは良いが、この人に限ってそれはない。この人はただ俺のボロボロになった姿を物珍しさで見に来ただけだ。イヤな先輩だこと。
こうして俺たちは、六人で帰り路を歩く。ちなみに最初に向かっているのが篠田さんの家だ。あんなことがあったから最初に送っているが、六人という大所帯を襲ってくる男もいないだろう。
「あの、」
十分くらい談笑しながら歩いただろうか、それまで愛想笑いで会話を切り抜けていた篠田さんが会話の区切れで自ら声を発した。
「どうしたの、篠田さん?」
応答は、いつものように佐久間が務める。
「いや、あの……レジャー部に入れてもらえないでしょうか」
藪からスティック、じゃなかった藪から棒にどうした。
「私は構わないわ」
「私も、別にいい」
「しのちゃんなら大歓迎だよ!」
女性陣は、三者三様で、歓迎のご様子。
「俺も、大歓迎よ、篠田ちゃんかわいいしね、啓一のハーレムには申し分ないかなぁ」
なんだ、その俺のハーレムとやらは、何処にあるのだ、案内しろ。ていうか、レジャー部は美少女三人を侍らせてるイケメン佐久間ともう一人の男と認識されてるんだぞ。どこが俺のハーレムなのか、そこのイケメンのゲイに尋ねたい。
あとは俺だけの確認なのか、みんなの目線がこちらに集中する。これ俺が答えなくても多数決的に答え出てね?
「俺も、全然かまわないよ、むしろ歓迎だよ」
「ありがとうございます、これからよろしくお願いします」
断る理由がないじゃない、そういうことだ。
こうして皆の了解を取り、篠田さんをレジャー部に向かい入れた。
でも、なんで篠田さんはこの部活に入ろうと思ったわけ?なんで?秋でもないのに、秋の日和と女の心、日に七度変わってしまうってわけ?明日になったらやっぱ辞めますとか言われるんじゃないの?
「ってか、なんで篠田さんはいきなりレジャー部に入ろうかと?」
よくぞ聞いてくれた、佐久間。さすがのイケメンだ。
「それは……助けてもらいましたし、ここではい、さようならってなるのは寂しいじゃないですか、それに……」
あとの言葉は言い淀んでしまう。まあ、なんとなくわかった。優しい子だな。一期一会を気にしちゃうタイプの子か。
「そっか~、わかるよ、しのちゃん!」
パリピの千春のフォローもあり篠田さんの入部の志望理由もわかった。
その後は、六人全員で仲良く談笑を交わしていた。今後、篠田さんがこの三人と仲良くやれていけるか危惧していたが、この様子だと大丈夫そうだ。十数分経ったところで篠田さんの家に着いた。
「あの、今日はホントにありがとうございました、これからもよろしくお願いします」
玄関の前で、深く頭を下げてお礼をする。
別れを告げて、また俺たちは帰路に就く、一番遠い藤堂先輩を送り、次に光を送り、次に佐久間、そして家が近所の千春を送って、やっとこさ俺はマイホームに帰ることができた。
「ただいまぁ、疲れたぁ」
玄関の扉の開く音か、俺のただいまという声か、どちらかわからないが、帰ってくると朱里が二階からどたどたと飛んで降りてくる。
「兄貴ぃ、心配したんだからな!佐久間さんから、兄貴がやばいってメールが来たときは……」
朱里が涙目ながらに俺のことを心配してくれる。つられて俺も泣いてしまいそうだ。
「俺は疲れたから風呂入ってぐっすり寝ることにするよ」
涙目になったことをごまかすように、そそくさと洗面所に入り服を脱ぎ、風呂に入る。風呂は朱里が沸かしてくれていたようだ。気の利く妹を持ったものだ。
湯船にゆったりと浸かって意識が朦朧としそうになった時、風呂の扉の曇りガラスの向こうに影が映る。
「兄貴、ほんとに心配したんだからね、こればかりは母さんには黙ってられないよ、でもホントに兄貴が無事でよかったよ」
顔の方はまだ触ると痛いが、朱里が無事だと言ってくれるなら俺は無事なのだろう。
にしても、母さんにこのこと知られるのかぁ……一難去ってまた一難どころじゃないぞ、一難去って災難に苦しめられるな、これは。
俺は後のことを考えて憂鬱な感情に浸っているといつの間にか眠っていた。
いつまでも風呂から上がってこない俺を、朱里が心配して叩き起こしに来てくれて起きた。
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