三
「内定おめでとう」
水上に会って、古泉はまずそう言った。
「おかげさまで?」
彼は少し照れくさそうに笑った。
「いろんな人の?」
「そうだな」
並んで歩いて、近くのファミレスに入った。
平日で昼ご飯にはまだ早い時間帯なので、ファミレスは空いていた。
「内定祝いということで、私の奢り」
座ってメニューを開いたときに古泉が言った。
「蓮の時は俺に奢らせろよ」
「うん。そのために頑張る」
「あまり期待しないようにな」
「善処する」
たびたび来る店なので頼むものはだいたい決まっていた。二人ともほとんど悩まずに、ボタンを押して店員さんを呼んだ。すると、割烹着のような服の上に黒いエプロンを着けた天水がテーブルの横に立った。
「申し訳ありませんがカップル限定のメニューはございません」
何も注文していないのに天水に言われた。天水はこのファミレスでバイトをしている。
「焼きイワシ定食と杏仁豆腐で」
水上は無視して注文した。
「海鮮丼と若鶏のからあげ、あと杏仁豆腐」
古泉も気にせず注文した。天水は注文を素早くメモしながら、
「杏仁豆腐は不意にお持ちしますか?」
「食後でお願いします。今日バイト入ってたんだな」
口調を変えて水上が話しかけた。
「お昼過ぎまでね。そのあと部活に行くよ」
「じゃあ、またそのときな」
「いやいや、何の前触れもなく杏仁豆腐持ってくるから」
「油断した頃に頼む」
と古泉が言った。
「ではではお二人とも、ごゆくっりどうぞ」
天水はそう言い残して店の奥へと去って行った。
「いいのか、それで?」
「ちゃんと食後に持ってきてくれる。真面目だし」
「そうだな。真面目だ」
二人は天水が入っていった奥の扉の方を見ながら言った。
「水取ってくる」
水上が立ち上がり、少しして二人分の水を持ってきた。
「ありがとう」
お礼を言ってから古泉は一口飲んだ。間を置いて、
「写真部をやめようと思う」
と水上が言った。
「いつ?」
「今週か来週中には」
古泉は自分でも意外なほどに驚かなかった。前回の部活の時の水上の様子で、察しがついていたのかもしれなかった。
「そう。天水には言った?」
水上は小さく笑った。
「ん?」
「いや、天水にも同じこと聞かれたからさ」
「そう。ならいい。私もそのうちやめる」
「俺がやめるから、ってわけじゃないだろ」
「うん。天水に合わせる」
「それがいいよ」
天水が頼んだものを台車で運んできたので、一旦会話が途切れた。
「おまちどおさま。杏仁豆腐でーす」
焼きイワシ定食が水上の前に、海鮮丼が古泉の前に、からあげがその間に置かれた。
「杏仁豆腐以外は揃った」
古泉が状況を説明した。
「杏仁豆腐は忘れた頃にお持ちします」
「食後で頼む」
「かしこまりました」
天水は再び奥へと消えていった。