二
天水は大学図書館で勉強をしていた。小説や文学関係の資料が多い三階閲覧室の窓際の席に座って。大学自体が小さな山の上にあり、図書館の最上階という条件なので見晴らしがいい。
彼女はこの席が気に入っていて、空いていればここに座るようにしている。
勉強や調べ物で行き詰まったとき、顔をあげると正面には緑の山々が見える。眺めていると落ち着く。焦ることはないと思って、再び机に向かうことができる。
鞄の中でスマートフォンがふるえる音が聞こえた。問題番号のキリがよかったので、答え合わせをして問題集を閉じた。左腕の時計を見ると思ったより時間が経っていたことに気付いた。
窓の外を見ると曇り空、その下に新緑の山がある。少し疲れを感じた。
スマートホンを取りだしてメールを開く。差出人は水上だ。件名はなし。本文は『内定通知をもらった。それと、来週か再来週に写真部をやめようと思う』というものだった。
メールを数秒間見つめて、強く目をつむった。そのまま背もたれに頭までもたせかけた。
しばらくその体勢でいて、体を起こしながら目を開けた。ちょっとだけスッキリした。返信を打つ。「内定おめでとう」と「古泉には言ったの?」という内容で送信。
返事はすぐに返ってきた。『明日言おうと思う』と書かれていた。『私は止めないよ』と返信。『そうか。ありがとう』
お礼を言われるのはお門違いな気がしたが『どういたしまして』と返しておいた。
天水は机の上のものを鞄にしまい、図書館を後にした。学食の一階はランチタイムが過ぎると喫茶と軽食だけになるので、そこで休憩することにした。昼休みはすでに終わっているのにそれなりに人がいた。
学食に入ったときに見知った姿を見つけた。正面の席が空いていたので天水がそこに腰を下ろすと、スマートフォンを見ていた橋野が顔をあげた。
「お嬢さん、一緒にお茶でもいかがかな?」
天水が自信に満ちた表情を作って言った。
「まずは茶室を用意してもらわないと」
橋野は落ち着いて対応した。
「そこから!?」
「共に四畳半の宇宙へと旅立ちましょう」
橋野は明後日の方角を指さした。
「グッドラック!」
天水は親指を立てた。
「そんで、何か飲む? 紗綾ちゃん」
「ホントに奢ってくれるんですね。ではミルクティーをお願いします」
「わかったよ。尊大な態度で待ってて」
「え? はい」
ミルクティーを二つ持って戻ると、橋野は胸をはって腕を組んでいた。買ってきたものをテーブルに置く。
「ごくろう。大義であった」
橋野はエラそうな声で言った。
「なんか古泉みたいだ」
「たまに悪代官みたいなこと言いますよね。部長は休憩ですか?」
「そうだよ。あー、肩がこったなー」
「お揉みしましょうか」
橋野はもみ手をしながら言った。
「それだと悪徳商人の方だね」
「ですね」
二人ともミルクティーを一口飲んだ。天水は小さく息をはいた。先に橋野がカップを置き、天水も置いた。
「何かあったんですか?」
天水は橋野の目を見て、苦笑いした。
「わかる?」
「わかりますよ。何となくですけど」
橋野は微笑んだ。
「そっか」
つられて、天水も微笑んだ。笑い合ってから、天水が、
「うん。決めた」
とつぶやいた。
「何をですか?」
「それは、また今度話すってことでいい?」
「いいですよ。また奢ってくれるのなら」
悪代官の顔になった。
「しかたない」
「やった」
しばらく話してから、橋野は次の講義のために学食を出て行った。
天水は「部活のことで話したいことがある」という内容のメールを夏川に送った。