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第09話 紙の通貨と憧れの水筒 (3)

「にゃうううッ!?」


 通り過ぎた車に驚いて、ミアは偏也の腕を掴んだ。

 びくびくと振り返るミアに、偏也は苦笑しつつ頬を掻く。


「車は慣れないかい?」

「な、慣れませんよぉ。なんですかあれ、暴れモンスターみたいなもんじゃないですか」


 裾を掴んでくるミアに笑いながら、偏也は自宅近くの道を歩いていた。

 車に危機感を持つのは悪いことではない。どれだけ医療が発達しても、速度の出ている車にぶつかれば即死もありえる。

 寧ろ、もう少し現代人は交通ルールに気をつけるべきだと、偏也は信号機を見上げた。


「赤は止まれと言ったが、皆で渡れば怖くないという格言もあってね」

「だ、だめですよぉっ! 死んじゃいますよぉっ!」


 ぐいぐいと袖を引っ張ってくるミアに大丈夫だと顔を向けて、偏也は信号の前で立ち止まる。

 ただの散歩だがミアにとっては大冒険のようで、胸元に仕舞った財布を確認しつつ、辺りを神妙に見回していた。


『ヘンヤさんが使っている水筒が欲しいです』


 ミアがそう言ってきたのが数十分前。なにやら決断した様子の表情に、偏也はわけが分からずに首を傾げた。

 よくよく話を聞いてみれば、どうやら清涼飲料水のペットボトルのことを言っているらしい。思わず笑ってしまいそうになったが、言われてみれば異世界人のミアにとっては摩訶不思議な珍器だろう。


 家の近くに自動販売機があったことを思いだし、ミアの外出の練習にはちょうどいいと、こうして並んで歩いている。


「しかし、水筒か。たくさんあるから、ひとつくらいあげたのに」

「だ、ダメですっ! 自分のものですから、自分で買いますっ!」


 ミアの声を聞き、偏也は愉快そうに歯を見せた。この前から思っているが、ミアは少々生真面目らしい。

 よい子なのだろうなと、偏也はゆっくりと歩幅をミアに合わせた。


「お、あったぞ。あそこで水筒が売っている」


 そうこうしていると、目の前に青い自販機が見えてきた。

 偏也に指さされた先の自動販売機を、ミアは不思議そうに見つめる。


「どうした?」

「いえ、あの……お店は?」


 言いながら、ミアは困惑気味に自販機の前に立った。自販機の中には当然見本のペットボトルや缶が並んでいるが、ミアからすれば店の体をなしていない。

 なんですこれ? と聞いてきているミアに近づきながら、偏也はポンポンと鉄の箱を叩いた。


「これは自動販売機っていってな、名前の通り自動で物を売ってくれる機械だ」

「自動でっ!?」


 ミアが販売機を見つめ、ほえぇと口を開ける。ペットボトルを見上げながら、ミアは興味深げに問いかけた。


「あの綺麗な水筒が買えるってことですか?」

「そういうことだね。500円玉渡したろ? あれで買えるから買ってみるといい」


 偏也に言われ、ミアは軽く驚いた。透明なペットボトルの入れ物はミアからすれば高級品だと思っていたが、それが500ギニー程で買えるとは思っていなかったからだ。


 懐から財布を取りだし、ミアは中に入れていた500円玉を指で掴んだ。

 偏也は、ちょいちょいと自販機の投入口を指でツツいてやる。


「ここに入れてごらん」

「こ、この穴ですねっ」


 緊張しながら500円玉を投入するミアに、偏也はくすりと笑みを浮かべた。まるで初めてのお使いだが、見てる方もなんとなく緊張してしまう。


 カチャリ


 ミアが入れた500円玉が自販機の中に落とされーー


『まいどー!! いらっしゃいませー!!』

「ふにゃあああああああッ!?」


 突如として響き渡った機械音声にミアは涙目で叫び声を上げた。

 腰を抜かし、助けを求めるミアに偏也もどきどきと鼓動を速くする。


「あわっ、にゃわわわ……へ、ヘンヤさん、箱から声が……」


 偏也も少しびっくりしてしまった。最近の自販機は無駄にハイテクでいけない。

 思えば、自販機で飲み物を買うなどここ数年していなかった。今では、自販機よりもコンビニを探すほうが楽なくらいだ。


「大丈夫だミアくん。中に小さなおっさんが入っているんだ。客が来ないと喋ることすら許されていないから、張り切っているんだよ」

「そ、そうだったんですか。それは失礼を」


 ぺこりと自販機に頭を下げるミアに笑いを堪えつつ、偏也はランプの転倒した飲料を指で示した。といっても、五〇〇円を入れたのだから全部買える。


「買いたいやつのボタンを押すんだ。どれがいい?」

「ふにゃ!? 選べるんですか!? にゃうぅ、ど、どうしましょう」


 突然選べと言われて、ミアが慌てたように見本を見つめる。

 缶も気になるが、やはりペットボトルが欲しい。その内、ミアは中身が緑色なボトルを発見した。


 屋敷で見た液状の石鹸だ。これはいいぞと、ミアはメロンソーダのボタンに手を伸ばす。


「この石鹸が入ったやつにします」

「ん?」


 ピッと自販機の音が鳴った。腕を組んで見守っていた偏也は、ミアの間違いに対応できなかったが、まあいいかと静観する。

 音を立てて取り出し口に落ちてきたペットボトルに、ミアがびくりと身体を竦ませる。それに笑いながら、偏也はメロンソーダを取り出してやった。


「ほら、メロンソーダ。君が買ったんだ、せっかくだし飲むといい」

「ふにゃ? 石鹸じゃないんですか?」


 蛍光色な緑の中身にミアは首を傾げる。受け取って、ひんやりとした冷たさに目を見開いた。

 夏場。氷も入ってないのに冷たい容器を、ミアはまじまじと見つめる。


「飲めるんですかこれ?」

「当たり前だろ。石鹸を冷やしてどうする」


 ミアに、手振りで蓋を開けるように指示を出す。ペットボトルの仕組み自体は知っているので、ミアは蓋を開けようと指をかけた。

 恐る恐る力を込めるミアに、偏也は一気にいけとジェスチャーする。それを受けて、ミアは勇気を出して蓋を捻った。


 ぷしゅーッ!


「にゃわぁあああッ!?」


 途端、炭酸のガスが口から抜け、割と大きな音が鳴り響いた。

 驚いてボトルを落としそうになるミアの様子に、偏也は笑いを我慢しながら横を向く。


 偏也の表情を見て、ミアが怒ったように頬を膨らました。


「ひ、ひどいですっ! 騙しましたねっ!」

「ぷっ、くく。いや、別に騙してない。ちゃんと飲めるから安心しろ」


 謝りつつ笑いを隠せていない偏也に、ミアは疑いの眼差しをじぃと向ける。

 けれど、どうも嘘は言っていないようだと手元の飲み口を覗き込む。


 緑色である。しかもなんか光っている。

 しかし同時に甘い香りも漂ってきて、ミアの顔がパァと輝いた。どことなく違和感はあるが、果実の香りを確かに感じる。


「……い、いただきますっ!」


 せっかくお金を出して買ったのだ。冷たい内に飲んでしまおうと、ミアは勇気を出して口に含む。

 異世界の飲み物に思いを馳せながら、ぐいっと一気に傾けた。


 瞬間、流れ込むメロンソーダ。弾ける炭酸。注ぎ込まれる気管。


「んぶっほおおおッ!!? ぶぼぉッ!!?」


 見事に爆発して噴出されるメロンソーダに、偏也はたまらず声をあげて笑うのだった。



 ◆  ◆  ◆



「ヘンヤさんひどいです。私があんなに苦しんでいるというのに笑ってるなんて」

「いや、悪かった。まさかあそこまで予想通りのリアクションをしてくれるとは」


 ペットボトルを抱えながら、ミアはぷくぅと頬を膨らませていた。すっかり拗ねてしまったミアに、偏也はどうしたものかと頬を掻く。


「あ、そういえばお釣り。忘れていたろ」

「えっ?」


 釣り銭を思いだし、偏也はミアの右手にジャラジャラとお釣りを落とす。合計4枚の銀色の硬貨に、ミアは信じられないと偏也を見上げた。


「お、お釣りって、この水筒いくらなんですかッ?」


 五〇〇円でもミアにとっては驚きだ。そんなミアに、偏也は当然のように口にする。


「一五〇円だが?」


 その返答に、ミアは唖然として手のひらの硬貨を見つめた。


 世界が変われば、常識は変わる。君の作る朝食の方が価値があると言われたところで、俄には信じられない。

 なにもかもが驚きに満ちた世界。そんな世界の通貨を、手のひらの上で一枚ずつ見つめる。


 そして、ミアはその中の一枚に小さく声を上げた。


「あ、これ不良品です。ヘンヤさん、穴が開いてます」


 なぜか自慢げに見せつけてきた五〇円玉に、偏也は今一度笑い声を堪えるのだった。



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