不良メイドと異世界の街々(2)
日曜日の午前中、薄型のテレビからは爆発音と共に快活なヒーローの声が響いていた。
『追い詰めたぞアクダイカーン! 貴様の野望もここまでだ!』
『ガハハ! 来たなセイケンジャー! だがもう遅い! エドシティはこのアクダイカーン様がいただいた!』
画面の中では黒いローブに身を包んだいかにもな悪役が、これまた色とりどりのスーツを着たいかにもなヒーローに向かって口上を叫んでいる。
五色のヒーローが各の武器を手に立ち向かっていくが、ぱっと見た感じはかなり劣勢だ。
『ぐっ、うう。なんだこのパワーは!』
リーダー役の赤スーツが膝をつき、力を振り絞るが息絶え絶えだ。
大人ならば「でもどうせ勝つんでしょ?」という目で見るのだろうが、全国のちびっ子たちはそうもいかない。
現在日本では推定数百万人のちびっ子たちが、固唾を呑んでセイケンジャーの劣勢を見守っているのだ。
そしてそれは……異世界からやって来た少女とて例外ではない。
「ああ……そんな! セイケンジャーが!」
ハラハラと心配そうな瞳で画面を凝視しながら、サラは仕事も忘れて特撮ヒーローを応援していた。
異世界、つまり地球にやって来て一ヶ月。まだ三回目ほどの視聴だが、たまたまリモコンを押したらやっていた『勇者戦隊セイケンジャー』にサラはドハマりしてしまっていた。
週に一度の楽しみとはこのことで、今日も放送開始十分前から、しっかりとソファーに座って待機していたのだからよっぽどである。
『死ねぇえ! セイケンジャー!』
『ぐああああ!!』
最近の子供向け番組にしては珍しく、はっきりと悪役が「死ねぇ!」と叫んだところで、五人のヒーローは為す術もなく吹き飛ばされた。
「せ、セイケンジャー!? 頑張れ! ま、負けるな!」
サラの応援にも熱が入る。そろそろ「最初からそれを使えよ」という合体ロボを呼ぶタイミングなのだが、地球の特撮番組のお約束など知らないサラはこのまま本当に負けてしまうんじゃないかと気が気でない。
「またそれ見てるんですかぁ? ヘンヤさんがまだ寝てるからって、ちゃんと仕事してくださいよ」
「ちょ、ちょっと待って! 今大変なとこだから!」
背後から、洗濯物をカゴに入れたミアが声をかけてくる。
干すのはサラの仕事だが、目下の所、同僚は地球のテレビに夢中のようだ。
「それ、子供向けのお芝居だってヘンヤさんが言ってたじゃないですか。応援しても意味ありませんよ」
「そ、そんなことない! お芝居であんなドバーとかビガーとか出来るわけない!」
画面を指さすサラに、ミアも「むむぅ」と目を細めた。
要はCGのことを言っているわけだが、確かに異世界人のサラたちからすればあれをお芝居と言われるのは無理がある。
「チキュウの平和はセイケンジャーが守ってくれてるの!」
「う、うーん。そう言われたら、なんか私もそんな気がしてきました」
だとすれば大変なことである。なにせ画面の前のセイケンジャーが負けてしまえば、アクダイカーンの世界征服が成功してしまうことになるからだ。
そうなれば、今住んでいる偏也の家とて無事では済まないかもしれない。
「まぁでもほら。私たちはいざとなったら向こうに逃げればいいですから」
「ず、ずる! そんなこと言ってたらセイケンジャーに守ってもらえないんだからな!」
意外と薄情な性格をしているネコ耳娘にサラはぎゃおぎゃおと吠えついた。
「……うう、いいもん。あたしだけでも応援するから」
「別にいいですけど、終わったら洗濯物よろしくですよー」
地球のピンチより、メイドにとっては日々のスケジュールの方が大切だ。
世間が休日でも、メイドの業務に変わりはない。そろそろご主人様が起きてくる時間だと、ミアはキッチンへと足を向けるのだった。
◆ ◆ ◆
「セイケンジャー? ああ、あの特撮ヒーローか」
バターをたっぷりと塗ったトーストを囓りながら、偏也は興奮気味なサラの話を聞いていた。
「そうなんですよ! アクダイカーンが大きくなったと思ったら、なんかでっかい……ロボット? がドカーンて!」
身振り手振りでセイケンジャーの活躍を伝えてくるサラを、偏也は微笑ましく眺める。
子供向け作品だが、あれはあれでよく出来ていて、初見のサラからすれば随分と刺激的な話なのだろう。
「戦隊ものかぁ。僕も子供の頃はよく見ていたな。玩具とかねだったりしてな」
「玩具ですか?」
皿を片付けていたミアが首を傾げる。三人一緒に食事を取ることになっている偏也邸だが、なんだかんだで早めに食べ終わって家事に戻っているミアである。
「ああ、玩具屋とかで売っててな。セイケンジャーなら、そうだな。変身用の時計とか剣とか売ってるんじゃないか?」
「えっ!? セイケンウォッチ売ってるんですか!?」
偏也の言葉にサラが身を乗り出した。セイケンウォッチは地球の精霊から認められた者しか貰えない変身アイテムで、それがお店に売っているなんて信じられない。
「子供用のレプリカだけどね。でも見た目なんかはそっくりだし、僕の時代なんかよりよく出来てるんじゃないかな」
「な、なにそれ……欲しい!」
そういえば、言われてみれば番組の間に流れる短めの番組で、そんなことを言っていたかもとサラはCMを思い出した。コマーシャルの概念すら知らないものだから、よく分からずに飛ばしていたのだ。
「あ、そういえば、サラが来てそろそろ一ヶ月じゃないですか?」
「ん? そうだな。となれば、サラくんも初給料日か」
お給料と言われ、サラの耳がぴくりと動いた。セイケンジャーも大事だが、勿論お賃金だって重要だ。
「ちょうどいい。こっちの通貨もあげるから、そのセイケンジャーの玩具でも買ってみたらいいんじゃないかな?」
「わ、私でも買えるんですか!?」
言われ、サラの尻尾が飛び上がった。玩具といえど、画面に映っていたアイテムは中々の出来映えだ。いったいいくらするんだろうと、サラはまだ見ぬ聖剣に思いを馳せる。
「もう、サラは子供ですねぇ。ヘンヤさんも言ってやってくださいよ、セイケンジャーは本当はいないんだって」
「またそんなこと言う!」
やれやれとミアは二人のやりとりに息を吐いた。それにサラがぐるるると唸りを上げ、そんな二人を偏也は「?」と見合わせる。
そして、何の気なしに、偏也は朝刊に入っていたチラシを拾い上げてこう言った。
「まぁでも、セイケンジャーになら会えないこともないぞ」
そこには「ワンパクパークでセイケンジャーと君も握手!」の文字。昔はデパートの屋上とかが定番だったよなと笑いつつ、偏也はチラシを見下ろした。
テーマパークといっても商業施設に併設した小さなものだが、ヒーローショーをやるには丁度よい規模感だろう。
「たぶん玩具とかも売ってるだろうし、今度みんなでって……どうした?」
そこまで言って、偏也は二人の視線が自分に向かっていることに気がついた。
あんぐりと口を開け、サラだけでなくミアまで目を見開いてこっちを見ている。
「せ、セイケンジャーに会えるんですかああああ!!?」
同時に口を開いたメイドの剣幕に、偏也は「うお」っと驚いた。
「ああ、まぁ。会えるよ」
これはまずいことを言ったかもしれない。そんなことを思いながら、偏也は目を輝かせる二人のメイドをどうしたものかと見比べるのだった。
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